第6話

 次の日から早速俺は、糸を手当たり次第にみんなに持ってもらった。学校の友達には「またその糸の話か?」と半分かわらかれながらも、面白半分で試してもらった。結果はイマイチで、友人たちが持っても何も反応はなかった。むしろ、糸に傾注している物好きなやつとして、俺は学校で変人扱いされることになった。

 数打ちゃ当たる作戦で、自宅に帰ってからももちろん、両親や従業員に糸を手にしてもらう。みんな、「どないしたん紡くん」と俺のことを小さな子供のように扱う。株式会社つむぎに勤めている人たちは年配の方が多いので、俺のことをずっと幼い子供だと思っているのだ。


「今時の自由研究にしちゃ、家業で使うとる糸なんて、ちょっと安直やないかい?」


 白川さんはにやりと口の端を持ち上げながらも、俺の言うことを聞いてくれた。


「うーん、やっぱりなんも変わらへんで。紡くん、お役に立てへんでごめんな」


「い、いや、大丈夫です」


 やっぱりそうか。まあ、そうだよな。

 落胆することはないけれど、ちょっとお手上げ状態だった。


「紡〜今日ばあちゃんが帰って来よったよ。縁側におるで」


 俺が糸を持って奔走している様を見た父親が、休憩でもしてきいや、と声をかけてきた。


「そうか。分かった」


 俺は父さんの言葉通り、自宅の縁側に向かう。

 我が家は仕事場と一体化するように、仕事場の隣に位置している。

 1階の縁側に行くと、祖母が座ってお茶を飲んでいた。


「まあ紡。おかえり」


「ただいま」


 おかえり、と言うべきなのは俺の方なのだが、ばあちゃんはいつも通り、ずっとこの家に住んでいるかのような口ぶりだ。ばあちゃん

は1年前から、老人ホームで暮らしている。足が悪く、介護を必要とするので、自ら施設に入ると言い出したのだ。もちろん、息子である父さんも、俺も反対したのだけれど、ばあちゃんは言うことを聞かなかった。


「わたしゃ、この会社を潰したくないねん」


 と、口癖のように言っている。父さんがばあちゃんの介護にあたれば、その分会社の売り上げが下がると言いたいのだろう。全然そんなことないのに。と俺は子供ながらに思っていた。


「あれ、その糸はなんじゃ?」


 ばあちゃんは俺の手に握られた絹糸を見て訊いた。


「ああ、これ? これは、“世にも不思議な透き通る糸”、だよ」


 俺は、もはやこの糸の正体が何かなんて、分かるはずがないと諦めていた。絃葉は残念がるだろうが、これ以上手の打ちようがない。


「ちょっと見せてみい」


 ばあちゃんが、思いのほか糸に興味を持ってくれた。もともとこの家の家業は、ばあちゃんの代から始まったものだ。ばあちゃんは以前、株式会社つむぎの社長だった。もともとはばあちゃんの夫——今は亡き祖父が始めた会社なのだが、祖父が早くに亡くなってから、ばあちゃんが切り盛りしていた。父さんに引き継いでからも、ばあちゃんはずっと「つむぎ」を見守ってくれていた。

 俺はばあちゃんに糸を見せて、ばあちゃんが糸を受け取った。


「ほえ〜なんやこれ。わたしも初めて見たわ。きらきらして、綺麗やねえ」


 ばあちゃんのシワの刻まれたまぶたが、愛しそうにきゅーっと細くなる。まぶたに落ち窪んだ瞳の前に糸をかざして、大切な孫を慈しむかのようなまなざしで糸を眺めた。

 俺は、そんなばあちゃんの手に握られた糸を見て、息をのんだ。

 透き通っている。

 絃葉が手にした時よりももっと透明度が高いように感じた。

 俺はごくりと生唾を飲み込むと、ばあちゃんに「その糸何色に見える?」と訊いた。


「きらきらしてっけど、白に見えるわ。ああ、でもわたしゃ目がわりぃから、もしかしたらちごうとるかもしれへん」


 そう言いながら、ばあちゃんは糸をより一層瞳に近づけた。だが、老眼のばあちゃんは、「やっぱり白や」と何回も呟いた。

 その間も、俺は透き通る糸をまじまじと見つめる。

 ばあちゃんには、この糸が透き通っているようには見えていない。絃葉の時と同じだ。


「ばあちゃん、それ貸して!」


 俺はばあちゃんから再び糸を受け取った。すぐに病院に行って絃葉に報告しようと思ったが、ばあちゃんが「紡」と俺の名前を呼んだ。


「糸はな、大切な人の想いをつなぐんよ。その糸が特別に見えるんなら、きっと紡が誰かの想いをつなぐためにあるんやわ」


 ばあちゃんがにっこりと笑う。

 もともと落ち窪んでいた瞳がまぶたと一体化して見えなくなった。


「大切な人の想い……」


「そうや。その糸も、紡が誰かと繋がるためのきっかけかもしれへんなあ」


 ばあちゃんが昔を懐かしむような口調で紡いだ言葉が、その場から立ち去ろうとする俺の胸に、ほのかに明かりを灯した。

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