第35話 年末

 聖夜が過ぎると、この国は年末に向けて本格的な準備が始まる。

 聖夜が恋人達の祝祭とするならば、一年最後の日は、家族同士で過ごすと決まっている大切な日だ。王宮の者達は、年末年始の期間が過ぎてから順番に休みを取ることが多いから、王宮では通常通り働いている者も多いが、例年この日は宰相閣下でさえ王宮には顔を出さない。


 まだ夫婦という意味での家族というわけではないが、年の瀬の最後の日まで仕事をしていたマリアローズは、やっとそれが落ち着いた時、そばでこちらも仕事をしていたハロルドを見た。といっても執務室ではなく、今はハロルドの部屋で、持ち帰った書類を片付けていた。それぞれの部屋で行ってもよかったのだが、なんとなく一緒にいたかった。


「少し飲むか?」


 一段落した時、珍しくハロルドがそう声をかけた。マリアローズが視線を向けると、ハロルドが立ち上がり、チェストへと歩みよる。そこにはシャンパンの瓶があった。魔術のかかった氷で、いつも冷やされている品だ。


「そうね」


 一年最後の日に、家族だけで酒やジュースを飲むのが、この国の文化だ。

 微笑してマリアローズは頷く。

 すると頷き返したハロルドが、瓶をテーブルに置いてから、チェストの上に伏せておいてあったグラスを二つ手に、応接席へとついた。長椅子に座っているハロルドの隣に、マリアローズも腰を下ろす。


 ハロルドが瓶を傾けると、炭酸の弾けるような音がした。二つのグラスが白いシャンパンで満たされる。瓶を置いたハロルドが、片方のグラスをマリアローズに差し出した。笑顔でマリアローズはそれを受け取る。


「乾杯」


 ハロルドの声に、頷きマリアローズはグラスを合わせた。

 そしてシャンパンを口に含めば、炭酸の感覚と同時に、柔らかな葡萄の風味が口の中に広がった。


「美味しい」

「そうだな。俺もこの味は嫌いじゃない」


 飲みやすいシャンパンを、マリアローズは堪能した。


「ハロルドは、お酒が好きなの? あまり率先して飲んでいるイメージは無いけれど」

「好きというわけではないが、弱くはないぞ」

「そうなのね」

「マリアローズこそどうなんだ?」

「私も弱くは無いと思うの。ただ、夜会以外では飲む事はほとんど無いかしら」


 マリアローズが答えると、ゆっくりとハロルドが頷いた。


「仕事で飲む酒、付き合いの酒と、個人的に飲む酒は味が違う気がするんだ。だからこうして、マリアローズと一緒に飲むのなら、俺は酒が好きだと言える」

「そういうものなの?」

「ああ。もっとも、マリアローズが隣にいたら、大体なんだって美味に感じるかも知れないが」


 さらりと言われて、マリアローズは照れそうになった。


「……私も」

「ん?」

「ハロルドが隣にいるのなら、なんでも好きだって言えるかもしれないわ」


 気恥ずかしくなりつつマリアローズがそう答えると、目を丸くした後ハロルドが破顔した。





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