第23話 閻魔帳

 事務職を辞めて、治安部隊に専念して一年以上が経過しました。

 ラムラムの町に来てからは二年近くになります。


 私は要人警護の延長上で、とある貴族様の寝室で……あの行為を見学していました。

 全裸の貴族様は複数の全裸の女性と目合まぐわい、激しく腰を振っています。


 私は十二歳になりましたが、まだまだ大人と呼べる年齢ではなく、本来ならばこのような知識ついては、まず基本となることを学ぶところでしょう。


 ですが、このラムラムではこういった行為について、当たり前のように触れることができて、日常会話のように目の当たりにできるので、知識だけは積み重なっていきます。

 耳年増と言えばよいでしょうか? 

 いえ、見ているので、目年増とでも言った方がよいでしょうか?



 最初の頃は、これらの行為に怯えをいだいたものですが、今ではどちらかというと呆れが前に来ます。

(はぁ、私、何をやってるんだろう……?)


 眉間に皺が寄ります。

 すると、それを貴族様が見咎めました。


「こらぁ~! もっと澄ました顔でこっちを見ろ! 瞳は冷たく凍りつかせるようにな!!」


 指示通り、表情を消して、見下すような目線を見せました。

 この瞳を目にした貴族様は、ベッドの上で飛び跳ねて大はしゃぎです。

「おおぅ、それでいいぃぃいいいい! はぁ~~~~幼い子からそんな瞳で見られるなんてぇぇぇぇ! そんな子の前で私はなんて恥ずかしい行為をしているのだあぁぁぁ!! 私はなんてダメな男なんだぁぁぁあ!! ああああああ、下半身血流マックすぅぅぅぅうぅ!!」



 そう叫んで、貴族様は女性たちに飛び込み、狂ったように下半身を前後に振っています。

 この方は、幼い少女に行為を見せつけつつ、冷めた目で見られることで興奮を覚えるそうです。

 私は表情を石のように固めたまま、再び同じことを心の中に広げます。

(本当に、私、何をやっているんだろう……?)

 


 因みに、私に対してそういったことを求める方もいましたが、それはツツクラ様が許しませんでした。

 それは、いずれどこかで猫族の男性ドワーフを見つけて、私とつがわせ、子どもを産ませるためです。


 そうして生まれた子どもは貴重で高く売れると、ツツクラ様はホクホク顔でお話していました。

 たしか、ブリーダーでしたか? 人間族では、貴重な動物を増やして売るという商売があるらしいですが、それと同じことを行う気なのでしょう。

 

 そのために、万が一にも私の腹が駄目にならないようにと、男と交わることは禁止されています。

 もっとも、ドワーフ族は人間ほど短期間に子を宿すことはないので、ブリーダーをおこなったとしても、かなり気の長い話になってしまいますが。



 男女の交わり、ブリーダー……ここでふと、父と母のことを思い出しました。

 ツツクラ様は父や母を生け捕りにしようとしていました。もしかしたら、同じことをさせようとしていたのかもしれません。

 ですが、もし、生きて捕まっていたとしても、父や母はそれに決して従わないでしょう……だけど、私が人質に取られたら?


 そんなことを考えると、父と母はあそこで死ねて良かったのかもしれない。

 という、馬鹿げた考えを抱いてしまいます。


 馬鹿げた考え? そうです、馬鹿げた考えのはずなのです。

 ですが、着実にツツクラ様の、このラムラムの町の価値観が私を侵食して、その馬鹿げた考えが普通になりつつありました。




――――昼食・食堂


 ここは事務方の人たちが利用する食堂です。戦士さんたちの食堂は別にあります。

 私は特別にどちらの食堂を利用しても構わないと許可を戴いているので、おもにこちらで食事をとることが多いです。


 こちらはツツクラ様専属の料理人のお弟子さんが修行のために、厨房を担当していてるため料理の味が良く、またメニューが豊富で、整理整頓されていて清潔。

 一方、荒くれ者が集まる食堂はどうしても大味な料理が多くて、清潔度もいい加減で……だから、事務方の食堂を利用することが多いのです。


 四人掛けの簡素な木製テーブルにパスタとスープを置いて腰を掛けます。

 そして、ため息を一つ。


「はぁ~」

「どうしたのルーレン、お疲れ?」

 

 この声はラスティさんです。

 彼女は私の正面に、珈琲とサラダとオムレツとハムサンドと炊き込みご飯とビーフシチューと肉の揚げ物と焼き鳥とパンナコッタとアイスを並べて座りました……いくらメニューが豊富でも、食べ過ぎじゃないでしょうか?


