第81話 裸の錬金術師

「誤解です! 信じてください!!」


ダーナ・ウェルの迷宮最深部の玄室の一つ、迷宮運営管理部。

私、スペクト・プラウスは、ロベルタ狂王女殿下とクヴィラ侍女長より詰問を受けていた。


「何が誤解じゃ? 何を隠しておる!? 言え! 言・わ・ぬ・かぁぁぁぁ!!!」

ロベルタ狂王女殿下の脳天締めアイアンクロウと片手剛腕首吊上ネックハンギングツリーの合わせ技がまる。


「なに? なに? バトル? 闘っていい?」

魔王様が、暗闇の杖ロッド・オブ・ブラインドを持ち出して、戦闘態勢に入る。


やめてください。

ここでふたりが闘えば、また巻き添えで私が死んでしまいます。

私の命のためにも、争わないで!


「まあお待ちを、ロベルタ狂王女殿下。まずはスペクトくんの話を聞きましょう」

クヴィラ侍女長が、助け舟を出してくれる。


だが、手口が完全に『良い憲兵と悪い憲兵』だ。

悪い憲兵で苛烈に責め、良い憲兵が懐柔することで情報を引き出す。

次期密偵頭らしい手口である。


「なお、嘘だと判定した場合は指の骨を一本折ります。浮気だと判定した場合は指の骨を十本折った後、呪文で回復させてから、もう一度十本折ります」


『悪い憲兵ともっと悪い憲兵』だった。

浮気ってなんだ?


「まず訓練場の一部人事に関して、事前に狂王女殿下やクヴィラ侍女長の相談無しで、王宮に関わりのある人員を招聘したことは申し訳ございません」

「フム、まあそれに関してはスペクトくんが個人的な伝手を頼った形となります。それに宮廷吟遊詩人と諜報部『白菊隊』は、直接迷宮運営に関わりのある部署ではないため、管理系統を頭越しにしたわけではありませんので、そこも問題ないでしょう」


「そうなの?」

「そうなのか?」

魔王様も狂王女殿下もよくわかっていなさそうだ。


だが、クヴィラ侍女長にはわかっているはずだ。

それでも気づかないふりをしてくれている……。


私が追加職の施策を伝えず、見返りなしで王宮側の人員を招いたことを……。

迷宮側が利する機会を、見逃したことを。


理由は……。

現在の盤面が迷宮側に圧倒的有利であったからだ。


冒険者は弱く、魔王は強い。

迷宮は手強く、迷宮都市の施設は不備が多い。


第1層で、魔王と狂王女殿下が闘った情景を思い起こす。

魔王ダーナ・ウェルと、ロベルタ狂王女殿下には、対等の条件で闘ってほしい。


「まあ、そのことは良いとしましょう」

どうやら誤解は解けたようだ。


「しかし……」

「『裸の錬金術師フルフロンタル・アルケミニスト』なる痴女を指導者マスターとして招聘しておいて、何が誤解なのだ!?」

こちらの誤解がまだだった。


「それこそ誤解です。確かに誤解を受けるような二つ名ですが、これには立派な逸話がるのです」

「『裸の錬金術師フルフロンタル・アルケミニスト』が立派じゃと!?」


ロベルタ狂王女殿下が語気を荒げる。


私は『裸の錬金術師フルフロンタル・アルケミニスト』が付けられた逸話を語った。


ラーラ・マズールは、ある名門工房に属する錬金術師アルケミニストだった。

しかしある時、付近の村がモンスターの襲撃にあったと聞き、彼女は単身で駆けつけた。


彼女がたどり着いた時には、襲撃は終わっていた。

モンスターは常駐していた冒険者たちが撃退したものの、多くの負傷者が出ていた。

そして、僧侶プリーストをはじめ、他の癒し手はいなかった。


ラーラ・マズールは、所持していた薬を使い、着ていた服さえ全て医療品に錬成して、負傷者たちを癒した。


しかし工房に無断で薬を使ったことを問題視されて破門となり、文字通り裸一貫となってしまったという。


「そうして付けられた二つ名が『裸の錬金術師フルフロンタル・アルケミニスト』」


「はい。決して卑猥ひわいな理由で付けられた二つ名ではありません、私が保証します」

「ウム、わかった。信用しよう」


◆◇◆◇


後日、アーガイン迷宮都市城門前にて、到着予定のラーラ・マズールを、出迎えに来ていた……。

私、魔王ダーナ・ウェル、ロベルタ狂王女殿下とクヴィラ侍女長の4人で……。


「あの……信用してくれているのでは?」

「信用するとは言った。だが心配しないとは言っておらぬ」

「例え痴女でなくても、どんな人物かはあらためさせていただきます」


王宮側の警戒心ガードは固い。


しばらくして、道の向こうからアーガイン王宮御用達の馬車が見えてくる。


馬車は私たちの前で止まり、御者が客席に階段タラップを用意する。

私は、階段タラップを登り、客席の扉に手をかける。


「ようこそ、迷宮都市アーガインへ。錬金術師アルケミニストラーラ・マズール」

「ああ、ありがとう」

客席から、凛とした声が響く。


そして、扉が開き……。

私は叫んでしまった。


「痴女だあああああああ!」


現れた女性の格好は、裸マントだった。

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