EX. ひみつのはなし


あれからしばらく。


崩落した城に関して、元より設計図も何も無いのでまあちょっと前と同じようで少し違う城が完成した。

北の塔周りは今もピンクのゆめかわふわふわ雲と昼夜問わず色とりどりの星がきらきらと輝いていて…まあちょっと前よりゆめかわである。


「前と同じようで…ちょっと違う、がいっぱいあるよね?」


フラーの言葉にほかのメイドたちはうんうん、と返事をする。


「あの二人…」


前を歩くのはリリーとヴィントだ。

並んで歩いていて、メイドたちには背を向けているので気づいていない。

ふとヴィントが少し屈んで背の低いリリーに寄った。

リリーは見上げて顔を近づけている。

メイドたちはしゃっと建物の影に身を隠した。


「付き合ってる…のよね?」


顔が近く、口づけるのかと思いきやそのまま距離が離れてしまう。

ただ話しているだけのようだ。


恒例の女子会でリリーはええーっと………を八十回くらい言った後、押し黙り…それでも辛抱強く見守るメイドたちについに観念してめでたく恋人同士となったことを白状した。


「仲が良いのは良いんだけどさ、こう…付き合いたてだよ!?」


フラーは身振り手振りで力説する。


「目が合って三秒後にはこうでしょ!?」


両腕で自分自身を抱きしめる。


「そんで!あっちの茂みでも!こっちの茂みでも!ベンチでも!ちょっと物陰ででも!」


びっびっとあちこち指をさしながら説明する。


「リリカルねちょねちょしてるはずでしょ!?」


リリカルねちょねちょが何なのかはよく分からなかった。

よく分からなかったが、メイドたちはいつも勢いとノリで生きていたので、「そーだよね!?」と同調した。


「なんでかな、仲良すぎて、兄と妹みたいな仲になっちゃったのかなぁー!?」

「解決法があるぞ」


いつの間にか混じっていたラーニッシュが言う。

目を輝かせるメイドたちの前で大剣を抜いてみせた。


「そういう時は、爆発だ!!!」


一拍のち。

いえーーーーい!とメイドたちたちは盛り上がった。

何が爆発するのかはよく分かっていなかったが。


そういう訳で、リリーの部屋は爆発した。


しばらくお世話になります、と頭を下げるリリーをヴィントは西棟に快く迎え入れた。


「何で部屋が爆発するんだよ…」


呆れたような物言いをするシスカにリリーは説明する。


「でも荷物は部屋の外に出てたので無事でした」


部屋の外に出てたので無事でした?

怪訝な顔でシスカを見るヴィント。

シスカはふるふる首を横に振る。部下二人も同じように横に振った。

我々は無関係です、の意である。


「最近冒険に連れて行ってあげなかったから…ストレスが溜まっちゃったのかな…」


リリーの言葉の端々から困った飼い犬に対して語るような感情が滲み出ていて皆乾いた笑いを漏らした。


「厄介事ばかり増やす王様だよなあ」


やれやれ、部屋を直してくるとシスカは部下を伴って西棟を出る。お前らも来い、とうさぎも連行して行った。

私も、とついて出ようとするリリーをお前はこっち、とシスカがキッチンに押し込めた。

途中だから飯作っててくれ、と言い残して出て行った。



本棟に向かいがてらシスカは部下たちに熱弁する。


「王様とうまいことやってリリーは絶対本棟に帰すなよ。ヴィント様専属メイドに永久就職させてやる」

「気持ちは分かりますが…なんか…言い方……」


こんなに含みがある専属メイドという単語は未だかつて聞いた事がない。

ナンノハナシデスカー?とうさぎたちは呑気だ。


「…ナルホド、ハンショクキ!」


心得たとでも言うようにうさぎたちは胸を張った。


「なんか!!!言い方!!!」


今度こそ部下たちは語気を強めて突っ込んだ。









「…すぎて二人きりにされてしまいましたね?」


リリーはキッチンに出来上がっていたグラッセを摘んでヴィントの口に入れた。

作るも何も、料理はもう完成している。


「全員で出て行ったということは今日はもう帰ってこないだろうな」

「では、せっかくだから満喫しましょう」


ふたりの仲について噂になっている事は充分承知している。

皆知らないだけなのだ。

そもそもエライユには鍵のついた部屋があまりないし、当然リリーの部屋にもヴィントの部屋にも鍵がない。

例え部屋が高所にあったとしても、出入りは可能だ。

あえて言わないだけである。


ふたりきりでのんびり昼食を食べた後、ロフトのラグに転がって花見をすることにした。

特に会話もなくぼんやりと窓から桜を眺める。

中庭の巨大桜は西棟からでもよく見える。


「おいで」


ヴィントに呼ばれて身を起こす。

肩口にこてんと頭をのせた。

こっち、と腕を引かれてヴィントの上に寝る。


「重くないですか?」

「私にも下心がある」


リリーはふふふと笑って、


「謹んでお受けいたします」


とおどけた。

うつ伏せで身を預けたまま、ぐっと翼を伸ばす。

ふたりきりで休んでいると翼に触れて貰うのはもう癖になっている。


「…その昔翼は性感帯だったらしい」

「…えー…」


白い鳥のような翼をマッサージの要領でさすられても何ともない。

肩揉みくらいの気持ちよさで快楽には結びつかないと思っていた。


「いつも寝るもんな?」

「もう…」


交代、と起き上がってヴィントを転がすと腰に乗った。

ふといたずら心が湧いてドラゴンのような翼の骨子を人差し指でつーっとなぞってみる。


「───っ、こら」


くふふと笑って背中取ったりーと翼の付け根に顔を埋めた。


「ん、あれ、結構可動域…」


ヴィントの翼の先でつんつんとつつかれて身を捩る。

思っていたより器用に届く。


「やだ、もう、」


リリーはばさばさと自分の翼で攻防したが耐えきれず、降参ー!と言って声を上げて笑った。


「あんまりいたずらすると終身雇用するぞ」

「気合いいれていたずらしなくちゃ」


くすくす笑って背中から降りる。

体制を直してヴィントの足の間に収まって胸に頭を寄せた。

長い時間くっつくならこの方がいい。

しっかりと抱き寄せられてリリーは胸元に頭を擦り付けて言った。


「何かひみつのはなしして下さい。みんなが知らない、お話」

「…そうだな…まだ、皆と出会う前、子供の頃の話をしようか。石とか土とか食べていた頃の」


石とか土とか!うふふ、とリリーは笑う。


こうしてふたりきりになるとひみつのはなしをするのだ。

誰も知らない、内緒の話。

ふたりだけのものを増やして、お互いがお互いの独占欲を埋めていく。

他人が入り込む余地を隙間ひとつ許せず、全て占有したい熱があると、誰も知らない。


話を聞きながらリリーはヴィントのネクタイを抜き取って自分の口元に宛てた。


「…話の途中で誘惑するのはやめなさい」

「今度ネクタイに私の髪でも縫い込もうかと」

「私は君の下着に縫い込むぞ」


それ良いかも、とネクタイに頬擦りしながらリリーは言う。


「重症だ…早急に終身雇用するしかない」

「そんな簡単に決めていいんですか?トイレ以外は付きまといますよ?」

「君も縫い込む髪がもう無いと嘆かないといいが」


首を上げてヴィントの首に腕を回し、鼻と鼻をくっつけ笑い合う。


誰にも聞かせられない。

ひみつのはなし。




















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