第2話 ワレワレハウチュウジンダ。ドーモ、私は地球人です。

「生きてるって、素晴らしい……」


 

 宇宙船は墜落途中に復活した重力制御装置のおかげで、森のひらけた場所に木々を一本も押し倒すことなく無事に不時着。

 

 だけど、動力炉の冷却に使用している有毒なガスが船内に漏れ出してしまったので、すぐに外に出て見知らぬ惑星に足を降ろすことに。

 

 ここは深い森。

 木々が連なり、視界を遮り、濃密な樹冠によって日差しが森の内部まで届かず、とても暗がり。



 私は背後で静かに佇む宇宙船へ視線を向ける。


 形は銀色の円盤状。その円盤の上に、ドーム状の構造物が載るといったもの。見た目は麦わら帽子。

 ドーム状の部分には、いくつもの丸い窓がぐるりと並んでいる。

 いわゆる、UFOのアダムスキー型というやつかな?

 

 それが地面から5mの高さのところでふわりと浮いている。

 外壁には墜落による損傷はないけど、内部はぐちゃぐちゃ。


 視線をUFOから二人の宇宙人へ向ける。

 小さな背丈に見合わない肥大した頭部におっきな黒目。

 銀色の肌をこれでもかと見せつける真っ裸。

 あそこはつるつるで男か女かわからないし、見た目もそっくりなので見分けもつかない。

 と、思ったけど、片方の宇宙人の黒目の部分に、小さな睫毛が二本生えていた。違いはそれくらいかな?



 私は大きく息を吐いて、拳を構え、臨戦態勢。


「色々聞きたいことはあるけど、まずは……あんたたちは何者で私をどうするつもり? 敵対するってなら――」


「そのようなつもりはない」

「地球人の命を奪うことが目的ではないからな」


 二人は言葉を発することなく、頭に直接話しかけくる。

 痛みはないけど、そのたびに耳奥がキンキンとする感じでちょっと気持ち悪い。


「――っ。あの、テレパシーって言うのかな? それ、やめて欲しいんだけど。頭と耳が妙な感じになって、ちょっと……」



 こう伝えると、二人は互いを見合わせ、次に小さな溜め息を吐いて、おちょこのような口から言葉を漏らす。

 その音はちょっと機械的。


「まったく、これだから原始的な脳しか持たぬ地球人は……」

「言語などという、未開な意思伝達手段を使用しなければならないとはな。これで良いか、メス」


「ええ、ご配慮ありがとう! でも、棘々の言葉のおかげで、頭じゃなくて心が痛いよ! あと、メスって言うな!」



 こいつらの人を見下す態度はすっごく腹が立つ。だけど、それについて噛みついてても話が進まない。

 だから、話題を戻して、二人に尋ねることにした。


「さっき、命を奪わないと言ったけど、あんたたちは私をさらって何をするつもりだったの?」


「研究だ。ワレワレは個体としての進化において、最高到達点に至っているため、今後の新たな進化についての研究を行っている」

「エネルギー体としての進化ではなく、更なる個体進化としてのヒントが地球人に隠されている可能性があるからな」


「待って待って、言ってる意味がわからないんだけど。個体進化? エネルギー体進化?」



「個体進化とは、現在の姿を維持しつつ進化することだ。その種類は少なく、大きく分けて三つ。機械化・遺伝子操作・自然加速進化。補足として、これらの組み合わせというものもある」

