第91話 ある転生神妖精さんのそれからのお話
この世界に平和が戻りました。
誰もが、こう言います。
『勇者は邪神と刺し違えて、天に召されたのだ』と。
ワタシだけは信じません。
一番長く、彼の旅路を見てきたから。
一番強く、彼の強さを信じていたから。
ワタシは、何十年、何百年かけて、彼を探しました。
世界の果て、海の底、空の彼方まで。
そして、彼をこの世界に導いた女神を探し当てたのです。
女神は言いました。
『彼はすでに別の世界に旅立った』と。
『誰もが彼と同じ強さを持つ世界、彼よりも強い者たちがいる世界』へと。
彼はやはり邪神に勝っていたのです。
勝ってしまったからこそ、この世界にはいられなくなってしまった。
たったひとりで邪神を打ち倒せてしまう強さに、異質な自分の力に疎外感を感じてしまったから。
彼はきっと、こう望んだのだと思います。
『自分が普通でいられる世界』
前の世界で
この世界で成し得なかった勇者ではない、人間としての人生。
世界を破滅から救った報酬として、ただそれだけが欲しかったのだと。
ワタシは女神に願いました。
『彼と同じ世界、同じ時代に転生させて欲しい』と。
女神は答えました。
『彼と同じ世界に送ることはできる。だが、同じ時代に送ることは難しい』
それは、幾億幾万の時の中のほんの数秒を探し当てるようなもの、だと。
それならばと、ワタシは問いかけます。
『彼と同じ世界に、彼が生まれる前の時間に、寿命の無い種族として転生することは可能か』と。
女神は答えます。
『できる。ただし、何千年、何万年前になるかはわからない』と。
そして、ワタシは別の世界に転生しました。
寿命の無い
ワタシは待ちます。
彼がこの世界に生まれ出づるその日まで。
ワタシは待ちます。
彼がきっと訪れるであろう場所で。
最も難しき迷宮で。
例え『普通』を求めていても、彼はきっとここに訪れます。
彼はそういう人だから。
ワタシにはわかるのです。
永い永い時間。
彼との再会したらどうしようか、と夢見ながらワタシは待ちます。
ああ、そうだ。
この世界は、彼よりも強い存在が
彼がせめて、踏みにじられるような弱い存在にならないよう、今度はワタシが彼を鍛えるのはどうでしょう?
彼がワタシに、そうしてくれたように。
◆◇◆◇
ダンダンダンダンダン!
「オラァ、ここを開けろ! 居るのはわかってんだぞ、転生男!!」
「イヤァァァァァ!」
バキィ!
「こんな健康に悪そうな酒場に隠れやがって、筋肉サマがしぼんだらどう責任を取ってくれる!?」
「ヒィィィィィ!」
「さあ立て、すぐ立て、今立て! 立って筋肉サマを鍛えるのだ!!」
「『老師』! 助けて! こら! 目を逸らすな!!」
「どこを見ている、こっちを見ろォ!! さあ、踏みにじられるだけの軟弱な童貞坊やは今日で卒業だ! このワタシが立派な筋肉童貞野郎に鍛え上げてやる!!」
「筋肉を鍛えても、童貞は卒業しないんだな……いや、それもそうか」
連行される先生を、横目で見ながら老師は独り言ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます