次の旅へ

 結局その日は辺りも暗くなってきていたのでその場で野営をすることにした。マリーはシャムの傍をずっと離れずちょこんと寄り添っている。


「とりあえず明日になったら俺は世話になってる流浪の民の元へ行く。荷物預けたままだしラーも返さねえと。お前はどうするんだ」


 ルオに問われシャムは少し考える。今かろうじて動けるようにはなったがこの先どうするかなどと全く考えていない。マネキンを直せる技師がいないだろうし、足が動かないのなら行きたい場所もない。


「どうしようかな。マリーが居てくれるならこのままここで壊れるの待っててもいいけど」


 そう言うとマリーがシャムの袖をぐいぐい引っ張る。それはいつもやるクイクイ引っ張る力とは違う。


「相棒は嫌だっつってんぞ。それに何のためにこいつは地の果て彷徨って俺らのところに来たと思ってんだ」

「仕方ないよ、マネキンを直せる人間はいないから」

「決めつけんな、いるかもしれないだろ」


 ルオの言葉にシャムが意外そうな顔をした。マネキン技師がいるかどうかなど人間であるルオの方がわかっているはずなのに。


「戦争に負けちまったこの国にはいないだろうよ。だが勝った方の国には今も人形はたくさんいるぞ」

「え」

「さすがにマネキンがいるかどうかは知らないが、マリオネットはずいぶん形を変えて人間の社会に馴染んでいる。お前を直せる人形師が一人くらいはいるかもしれねえだろ」


 全く知らない情報にシャムは目を丸くする。今まで人間のいる所には近寄らなかったのでこの国を出た事は無い。ましてこの国を負かせた国など行こうと思わなかった。シャムは人間では無いからどうせ破壊されて終わりだと思っていたのだ。


「直るかもしれないが、それでも人間に近づきたくないっつうなら好きにしな」


 その言葉にシャムも改めて真剣に考える。いずれ壊れるとわかっていたから覚悟を決めたつもりだった。人間のように年老いて死ぬことがないから急いで何かをすることもない、そもそも戦うために作り出されたのだから自由に生きるということも別にやりたいと思わなかった。

 だが今は、やりたいことが色々とある。マリーの方を見てじっとガラスの目玉を見つめた。

 マリーの瞳に映る世界はとても美しかった。それは偶然できたものではなく命が育まれその育みの中にマリーたちマリオネットはいる。壊れて無残な姿しか見てこなかったシャムにとってはもっと他にも美しく素晴らしい景色があるのではないか、 そう思い始めていた。


 この国にはこの国にしかない景色があった。それなら他の国にはその国にしかない景色があるはずだ。それを見たいと思った、マリーと一緒に。


「僕はマリーと一緒に見たいものがたくさんある。マリーは?」


そうマリー尋ねるといつものように服の端っこを持ってくいくいと引っ張った。


「僕らはいつか本当に壊れる時が来る。でもその時間がまだ先ならそれまではいろんなものを見に行こうか」


 マリーは肯定も否定もしない。それでも、服を引っ張るその動作がすべてを物語っていた。それがとても嬉しく思う。


「この流れってもちろん俺も行くんだよな」

「当たり前だろ、人形だけで人間の世界にいたらどんな目に合わされると思ってるんだ」


 さも当然と言うようにシャムが言えばルオはあまり乗り気ではなさそうな顔をした。


「俺に何の得があるんだよ」

「作った装飾品は売れるし技術も上がる。ついでにもうちょっと勉強して頭良くなれ、顔はともかく仕事ができる男は女が寄ってくる。嫁が見つかるかもしれない。しゅの保存は生き物の根源だろ。良い事しかないじゃないか」

「良い事言ってる風だが全然俺の得じゃねえよ、顔と嫁に関しては大きなお世話だ」


 あまり納得していなさそうなルオにマリーは腹から麦を一つ取り出しルオの前に差し出した。


「そういやそれまだもらってなかったな」


 麦を取ろうとしたがマリーはそれを巧みに避けた。もう一度取ろうとしてもヒョイっと避ける。その様子を見ていたシャムは感心したように言った。


「凄いなマリー、家畜の躾け方なんていつ覚えたんだ」

「おいコラ」

「違うのか? ラーを躾けている時と大体同じことしてるように見えるけど」

「言うことは聞かせるには叩いて芸を覚えさせるにはエサで釣るってか、やかましい」


けっ、と言って立ち上がった。


「ただ働きはごめんだ、しかもものすごい距離と日数を付き合わされたんだからな。今から流浪の民に合流することを考えると頭が痛い。それぐらいよこせ」


ルオはマリー捕まえようとするがマリーは巧みにヒョイヒョイと避けて行く。マリオネットは本来人間に簡単に捕まらないように機動力があるのだ。

  タタタっと走ったマリーはラーに乗るとそのままラーは歩き始める。ラーは背中に何か重みを感じたら歩くように仕込まれているのだ。それを見たルオはぎょっとした様子で慌てて追いかけた。


「それに乗るんじゃねえよ! お前乗りこなせないだろうが!」


 意外といいコンビだなあの二人と思いながらシャムは笑う。そして改めて思う。自分の見てきた「世界」とはなんて狭かったのだろうと。ほんの一部分しか見ていないのにまるで世界の全てを見たような気分になっていた。知らない景色がたくさんあって、知らなかったことをたくさん知ることができて、新たな道の可能性まで今目の前に来ている。

 おそらく一人だったら他国に行こうとは思わなかった。ここで人間と別れて自分はひたすら壊れるのを待っていたかもしれない。

 だが、マリーがいるのなら。もっといろんな景色を見ていろんなことを学んで、少しだけ人間についても知っても良いかもしれない。

 マリーにはたくさんの麦や種を持たせよう。旅をしながらマリーが大地を育てる先駆者となればいいなと思った。


「僕、人形師になろうかな」


 マリオネット専用の人形師。マリオネットたちは動かないだけで動けるものが他にもいるかもしれない。そういったものたちに種を持たせて動かしてあげても良いのではないかと。ラーから降りて走りまわっているマリーを見てシャムはそんなことを考えていた。


 その日はもう夕日が落ちそうになっていたのでそこで夜を越すこととなった。ルオとラーは既に眠っている。眠る必要が無いシャムとマリーは仰向けのままずっと星空を見ていた。


「冬は夜がとても暗いから星がすごくきれいに見える」


今日は月がない。目の前にどこまでも広がる星々を見ながらふと夏に見た光虫の存在を思い出した。


「また暑くなったらあの場所に行こう。星が落ちてきたみたいな光り輝く虫がいたあの場所」


 マリーは空に向かって手を伸ばしている。捕まえようとしているかのように手を開いたり握ったりしていた。


「マリーならいつか星も捕まえることができるかもしれないね」


 その言葉にマリーは腹を軽く叩いてパカッと蓋を開けた。何をするでもなくそのまま開いた状態でずっと空を見つめている。


「星を捕まえたらそこに入れたいの?」


 言いながら再び空を見ると星々がすーっと通り過ぎていく。


「流星、なんだかすごく久しぶりに見た。そっか、ここに落ちてくるのを待ってるのか」


 それはなんとも素敵な時間だ。以前だったら星が降ってくるわけないだろとバッサリ切り捨てて話を終わりにしていた。しかし今はありえないと分かっていても星が落ちてくるといいなと思ってしまう。

 その夜はひたすらに2人で星が降るのを待ちながらずっと夜空を見つめていた。

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