第111話 第3層テストプレイ-私を殺して-

『5手番ターンで勝ち筋が見えなければ、撤退せよ』


ある高名な冒険者が残した言葉である。


すでに5手番ターンを経過し、1手番殺しワンターン・キル以外では倒しきれない状況。

そして、その1手番殺しワンターン・キルは果たせなかった。


このままでは、勝てない。

……このままならば。


「狂王女殿下……」

「ならぬ!」


私の進言を、ロベルタ狂王女殿下が遮る。

殿下もわかっているのだ、勝つ方法を。


交戦規定レギュレーション、敗北条件『スペクトの死亡』を破棄します」

「ならぬと言っている!」


だから、私は進言を続けた。


「私を見捨ててください」

「!」


九ツ首蛇竜ハイドラは執拗に私を狙い続けている。

戦力としては、微々たる私を。


それが弱者を優先的に狙う思考AIなのか、それとも邪神に入れ知恵をされた結果なのかはわからない。

だが、現にその行動ゆえ、ロベルタ狂王女殿下は私を守ることを強いられている。


それは一党パーティ内で最強火力の一角、殿下の旋回刃の結界ブレイド・オブ・クイジナートが封じられていることと同義なのだ。


「命を下す、再び回復と補助、防御に徹せよ。次手番ターンにて、もう一度総攻撃をかける!」

プイと、私から顔を逸らして命令を下す。


狂王女殿下は、『前手番ターンで与えたダメージがある内に、畳みかける』という選択はしなかった。

九ツ首蛇竜ハイドラの回復量の上がり具合から見て、ほぼダメージが残らないと踏んだのだろう。


おそらく、それは正しい。


もはや1手番殺しワンターン・キル、いや1撃殺しワンショット・キルでなければ、ヤツを倒すことは難しい。


しかし、それを成し得る最強火力のもう一角、魔王ダーナ・ウェルの魔術師メイジ系呪文『原初火プロトラティオ』は、水中では使えない。


殿下の旋回刃の結界ブレイド・オブ・クイジナートも、私のせいで使うことができない。


手番ターン目のうちに、最大火力を放っていれば……。

水中ではなく、水上におびき寄せて闘っていれば……。

だが、迷宮にやり直しリセットはない。


強者ベテラン一党パーティが、たった一度の不意打ちで全滅する。

それが起こり得るのが迷宮だ。


だけど、この顛末には納得がいかない。

ロベルタ狂王女殿下と魔王ダーナ・ウェルがいる、この一党パーティが、私のせいで負けてしまうなどと!

手段さえ選ばなければ、勝てる見込みのある闘いなのに!!


だから、私は彼女を頼った。

彼女ならば、手段を選ばない。


だから、私は彼女に願った。

彼女ならば、ためらわない。


彼女の答えは……。

「運営人殿の頼みとあっては断れないね……このは高くつくよ」


手番ターン目が始まる。


予想通り、九ツ首蛇竜ハイドラの首が一気に8本再生する。

そして、九ツ首蛇竜ハイドラの攻撃。

1本だけが私に向かい、残りはケイティ嬢とラーラ・マズール師に向かう。


もはや間違いない。

ヤツは、ロベルタ狂王女殿下の行動を封じるために、私を狙ってきている。


「しつこいぞ!」

私への攻撃は、ロベルタ狂王女殿下の指定守護フェイバリット・カバーが阻む。

これさえなければ……。


「おのれ!」

「ちょっと、これは厳しいかな?」

ケイティ嬢とラーラ・マズール師に向かった攻撃も命中。

徐々にダメージが蓄積されてきている。


……もはや猶予はない。


「狂王女殿下、ご武運を」

「スペクト?」


私は、ロベルタ狂王女殿下に最後の毒消しの水薬ヴィアルフォス・ポーションを使う。


火炎の杖ロッド・オブ・フレイム、効果解放……ちょっと熱いけどガマンしてくれたまえよ」

ラーラ・マズール師が「火炎の杖ロッド・オブ・フレイムの効果で、範囲火炎マ・ハイドの呪文を発動する。


「何を!?」

「あっちっち」

ただし、自陣後衛に向けて……。


指定守護フェイバリット・カバーの技能では、範囲呪文はかばうことができない。

そして、範囲火炎マ・ハイドの呪文一発で沈むような者は、この一党パーティには私ひとりだけ。


「ラーラ・マズール! 貴様!!」

「お叱りは後ほど」


そんなやりとりを聞きながら、スペクトは死んだ。








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