第17話 家族の朝食

「おはよう、キャロル。ブランドンさんも、おはようございます」


 目を覚まして着替え、階段を下りてキッチンに向かう。

 ちょっぴり眠気の残る挨拶に、ブランドンさんとキャロルの声が返ってくる。


「おはようございます、お兄さん」

「おう、起きたか、イオリ!」


 俺――天羽イオリがグラント家の一員になってから、あっという間に半月が過ぎた。

 ブリーウッズの森での一件を経て、俺達の間にあった「言葉で言い表せないしこり」みたいなのはすっかり消えて、普通の家族になれた。

 こうしてキッチンでテーブルを囲み、朝食を食べるのもありふれた風景だ。

 料理担当のブランドンさんが作ってくれる食事は、いつもワイルドで美味しい。


「今日の朝飯は~……じゃんっ! 超特大トースト&ハムエッグだ!」


 そう、皿からはみ出すくらい、どれもこれもデカくてワイルドなんだよ。


「でっか! これ、何の卵ですか!?」

「ドードー鳥の卵だ! 昨日、町に寄った行商人が売ってたからよ、安かったしまとめ買いしちまったぜ!」


 フライパンからハムエッグを皿に滑らせながら、ブランドンさんが言った。


「まとめ買いって、食べきれずに腐らせたらもったいないですよ」

「そりゃ心配ねえぜ! 俺っちとキャロルは、これだけ食べるからな!」


 次いでグラント親子の皿に乗っかったのは、俺のと比べてふた回り以上大きな料理だ。


「でっっか!」


 思わず声を漏らした俺を見て、ブランドンさんが大笑いした。


「がっはっは! いまさら何言ってんだ、いつもこれくらい食ってたろ!」

「そ、そうですけど……卵を4つも使ってるのは、流石に驚きますよ」


 俺は呆れながらトーストをかじり、ハムエッグをナイフで切って口に運ぶ。

 たわいもない話をしながら3人で朝食をとるのは、もはやこの家のルールにして常識だ。

 普段の倍近く食べる、グラント親子に驚いてしまったってだけで。


「お兄さんは、いっぱい食べる子は嫌いですか?」

「いや、嫌いってわけじゃないぞ。むしろ大食いの方が元気があって、俺は好きだな」


 フォークを置きそうになったキャロルを見て、慌てて俺はフォローする。

 俺は寿司のシャリを捨てる子よりも、100皿食べる子の方が好きだ。


「……ふふっ、良かったです。お兄さんは、いっぱい食べる子が好きなんですね」


 フォローになっているかは怪しいけど、キャロルは少し笑って、ハムエッグをひと口で半分ほど食べてしまった。

 物凄い食べ方だ、とびっくりしていると、ブランドンさんが言った。


「俺っちからすりゃあ、イオリは食べなさすぎるぜ! もっと食べねえと、今日のトレーニングも途中でバテちまうぞ!」


 そうそう、ブランドンさんとのトレーニングのおかげで、俺も異世界でやっていけるほどの体力はついてきた。

 彼との訓練はかなりハードだけど、続けるのはちっともきつくない。

 だってこっちは、1千年もスキルを強くする努力を続けたんだからな。


「でも、最近はちょっとだけマシになったでしょ? ブランドンさんとの腕相撲だって、10秒くらいは持ちこたえられるようになりましたし!」

「バーカ、キャロルを守るなら、俺っちを負かすくらい強くならねえといけねえぞ!」


 ムキっと力こぶを作りながらブランドンさんが笑う。

 天地がひっくり返っても、ブランドンさんに勝てる気はしないよなあ。


「そういえばお兄さん、農具小屋を造るお手伝いはもう終わったんですか?」


 今度はキャロルが、トーストをかじりながら俺に話しかけた。


「昨日のうちに終わらせたよ。正確に言うと、カブトムシが手伝ってくれたんだ」


 彼女が言っているのは、俺が昨日とある農家夫婦から相談された、ボロボロの小屋を修復してほしいって頼み事だ。

 人手が足りない分、俺はその辺りにあった工具をカブトムシに変えて手伝わせた。


『このカブトムシ、とんでもないパワーね!』

『角が金槌になってるわ、おもしろーい!』


 重い木材と鉄材を担いで働き、角でコンコンとくぎを打つ姿は、夫婦とそのひとり娘からもかなり好評だった。

 昆虫のパワーは、人間と同じサイズになった時、俺達なんて比べ物にならない。

 だからカブトムシをチョイスしたのは正解だったんだけど、まだまだポカもある。


「素材は全部、【生命付与】でアルマジロに変身させて運んだんだけど、あれだけは反省かな。道を転がりすぎて、町の外に出ていきそうになったよ」


 俺の失敗談を聞いて、ブランドンさんとキャロルが笑う。

 そうして3人の皿が空になれば、異世界での1日の始まりだ。


「うし、エネルギー補給完了だ! イオリ、今日は朝からランニングだぜ!」

「それじゃあお父さん、私は昨日買った素材を整理して――」


 ところが、今日はいつもと少し違う始まり方をした。




「――イオリちゃん、いるかね?」


 店のドアをノックして、お客さんが入ってきたんだ。

 腰の曲がったこの女性なら知ってる。

『双角屋』から少し離れたところにある喫茶店、『猫のしっぽ』のおばあちゃんだ。


「喫茶のばあさん、どうしたんだ?」

「実はねえ、まぁた魔物が出たらしいのよぉ」


 キッチンから出てきた俺達は、おばあちゃんの深刻そうな表情を見た。

 俺やキャロル、ブランドンさんの間にも、ぴりりとした空気がはしる。


「またか……今週に入って、もう4匹目だな」

「それも今度は、おっきくて真っ黒なライオンが、バイコーンをむしゃむしゃ食べてたんだと。わしらも皆も、もう恐ろしくて、町の外にも出れないのよぉ」


 実を言うと、オークの1件で魔物のトラブルは終わっていなくて、不定期的に何度か人に害を及ぼす魔物が現れるようになってた。

 そんなバケモノを放っておくわけがない。


「……ブランドンさん。トレーニングは、昼からでもいいですか」

「もちろんだ! キャロルと一緒に、魔物に一発、ぶちかましてこいっ!」

「分かりました、ありが……え、キャロルと?」


 魔物を倒しに行くとブランドンさんに告げると、いつもと違う返事が返ってきた。

 彼の隣から、キャロルがおずおずと前に出てくる。


「イオリの役に立ちたいって、前からキャロルに相談されててな! 安心しな、ブリーウッズの森の時よりずっと強いぜ、この子はなっ!」

「よ、よろしくお願いします、お兄さん」


 ぎゅっと胸の前で拳を握るキャロルに、俺は親指を立てて返した。


「……分かった。準備をして、すぐに出発だ!」


 俺が町の外に出て魔物を退治するのも、もうすっかり慣れたもんだ。

 ただし今回は――キャロルという頼もしい家族を連れて、だけどな。

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