第3話 入学試験
ひと月がたち、定期試験の日がやってきた。
「ではこれから学院の入試模試を始めます。時間は六十分で七割正答で合格です。筆記模試終了後に実技も行います」
屋敷の部屋では子爵が手配した学院の模擬試験問題と試験監督の配備まで準備しており、本番さながらの模擬試験が行われた。
「アリオン。ひと月経ったがこれまでフローラの家庭教師をしてみて実際のところ、娘の合格率はどのくらいだと思う?」
「そうですね。今の時点で考えて百パーセントだと思います。初めこそ勉学で少々つまづく事もありましたが直ぐに修正されて問題なく及第点をクリア出来ると考えています」
不安げな子爵の質問に、僕は平然と答える。
「そうか。何処に出しても恥ずかしくない自慢の娘になるようこれからも頼んだぞ」
「分かりました。必ずご期待にそう成果を出してみせます」
模擬試験終了後、執事が採点結果を持って現れた。
「全く問題になりません」
「えっ!?」
「そんなはずは!?」
「あっ、失礼。言い間違いました。全く問題ありません。現時点でも十分な得点を獲得されていますので、これからさらに精進されるならば心配される必要は無いでしょう」
「もう、脅かさないでください。心臓が止まるかと思いましたよ」
その言葉に僕以外の皆が笑っていた。
そして半年がたったある日のこと、僕はフローラとお茶会をしていた。
「とりあえず僕の教えられる範囲は全て終わりました。実際のところこれだけの成績を出せる貴族子女はなかなか居ないと思います。残りの日はどうされたいですか?」
「そうね。もっと色々な魔法を教えて欲しいわ。今までの魔法は光ったりだとか固くしたりだとか地味なものばかりだったから、もっとこう派手なやつを使って見たいわ」
「は、派手なやつですか……。それは子爵様がお許しにならないのでは。それに教えても使う機会も無いと思いますよ」
やんわりとお断りを入れたがフローラはなかなかしつこい。最後の方ではほとんど脅迫になった。
「仕方ありません、では、こんな魔法はどうでしょうか。『ビッグホーン』」
対象の現象が起きた際に音を大きくしてくれる魔法。
「なにこれ? どう使うのかしら?」
「色々使えますよ。例えば何かを皆に伝えたい時に自分の声にかけると声が大きくなって叫ばなくても皆に聞こえるようになるとか。助けを呼ぶ時なんかに最適ですよ」
僕の説明に微妙な顔をするフローラだった。
「他には?」
「ええっ?」
「ほ・か・に・は・な・い・の?」
「そうですね。考えてみますのでお待ちください」
(いくらなんでも殲滅魔法なんて教えたなんてバレたらクビじゃあ済まないよな)
僕は慌てて害のない魔法は他に無いかと頭をフル回転させて考えた。
「ではこんな魔法はどうでしょうか?」
『サウンドボム』
爆発音で驚かせる魔法。多少の衝撃波を発生させるが殺傷能力は皆無。
『イリュージョン』
術者のイメージした物を出現させる魔法。幻影なので物質は存在しないが思い通りに動かせる。術者の視界内でしか発動出来ない。
『ナチュラルヒール』
治癒魔法『ヒール』の下位魔法。魔力が少ない術者でも扱う事が出来るのが利点。
「お嬢様。こんなところで如何でしょうか?」
僕が恐る恐るフローラ嬢を見ると機嫌は治ったようで『早く教えなさいよ』と言わんばかりの圧を放ちながら僕を見ていた。
それからさらに数ヶ月が過ぎた。
「学院の入試もいよいよ来月になりましたわね。もちろん自信はありますけれど少しだけ不安になりますわ」
「今のお嬢様ならば間違っても落ちる事はありませんよ。それは僕が保証します」
「でも結局、攻撃魔法は教えてくれなかったわよね。アリオンは使えるんでしょ? なんで教えてくれないの?」
「攻撃魔法は相手を殺す事も当然ながらありますし、暴走させれば自らが死ぬこともあり得るのです。ですから貴族令嬢のお嬢様が使うべき魔法ではないのです」
「そう、残念ね。まあいいわ、学院に入学したらそこで教えてもらうから」
ぎょっとする僕を見て、フローラがイタズラっぽく笑う。
「ところでお嬢様はどうして学院に入学されようと思ったのですか?」
僕は前から疑問に思っていた事を聞いてみた。
「今頃そんなこと聞かれるとは思わなかったわ」
フローラはため息をつきながらその理由を教えてくれた。
「政略結婚のためよ」
「え?」
確かに貴族社会ではよくある話だが、僕より幼い彼女が受け入れている事に驚いた。
「お父さまは私を上級貴族の嫁にしてこの家の地位を向上させたいと願ってるわ。そのために学院で上級貴族の子息を捕まえてくる事を望んでるの」
政略結婚が必ず不幸というわけではないだろうけど、娘を目に入れても痛くないと言いそうな子爵様が政治に利用しようとしていることがショックだった。
「私も貴族の娘に産まれたからにはいつかはそうなると分かってましたの」
そう言いながらもフローラは少しだけ寂しそうな顔をみせた。
(なんとかしてあげたい気持ちはあるけど貴族家の婚姻に首を突っ込んだら、そのまんま物理的に飛んでいくからな)
「では、せめてお嬢様に殿方の選択権をもてるよう、もう少しレベルアップをしましょう」
僕はフローラに最後の特訓を施していった。
そしてフローラの学院入学試験当日。僕は学院長室で試験の結果を待っていた。
彼女が合格すれば進級して学院長から新たな依頼を受け、落ちればその時点で学院からの退学となる。理不尽だがそれを承知で特待生になっているので受け入れるしかない。
「どうだ、自信は?」
学院長が僕に聞いてくる。
「もちろんあります。彼女が試験に落ちる要素は皆無だと考えています」
「よろしい。そうでなくては我が学院の特待生は務まらんからな」
学院長は満足そうに笑い、僕に紅茶をすすめてゆっくりと試験の行く末を見守った。
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