3-7 キラキラふるふる

 人々の好奇な視線が、48と書かれたパドル――入札札――を掲げている老人へと集まる。


 ベテランさんの声が裏返らなかったのは流石としか言いようがない。


 豹の仮面を被ったこの老人は、オークションの常連だ。

 主に古代遺品を落札しているので、オークショニアからは『豹の老教授』と呼ばれている。


 前回の『ストーンブック』を落札しそこねたリベンジだろう。

 ただ、いきなり10000万Gとは、『豹の老教授』も思い切ったことをする。


 ひやかし入札に対する牽制だと、ガベルとサウンドブロックは思った。


 ザルダーズの常連で、古代遺品愛好家の『豹の老教授』も今日のオークションには言いたいことがあるのだろう。

 それを行動で示すとは、なかなかに立派な老紳士だ。


「10000! 10000! でよろしいでしょうか!」


 年代物の砂時計の砂が、サラサラとなめらかに落ちはじめた。

 三分のカウントが始まる。


 だれもがみな、この『ストーンボックス』は10000万Gの一声で落札されると思った。


 と、


「50000」


 サヨナキドリのような澄んだ美しい声がオークション会場に響き渡る。

 ルールを無視した金額の提示に、会場がかつてないほどざわめき揺れ動く。

 袖下に控えているスタッフたちも慌てふためいている。


(でたなっ!)

(わ――い! 女神様だ! ボクの女神様だ! 今日も、とってもステキな声! 女神様――! カッコいい!)


 この騒ぎの元凶『黄金に輝く麗しの女神』様がついに動いた。


「ごっ……50000万Gがでましたっ!」


 88のパドルを掲げた『黄金に輝く麗しの女神』様はあいかわらず、マイペースだった。空気を読まないルール無視のトンデモナイ参加者だった。


(豹の旦那……どうやら、相手が悪かったようだな……)


 こんな金額では、競り合うどころではないだろう。

 

「50000万G! 『黄金に輝く麗しの女神』様に続く勇敢なる覇者はいらっしゃいませんか?」


(ボクの女神様! ボクの女神様!)

(ガベルの女神様は、面白いことやってくれるじゃないか!)


 笑い声をあげたくなるのをサウンドブロックは必死に堪える。

 隣でキラキラ輝きを放ち、ふるふると震えているガベルがとても可愛い。

 キラキラふるふる最高だ!

 こんな可愛い木槌は他にないだろう。


 驚きうろたえる観衆。

 誰の声なのか、確かめるまでもない。

 みなが待ち望んでいた美しい声だ。


(ヒャッホー! 石の箱にいきなり50000万Gを支払おうっていうガベルのトンデモ女神様! 万歳! やってくれるぜ!)

(石の箱に50000万Gを支払うボクの女神様! オトコマエすぎる! 痺れるくらいカッコいい! どうしよう! ドキドキが止まらないよっ!)


 待ちに待ったボクの女神様のご降臨に、ガベルが大興奮する。キラキラふるふる具合がマシマシだ!


(オシカツすげ――!)


 喜ぶガベルを見て、さらに喜ぶサウンドブロック。


 サウンドブロックは驚愕の眼差しを、ガベルの女神様に向ける。

 この女神様……ガベルが注目するだけあって、只者ではない。


 存在だけで、ガベルをこんなにもキラキラふるふるにさせるとは……あいどるという存在は、異世界最高級蜜蝋よりもすごい存在だ。


 ヒトではなく、比喩でもなく、本物の女神が、ヒトが営む世界に降臨しているのかもしれない。


 会場がどうしようもなく騒がしくなる中、サウンドブロックは今までにはない感動に打ち震えていた。


(ベテランさん! ベテランさん! 早く! 早く! このままだと、ボクの女神様の大事なオークションが台無しになっちゃうよ!)


 ガベルの焦った声が聞こえた。

 蒼白になった木目もなかなかに美しい。


 ガベルの声が聞こえたわけでもないだろうが、ベテランのオークショニアは慌ててガベルを手に取り、振り上げる。


 一刻も早く会場を鎮めなければ、オークションに幕引きができない。


 長きに渡って数多のロットをこなしていたベテランさんなら、目を瞑っていても、演台のどこになにが置かれているか、その定位置を身体がしっかりと覚えている。


(えええっ! ベテランさん! ちょっとまって!)

(なにいっっ! やべぇ! しまった!)


 ガベルとサウンドブロックは同時に心のなかで叫び声をあげる。


 ベテランさんがハンマーを振り下ろす場所は、打撃板の定位置。一寸の狂いもない、ドンピシャな場所。


 (このままじゃダメだよ――ッ!)


 ガベルの身を切るような悲鳴が、サウンドブロックの耳に届く。


 サウンドブロックの中央ではなく、端にガベルが激突する。

 興奮していたサウンドブロックが、震え続けた結果、所定の位置からズレた場所に異動していたのである。


 いつものベテランさんなら、その変化を見逃してはいなかっただろう。

 だが、動揺していたベテランさんは、いつもの場所にサウンドブロックが待機していると信じてしまっていた。

 ベテランさんは手元を誤り、叩き損じてしまう。


 ガッツ……ンッ! ダッツン!


 ガベルとサウンドブロックは、震え上がり、乾いた音をたてた。


「50000! 50000万G!」


 ベテランさんの力の籠もった渋い声が、会場の乱れた空気を強引に押し込める。


 その間にも時間は流れていく。


 十秒……。


 二十秒……。


 三十秒……。


 人々の視線が48のパドルを所持している『豹の老教授』へと注がれる。

 彼の次なる選択を、人々はじっと待つ。


 一分……。


「残り一分をきりました! みなさま、よろしいでしょうか?」


 ザルダーズのオークションルールは、入札価格が提示され、三分以内に次の価格が提示されない場合、最終入札者が決定する。

 最終入札者が落札者となり、落札者がコールした金額が、ハンマープライスとして決定する。


 『黄金に輝く麗しの女神』様が50000と歌うように宣言してから二分が経過し、残り一分となったとき……。


 『豹の老教授』はゆっくりとパドルを下ろし、大仰な動作で降参とばかりに首を左右に振る。


「よろしいですか?」


 緊迫した時間が流れる。


 残り三十秒……。


 二十秒……。


 十秒……。


 呼吸音ひとつ聞こえない会場内だが、参加者の心はひとつにまとまり、心のなかだけでカウントダウンをはじめる。


 五、四、三……にい……いち……。


 ダン! ダン! ダン!


 高く掲げられた木槌が勢いよく振り下ろされ、打撃板を鳴らした。

 今度は、打撃板の中心を木槌が叩き、美しい音が会場内を駆け巡った。


 止まっていた時が再び動き出す。


「みなさま! こちらの『ストーンボックス』は黄金に輝く麗しの女神によって50000万Gにて落札されました!」


(やった――! ボクの女神様が『ストーンボックス』も落札してくださった! ボクの女神様! サウンドブロック! みてよ! みてってば! ボクの女神様が! ボクの女神様が! こっちむいて笑ってくださったよ! どうしよう!)


 激痛でくらくらするなか、サウンドブロックは、ベテランオークショニアの終了宣言と、ガベルの嬉しそうな声を聞いていた。

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