第9話 優しい異世界モンスター

 魔法少女達は、ついに事件の起点である大阪に帰還する。


「ついに戻ってきたね」

「ああ、長かったな……」


 マルルとキリエは、懐かしい地元の景色を眺めながら感慨に耽っていた。目指すは敵である異世界モンスターを排出し続ける特異空間ゲート。その場所は一定時間ごとに移動しており、魔法少女のセンスをフル稼働しても容易には見つけられない。

 ただ、何故か大阪市外に出る事だけはないのは確認済みだ。


 彼女達は大阪のシンボル、大阪城に来ていた。人がいないだけで建物は健在。まるで聖域だと言わんばかりに、この場所には異世界モンスターもいなかった。

 懐かしの景色を前に思い出話に花を咲かせていたところで、誰かが2人に声をかけてくる。彼女達は自身のステッキを握りしめ、速攻で振り返った。


「お2人さん、おめでとうさん。よう大阪に戻って来たわ」


 そこにいたのはタコに似た姿の異世界モンスター。マルルは声をかけられるまで全く気配を感じさせなかった、この幹部モンスターに戦慄を覚えた。


「だ、誰っ?」

「ワテはこの辺の担当をやらせてもらってます。セヤネン言うチンケなモンスターや。よろしゅう頼んまっさ」


 セヤネンはエセ関西弁を流暢に喋って挨拶をする。この手の輩に嫌悪感を抱くキリエの目に殺意の炎が宿った。


「お前、大阪弁を馬鹿にするなッ!」

「おお怖っ!」


 彼女の一撃を紙一重でかわしたタコモンスターは力の差を感じたのか、一目散に逃げ出した。


「こりゃ敵わん。逃げさせて頂きまっさ!」

「あってめ」


 今までの戦闘でここまで分かりやすく逃げたモンスターもいなかったため、意表を突かれたキリエは追撃のタイミングを逃してしまう。

 その隙を突いて、セヤネンはあっと言う間に姿が見えなくなってしまった。


「くそっ、逃げ足の早い……」

「でも考えてみれたらさ、無理に倒す必要もなくない?」


 悔しがる彼女にかけられたマルルの言葉に、キリエはハッとする。確かに目的は飽くまでも特異空間の破壊。襲う意志のないモンスターを倒すのは時間の無駄でもあった。

 こうして、心を落ち着かせた2人は大阪城を後にする。


 モンスターが徘徊するだけの見慣れた街並みを歩きながら、思い出が溢れ出したマルルは、通い慣れたお店を目にしてつい願望を口にする。


「ここに来ると粉もん食べたくなってくるね」

「いやもう誰もお店やってないから」


 キリエが軽くツッコミを入れていると、どこからともかく香ばしい匂いが漂ってきた。人のいなくなった街から漂う懐かしい匂い。その違和感に2人は困惑する。


「あれ? ソースのいい匂いがする……何で?」

「落ち着け、きっとこれは罠だ!」

「取り敢えず、この匂いの正体を探ってみようよ!」


 マルルが先行する形で、2人は匂いの元へと向かう。向かった先にあったのはたこ焼きの屋台。まさか誰かが逃げずにその場所で営業をしているのかと屋台の正面に回ると、そこにいたのはさっき逃げ出したタコモンスターのセヤネンだった。


「おっ、お2人さん! よう来たなぁ」

「お前かーい!」


 キリエは、この意外な展開に思わず芸人ばりのツッコミを入れる。タコモンスターは苦笑いを浮かべながら、2人に出来たてのたこ焼きのパックを差し出した。


「まーそんなにカリカリせんと。これでもどや? ワテの作ったたこ焼き。美味いで」

「嘘? 本当にたこ焼き?」

「マルル、モンスターの作ったたこ焼きだぞ!」

「だってこれ美味しそうだよ?」


 マルルの純粋な瞳の目力に負け、2人はモンスターの作ったたこ焼きをひとつずつ口に入れる。表面がカリッとしていて中はトロットロのそれは、文句を言おうとしたキリエの口を黙らせた。

