第25話 魔が大好きなお兄ちゃん Ⅳ

両方が構えを取った状況で初めに動いたのはスライム。水の弾丸魔術よりも遥かに速い攻撃。刃物の形をし、人であるイドとグリムの体を抉ろうとする。


触手が二人に届く前、地面に刻んだ斬撃の魔術が無差別に周囲を覆う。それは至近距離に居る二人も例外は無く、効いている攻撃はグリム側が圧倒的に多い。己が定めた魔術が痛みという苦しみを武器に体を蝕んでいくが、耐える。


勝機があるのなら、死にかけても喰らいつく。強さへの過程も失う事の恐怖、持ち得ているその全てが違ったとしても、何があったら勝機を捨てれない思考は同じ。


今、傷が生じても関係ない。貪欲で、泥臭い欲望が勝ちを導いてくれると信じて。否、勝利の道筋を必ず自身の手で掴み取る為に。


「スライム、今お前、退いたよなあ!?傷つくのをいとわずに俺たちの命を触手で奪えばよかったものを。逃げは戦略、当たり前だ。けど、永遠に逃げる限り勝利は訪れない。意味も価値も」


背後に退いた時に生じた隙に付け込み、手動の斬撃を与える。物理耐性、魔力耐性などの様々な耐性がある粘着系の魔物であるスライムには痛手を与えられていない。削れた体力は微小。反撃として向けられた触手は避ける間も無く、体に突き刺さる。


二つ目の臓器がダメになり、血反吐を吐く。今にも体が倒れ手しまいそうで、頭が揺らぐ。視界がうまく捉えられていない。死がだんだんと迫り、恐怖も比例して段々と深まってくる。しかし、絶望は存在しない。


口や鼻からは血が噴き出ているグリムであるが、瞳には敵の姿を一切離さない。


「これで、俺ので出番は終わり、だな」


魔術の対象をスライム一匹に絞り、魔力の全てを捧げる。けれども、足りない。魔力量も、技術も。巨大な陣を斬撃の魔術を使って刻んだのは良い。その後が問題であり、巨体であるスライムの体全体に能力低下魔術を使用する方法を知らない。


だから、失う覚悟をした。


「持ってけよ、俺の片眼。倒せよ、イド」


紫に光る魔術陣から雷がスライムの体を襲う。液体から半液体へ。物理耐性や魔力耐性も意味がない程度には低下していく。


グリムの今回の幕は降りた。今から始まるのは主役の幕だ。









「任せんさいや。ワイ、その期待に必ず応えたる」


グリムが意識を失ったタイミングでスライムに攻撃を入れた東洋の戦士が、場に降臨をする。


その東洋の戦士、名をイド・ハヤカワ。極東の者達から『無冠の鬼人』と呼ばれた強者の一人である。


「ぎゅぴいぃイィ!」

「やっと声を出したんか。随分と余裕があらへん声やな」


その言葉に怒ったのか、全方向から触手が飛んでくるのだが、一つを残して全て刀で切り刻む。グリムに撃ち放った頃と比べてみれば明らかに遅い。能力低下魔術の効果に驚きつつも、残した触手の上を走ってスライムに近づいていく。


オーラ、強化魔術、自然体の魔力、そしてグリムからのバフ。命を賭けて己に繋いでくれたバトンを心の中で握り締め、刀を突き刺す。半液体化した事でダメージがそのまま入っていた。


激痛による悶えが揺れている体から察せる事ができたが、気にしてやる意味は無い。無遠慮に、無慈悲に刀を持ちながら走る。粘着性のある液体が皮膚に触れるのだが、意識を割く要素にはなり得なかった。


走る時間が長くなれば、自然とスライムの抵抗も強くなっており、半液体が固形化された事で完成している棘が発生していた。


「そんなに刀が嫌か。やったら、ほかしちゃる」


そう言いながら刀を抜き、空中に投げ捨てる。その行動に驚愕をして硬直をしている頭の足りない魔物相手に代わりの攻撃を与える。


魔力を現実に具現化し、何の手を加える事なく、魔力の塊をぶつける。攻撃性はなく、あるのは衝撃のみ。強大な衝撃を受けた事のないスライムにとって、この衝撃は困惑そのもの。


困惑をしている隙に次の一手を用意する。両手に魔力で魔術陣を刻み、数少ない使える魔術を撃ち放つ。煌びやかであり、轟々とした音を鳴り響かせる魔術。


維持できる秒数は三秒が限界であるが、十分過ぎる時間である。


昔ルイズに言われた「最小限の魔力で最大限の効果」という言葉を思い出しながら、足に魔力と魔術を付与しながら、スライムの半液体を潜る。魔力ができている液体、この場程イドに都合が良い場所は存在していない。


魔力を媒体にした魔術。魔法や魔術が他のメンバーより劣っているイドが唯一可能な高難度の魔力利用法。


(ぶっとべ!『風爛々』)









「スライム、意外に美味しい。ソーダ味のゼリーに似てる」


故郷を思い出し、懐かしくなりながら、倒れているグリムを拾う。傷の具合を視認で確信していれば、片眼が機能をしなくなっていた。魔力の反応がしているので、代償として片眼が完全に機能しなくなったのだろう。


スライムと戦う前に言っていた「八歳」の言葉が胸に深く突き刺さる。気にしていなかった。大人のような言葉遣いに、己よりも高い戦闘能力。認識していたのだ。認識してしまっていたのだ。大人だ、と。


最低で、醜く、愚かな自分。嫌いになりそうだった。ルイズに拾われてからはそんな思い、一切抱いていなかった。自分が好きになれたような気がした。気がしただけだった。


「はは、何なんやお前。何がしたいねんお前!片眼落としてまでワイに頼ってくれたのに…。永遠に頼れって言うたばっかやろ。それなのに、何なんやこのザマは。自分が、嫌いだ」

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