第21話 天災を生きる獅子+暗を生きた猛獣 Ⅹ

「よしっ、これで…」


自然と、地面に倒れてしまった。意識など関係なく、制御が効かずに。


「グリム!?」

「グリムはん!?」


二人の心配する声も、耳には届かなかった。






「ここ、どこ…?」


寝た覚えなど無く、今居る部屋に見覚えはない。己の部屋の特徴である装飾が激しい点が存在していないので、グリムの部屋では断じてない。体に重りや能力低下魔術を掛けられていないのに、重く感じる事に違和感を覚えつつも起きあがろうとすれば、体に激痛が走った。


「少しは安静にしときなよ。アホやらかして体ズタボロなんだから」

「外や内の肉体の損傷は無いと思うけど」

「物理的に存在している方じゃない。魂での肉体の方だよ。自覚してるでしょ?オーラの扉を魔力で強制的に開放したから体に負荷がきてる。それも今まで以上に」


そう言われた事で自身の魂の肉体を魔力操作の応用で魂の形を探知する。探知をした魂の形は万全の状態と比べれば歪だった。部分によってはトゲトゲしたりいているし、凸凹している部分もある。


何も無い状態であれば完全な球体である魂も、今は変形し続ける事で形であるのに形では無い、という理外の現象になってしまった。


この魂の形を考えるに、目覚めたばかりのオーラの扉が閉じている。いや、正確には故障した、だろうか。永続に閉じている訳では無く、魂の形が元に戻れば再び開き使えるようになるだろう。だから、オーラに関しては然程問題ない。何方かと言えば、問題なのは別の方…。


「魔力も使えなくなってる。何で、何でぇ」

「あんな無茶やらかすからでしょ。魔力は魂と密接に関係している。なのに魂を乱暴に扱うから」

「だってこんなになるとは思わないじゃん!」

「魂の形を探知できるのだったら誰でも分かると思うんだけどな。ホント、グリムはアホなのか鋭いのか分かんないよね。もしかしたら、死んじゃったかもしれないよ」

「信頼してたからな。あの場に居たのはクリスとイドだった。イドはともかく、クリスとはある程度の付き合いだったから。クリスが居るなら大丈夫かな、って思ったんだ。これでも俺はお前の事が結構好きなんだぜ?クリス」


心から思っていた純度100%の言葉。嘘などは一切なく、真実のみが含まれていた。


信頼と、今まで頼らなかった事を帳消しにするかの如く、糖度が異常なまでに含まれた声、言葉。苦さや辛さは全くと言って良いほどに存在しておらず、甘さだけがあった。


「俺はさ、魔法や魔術が好きなんだよ。それを探求する事が好き。楽しいからどこまでも突き進める。その事は今でも変わらない。唯一変わった事があるとすれば、頼れる奴が居る」


弟や妹などの親しい者にしか送らない穏やかな笑みをクリスに送る。視線、笑みと共にグリムはほのかに暖かい手で握り、距離を近づける。


あまりこのような経験が無いからか、頬を赤くしているクリス。


家族以外に『可愛い』という感情を抱いている自身に少々困惑をしつつも、己が接したいと思っている甘い姿勢で溶かしていく。


グリム一人だけでは無く、クリスも同じく溶けさせる為に。


愛にも恋にも満たない未熟な感情である『好き』が緩やかな速度でぶつけられる。


それから少しして、彼方も穏やかな表情を浮かべた後に握り返す。当たった手は自身の物よりも幾段か暖かく、癒される感覚に心が落ちる。


「この季節なのに、冷たいね。冷え性なのかな。…ねえ、グリム。私は変わったと思うんだよ。暗い道しか知らなかった。光なんて歩く余裕なんて全然なくて、そっちを見る余裕も無かった。でもね、その余裕を作ってくれたのがグリムなんだ。関わり合っていくうちに私でも知らない私を見つけてくれて嬉しかった」


変わったというグリムの告白にクリスも告白で返す。そのどちらにも共通しており、言葉の節々から感じれる感謝の感情。


自分で分かっていた自分。自分で分かっていなかった自分。変えたかった、変えれなかった。けれど、目の前の相手はそんな自分を変えてくれた。


喜びや幸福の感情を含めた光。それ等が戦の道を歩いて来た獅子であるグリムを、暗の道を生きたクリスを照らした。


「それを言うなら俺もだな。戦争で心が着実に擦り減っていた俺を助けてくれた。変えてくれた。魔法や魔術、そして家族の為に生きる事を生き甲斐としてきた俺をだ。否定なんかじゃない。昔の俺を肯定したまま今の俺へと変えてくれたんだ。何十回も、礼を言いたい。だから、ありがとう」

「そう、なんだ。同じだね、私たち」

「ああ、同じさ」


生まれた地、育った時間は消えど、どこか似ている二人。


グリムで無ければ、クリスで無ければできたかった事。性別も生まれも育ちも時間も歩んできた道も違うのに似ていた二人だからできた事。


「本当に、出会えてよかった」

「私もだよ、グリム」










互いの感謝を何度も何度も伝え合い、ようやく背負ってきた苦しみを解放する事ができた二人が眠ってしまった頃、部屋に誰かが入って来た。


「全く、毛布を掛けて寝なよ。その前に眠りに着いてしまったから仕方ないのかもしれないけど。まあ、お疲れ様、かな。よく頑張りました。花丸をあげちゃうよ、グリムとクウォンツ、いや、クリス」


保護者のような生暖かい視線を向けるルイズは、優しく布団を掛ける。心地よく、安心して眠れるように。

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