 当然ながら、マルルは上機嫌でふたつめを頬張っている。


「うんまうんま」


 美味しそうに食べる2人を優しい眼差しで見つめながら、セヤネンは自分の内に秘めた想いを吐露した。


「なぁ、ワテは思うんや。人とモンスターが仲良く出来ひんかなあって」

「いや、無理だろ……。どんなに甘い言葉をかけてこようが、私は騙されない」

本気マジやのに……」


 キリエはこの平和主義者モンスターの言葉をまるっきり信用しなかった。この返事を聞いたタコモンスターは、シュンとなって顔をうつむかせる。

 最初から戦う意志も見せず、2人の笑顔を喜んでいるこのモンスターの事が少し哀れに感じてきた彼女は、ここでひとつ条件を出した。


「じゃあ、味方になったら信用してやる」

「ええよ。何したらいい?」

「本当? キリエ、強力な助っ人ゲットだよっ!」


 即答したセヤネンを見て、マルルが声を弾ませる。慎重派のキリエはすぐに彼女を諌めた。


「どうせ口先だけだ。相手は敵なんだぞ」

「で、でも……」

「なら特異空間ゲートに案内だ。出来るか?」

「分かった。ついてきいや」


 ちょっとカマをかけるつもりで放った一言を、タコモンスターは素直に受け取った。セヤネンも幹部級モンスター。特異空間ゲートの事はしっかり把握しているらしい。

 こうして敵である異世界モンスターの案内で、ついに2人は特異空間ゲートのあるエリアに呆気なく辿り着く。最初は罠を警戒していたキリエだったものの、マジで案内されてしまったため、少し戸惑いを生じさせていた。


「ここやで。今はあの先に特異空間ゲートがあるねん」


 タコモンスターと魔法少女2人の目の前にある特異空間ゲート、それは空中に浮かぶ大きな実態のない鏡のよう。これを破壊すれば全ては終わる。魔法少女の魔法攻撃ならそれが出来る。

 2人がステッキを構えたところで、空間を監視していた一番の大物異世界モンスターが現れた。そいつは全長2メートルほどの球体で、中央に大きな目がひとつ。その目で魔法少女達をじろりと見つめていた。


「よく来たな、魔法少女共よ。我の名はアルス。まずはここまで来たお前達に敬意を評しよう」

「そりゃどうも……」

「そして、死ね」


 お約束のようにアルスの目玉から謎の光線が放たれ、返事を返したキリエに向かって一直線に向かってくる。このパターン自体は予想していたものの、あまりに行動が素早かったために彼女の防御は間に合わなかった。

 謎光線の直撃が避けられない事が決定事項になった時、キリエは一瞬死を覚悟する。


「くううっ!」

「キリエーッ!」


 謎光線を浴びた彼女は一瞬で体を蒸発させ――はしなかった。代わりに体を張ったモンスターがその光を浴びたからだ。

 その事実を知ったキリエは、すぐに声をかける。


「おい、セヤネン! 死ぬな!」

「はは、最後にお役に立てて良かったわ。ワテはここまでやけど、楽しかったで……」

「セヤネーン!」


 セヤネンはキリエの腕の中で息絶えた。タコモンスターは黒焦げになってボロボロと崩れていく。ショックを受けた彼女は動きを止めてしまった。

 事の成り行きを静観していたアルスは、仲間の死を吐き捨てる。


「ふん、裏切り者が。まあいい。次こそ……」

「トリ君、お願い」

「ホー!」


 目玉モンスターがキリエに注目していた隙を突いて、マルルがマスコットフクロウの尻を勢い良く叩く。ここで目を覚ましたトリがアルスに向かって勢い良くビーム的なやつを放出。

 意表をつかれた攻撃に目玉モンスターは反応する事が出来ず、トリのビームをまともに浴びる。


「な、何だとォーッ!」


 こうして特異空間ゲートの管理モンスターを倒し、その空間もまた魔法少女達の魔法によって消滅。これで新規のモンスターの出現は止める事が出来た。

 特異空間ゲートの消滅と共に、空間を取り囲んでいた謎の気配も消えていく。こうして、ついに2人は目的を果たす事が出来たのだった。


「やった……のかな?」

「ああ、私達はついに成し遂げたんだよ」


 晴れ渡った空の下で彼女達が勝利の喜びを実感してると、どこかから不思議な声が聞こえた来た。


「おめでとう、君達の勝利だ。中々楽しませてもらったよ」

「だ、誰ッ?」

「どこだ! どこにいる?」


 2人はその声に不安を覚え、声の主を探そうと辺りをキョロキョロと見回した。

 けれど、当然ながら目に見える範囲に該当する存在は発見出来ず――。


「だがまだ終わりではないぞ? もう少し楽しませてもらわねばな……」


 不思議な声はそう言うと、ぷつんと途絶える。どうやら2人の旅はまだ終わりではないようだ。負けるな! 魔法少女達! 謎を解き明かせ! 魔法少女達!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る