「エネルギー体による進化とは、肉体を捨て、エネルギー体に変化を遂げるものだ。地球人にもわかりやすく説明すると、神や精霊と言った存在に変わるといったもの」


「あ、はい。わかるような、わからないような。で、地球人を調べて、あんたたちどうなりたいの?」



「前述の、どれにも属さぬ新たな進化だ」

「いまだ誰も到達していない進化。そのヒントが地球人にあると考え、調べている」


「進化のヒントが地球人に? 具体的には?」


「地球人はワレワレと同様に科学を主体とする力を持ちながら――」

「おい、それは無用な情報だ」



 二本の睫毛を持つ宇宙人が、睫毛のない宇宙人の声を諫めた。

 何やら秘密があるっぽいけど、聞いても教えてくれなさそう。

 だから今は、自分のことに意識を集めることにしよう。


「よくわかんないけど、私を殺すつもりはないってわけね。じゃあ、ちゃんと地球に戻してくれるの?」


「ああ、実験体には危害を加えず、送り帰す法律があるからな。だが、現状では帰還ための手段がない」

「宇宙図を確認したが、ここがどこなのかもわからない。システムの80%以上が沈黙。主要システムが辛うじて動いている状況だ。動力炉も修理が必要」


「え、帰れないってこと? 修理できないの?」



「応急措置はできる。それで動力炉だけなら修理は可能だが、その稼働のための燃料を放棄してしまったため、修理を終えても動力炉を稼働できない」

「だが幸いにも、この惑星に燃料となる物質の存在を確認した。微少だが。それを手に入れ、さらなる物資と燃料を探して帰路を模索する」


「それって、地球に帰るまでどのくらいかかるものなの?」



「不明だ」

「帰路が可能かも不明だ」


「えええ~、どうすんのよ!?」


「どうするもなにもない。そもそも貴様が暴れたせいだ。まったく、凶暴なメスだ」

「それは違うよね! そもそも私を誘拐するからでしょ! あと、メス呼ばわりやめろ!!」



 二人の宇宙人は私を……いや、地球人をとことん見下しているようで、言葉の節々に棘を付けてくる。

 私は頭を激しく掻くことで不満を誤魔化して、これ以上メス呼ばわりさせないように自己紹介をすることにした。


「あ~もう! とにかく、お互いの名前がわからないのは不便だから名を名乗ろっか。私は柚迩ユニ。あんたたちは? ついでに何星人?」


 問いかけに、睫毛の無い方からある方と順番に答えた。

「ワレワレはƒ¼ã? 。名は®çš†æ§˜ 」

「私の名はã?™ã€だ」


「え、ごめん。発音がややこしくてまったく聞き取れない」


「はぁ、これだから未熟な聴覚しか持たぬ遅れた存在は……」

「それでいて、ワレワレの進化のヒントがこのような未開な存在にあるかと思うと情けなくなるな」


「あんたたちはいちいち嫌味を挟まないと喋れないの? だけど、どうしよう。名前を呼べないって不便だし……そうだ、私が二人の名前つけてもいい?」


「好きにしろ」

「互いの記号がわからぬのは不便であるからな」


「いいの? それじゃあ~」



 私は二人を見て、次にUFOを見る。

 両方とも見た目は地球で語られるオーソドックスな宇宙人。

 だから――


「睫毛のないあんたはアダム。ある方はスキー」


「酷いセンスだ」

「センス? ®çš†æ§˜ 、貴様は地球に傾倒し過ぎでは?」

「私の専門分野は民俗学だからな。地球人の研究をそういった側面でおこなっているので、技術畑の貴様とは違い、多少なりとも理解できるだけだ。今の名付けが地球人のセンスから見て、酷いと」


「悪かったね、ひどくて! じゃあ、え~っと、う~ん、あ~~」


「そこまで悩む必要はないだろう。別に酷いセンスでも構わないぞ」

「こっちが構うの! えっと、センスの良い名前、名前、名前っと…………よし、これだ!」



 私はパンッと手を打って、新たな名前を声に出す。


「睫毛の無い方がエイで、ある方がリアン! どう?」


「……言葉もないな。地球人基準のセンスでは、最低の位置にある」

「そ、そんなはずは! 下手に捻るより――ああ、もう! だったら別の名前を」


「必要ない、時間の無駄だ。私はエイと名乗ろう」

「私がリアンだな。このメスはワレワレの判断材料を睫毛のみで行っているようなので、一人称も変えて、判断材料の奥行きを増そう」


「ならば、エイである私はこれから俺と名乗るとしよう。リアンは私で」

「了解だ。エイ、貴様は俺という一人称に合わせて、言葉の雰囲気も変えてみてはどうだ?」

「そうだな。俺はもう少し言葉を軽くするか。センスのないメスのためにな」



「センスがないって言うな! ううう、なんで異星人から地球人としてのセンスを否定されなきゃならないの。あと、いい加減メス呼ばわりはやめろ! 何のための自己紹介だと思ってんの!」


「そうだな、これから気をつけるよ、メスユニ

「蛮族とはいえ、名に誇りがあるだろう。私も気をつけよう。メスユニ



「悪意! 名前で呼んでるけど、悪意がぬぐい切れてない!!」

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