 主任になってからというもの、お給金が上がるのと同じくらいに体重も増えて丸々していますし……。



 私はスプーンでスープを軽くかき回して返事をします。

「朝から、とある貴族様の特殊な行為にお付き合いしまして。それでちょっと……」

「ああ、あの変態エヴォニー男爵ね。ヤッバいよね、あの人」

「一応、名前は伏せたのに台無しですよ」

「いや~、あの男爵有名だからいいでしょ。でも、この町に来る貴族にしては結構良い人なんだよね」


「そうなんですよね。奴隷相手でも見下すような態度を見せませんし。変な趣味さえなければ……」

「はははは。ま、本当に良い人なら、ここにはいないんだろうけど」

「それはそうなんですけどね」


「だけど、あの人は自分の変態趣味という弱みなんて気にしないだろうね。表の世界でも、趣味を隠してないと聞くし」

「弱み?」


「ほら、ここって貴族や富豪が集まってヤバいことやってるでしょ。それらをツツクラ様はしっかり記録して、金庫に収めてるらしいよ。いざというときのために」

「ああ、なるほど。でも、当然と言えば当然でしょうね」


「うん、そうね。とはいえ、こんな場所でも信用が第一だから、その弱みを盾に脅すなんてことはしないだろうけど」

「でも、万が一の備えに、ですね」


「そういうこと。ま、そんな閻魔帳があるっていう噂がある程度だけど。あってもどのみち、まず使うことのない、使うことのできない閻魔帳」

「たしかに……」



 一度でも脅しに使えば、信用を失う。だから使えない。 

 使うとすれば、積み上げてきた全て失う覚悟が必要。


 私は全く自分を隠さない男爵のことに話を戻します。

「そんな閻魔帳も、男爵様には関係ないでしょうね。表の世界でも自分を隠してないなら」

「そうそう。だけど、あれでよく、表の世界で失脚せずにいられるよね」

「おそらく優秀なのでしょうね。でも、あの方とは違い、もっと恐ろしいことを行っている方々は……はぁ」


 ここで溜め息一つ。この溜め息は男爵に対するものではありません。

 それに気づかないエスティさんが話を続けます。


「やっぱり、男爵様の趣味に付き合ってたからお疲れ?」

「それもありますけど……今夜は宴がありますから」



 宴……月に一度、貴族様の中でも残忍な振る舞いを好む方々が集まるイベント。

 そこでは奴隷たちが悲惨な目に遭います。それこそ閻魔帳に刻まれるような残虐で悪辣な行為が……。


 ラスティさんは宴の言葉を聞いて眉をひそめました。

「あ……そうなんだ。ルーレンは、それの警護とかもやってるんだ?」

「はい」

「私は見たことないけど、酷いと聞いたよ……ルーレンは大丈夫なの?」

「仕事ですから」


 と、答えにならない答えを返しました。

 正直に言えば、まったくもって大丈夫じゃありません。


 宴の警護を任せられるたびに、身の毛もよだつ思いが走ります。

 人は、あんなにもむごいことを平然と――いえ、娯楽として楽しむことができるなんて。



 淡白な表情を見せて返した言葉に、ラスティさんは次の言葉選びを迷い戸惑っている様子。

 だから、私がさらに言葉を続けることにしました。


「ですけど、私自身が見学するわけでも参加するわけでもありませんからね。そういったことが行われている部屋の周辺を警護するだけのお仕事ですから」

「そ、そうなんだ……ごめんね、食事中に話すことじゃないよね」

「いえ、先にこの話題を持ち出したのは私ですから」


 この後は、むりやり話題を変えて、ラスティさんの今一押しの化粧水の話に花を咲かせました。

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