第4話 露店


 こうして第二試験当日が訪れた。今回の課題は、『一気飲み』だった。私はすぐに、魔法空間に、浮遊魔術を駆使し、具現化魔法で出現させたコップで、目の前の水槽の水を掬って放り込むのだと気がついた。私より先に、やはり巨大な魔法空間に吸い込ませている受験者がいたけれど、私はぶっちぎりの二位で合格した。


「やったわ!! ありがとう! ロイドのおかげ!!」


 そして公園へと行き、立ち上がってこちらへやってきたロイドに、思わず抱きついた。

 慌てたように、飛びついた私を両腕で抱き留めたロイドは、顔を背けてぼそりと言った。


「あのな……愛する相手がいるのだろう? たとえ意味が無いとしても、異性に抱きつくのはどうかと思うぞ」

「え? どうして?」

「どうしてって……」

「あの人は怒ったりしないわ! それに私が好きな人に抱きついても、何も悪くないわ!」

「好き、か。メリッサ、そういう事をいうと、勘違いする者が出てくるから、慎め」


 そう言って私を離すと、ロイドは気を取り直したように微笑してから、私の頭を撫でた。


「よくやったな」

「ええ」


 誇らしくなって、私は笑顔で頷いた。



 ――最後の試験内容は、全くの不明である。

だから対策のしようがないのだが、私はふとした時にロイドの事を思い出してしまい、結局毎日公園へと出向いた。既に季節は冬にさしかかりつつある。


 ロイドもまた、ほぼ毎日顔を出してくれた。

 逆にたまに来ない日は、何かあったのかなと心配になってしまうほどだ。


「今日は来るかしら?」


 昨日は来なかったので、私はベンチに座り、ずっと入り口の方を見ていた。すると、いつも来る夕方の時間帯に、ロイドが姿を現した。


「ロイド!」

「今日も来ていたのか」


 ゆっくりと歩みよってきたロイドは、長いブーツを履いている。

 私も立ち上がって、ロイドへと駆け寄った。


「ねぇ? 今度、一緒に食事に行かない?」

「食事?」

「ええ。そ、その……もしかしたら、食事に関する試験問題が出るかもしれないし!」

「まぁ可能性は何事もあるがな……うーん。場所によるな」

「場所?」

「率直に言って用意が無い。お前、その身なりからして、貴族の令嬢だろう? 平民の服を着て誤魔化しているが」

「っく」


 非常に鋭い指摘に、私は呻いた。


「貴族のご令嬢をエスコートするような、そういった用意は俺には無い」

「別に、そんなのは、いいのよ! 私は街の露店で串焼きを食べるのも大好きなのよ!」

「本音か? そういう事なら連れて行ってもいいが」

「本音よ!」

「じゃあ、今から行くか?」

「えっ!? いいの!? 行きたい!」


 私は笑顔になり、目を輝かせた。すると微苦笑してから、不意にロイドが私の左手を取った。そして優しく握る。思わずドキリとした。


「行くぞ」


 こうして私達は、手を繋いで王都の街中へと向かった。寒いはずなのに、ロイドの手が温かいから、私は終始ポカポカした気分を味わっていた。


 ロイドが連れて行ってくれたのは、クリームスープの露店だった。

 カップを二つ受け取ったロイドは、一つを私に渡すと、初めて見る柔和な笑顔を浮かべた。いつもキリッとしていて、凛とした印象だから、私の胸がドクンドクンと煩くなる。


「口に合うといいんだが。俺はお気に入りなんだ」

「んっ……あ。すごく美味しいわ!」

「それは良かった」


 その場で少し飲んでから、私達は近くのベンチまで移動した。

 ホッとする味だなと考えていた時、私はコートの下の、ロイドのシャツがなにか汚れている事に気がついた。それからまじまじと見て、思わず息を呑んだ。


「ロイド!? そ、それ、血じゃ……? 怪我をしているの!?」


 思わず早口で尋ねると、ロイドが息を詰めてから、思いっきり顔を背けた。


「ちょっとな。でも、大した傷じゃない」

「シャツに滲んでるなんて、手当てをしていないの?」

「包帯を巻いている」

「それだけ!?」

「いや……縫合したし、魔法薬も塗ってある。ただ、少し開いたんだな。悪いな、嫌なものを見せてしまって」

「どうして謝るの!? それより、はやく治療をするべきよ!」

「メリッサは、優しいんだな」

「当然のことでしょう!?」


 焦りながら私は喋っているのに、苦笑するばかりで、ロイドは酷く悠長に思えた。

 その時ロイドが、スープを飲み干した。私はとっくに飲み干していた。


「じゃあ、そろそろ帰るか」

「ええ! すぐに治療をしてね!? 教会の医療院に行くのよ!?」

「学院には、治療術師が腐るほどいる。寮に戻る」

「そう……」

「送っていけなくて悪いな」

「いいの」

「――今日は、楽しかった。ではな」


 そう言うと、ロイドは帰って行った。ゆっくりと歩いて行く彼の背中を見ていたら、私の胸が切なくなった。



 ……その日から、数日ロイドは現れなかった。

 そして、最後の試験の日が来た。私は、試験会場の校庭で、たまに通る学生を見て、その中にロイドはいないだろうかとつい探してしまったが、いなかった。


 最後の試験内容は、走り幅跳びだった。

 何が選考基準だったのかはさっぱり不明だが、私は合格した。

 今回の合格者は、私を含めて十一名である。


 入学案内と入学式のお知らせを手に、私はまず公園へと向かった。すると。


「ロイド!!」


 そこにはロイドの姿があった。ハッとしたように立ち上がったロイドが、こちらへ早足でやってくる。


「怪我はもういいの!?」

「ああ、平気だ。それより、結果は!?」

「聞いて!! 受かったの!! 合格したわ! 合格したのよ!!」

「そうか!! 本当によかったな!!」


 ロイドがそう言って、私の両肩を叩いた。私はまた嬉しさが極まって、ロイドに抱きついた。すると、ロイドは今回は、おずおずと私の背中に腕を回した。その腕の中で、私はロイドを見上げる。そこには、とても優しい笑顔があった。


「おめでとう、メリッサ」


 その表情に、私の胸が、トクンと疼いた。一体私はどうしてしまったのだろうか。ロイドの顔に惹き付けられて、目が離せない。心臓が、どんどん煩くなっていく。ゆっくりと瞬きをしてみたが、ロイドの顔がさらに魅力的に見える結果となった。


「え、ええ。これであの人にも会えるわ」

「……そうか。そうだな」


 ロイドはそう言うと、今度はどこか苦しそうな顔をした。その切ない目をしているのに、口元だけは笑っている表情に、私の胸がわしづかみにされた。


「愛しているのだったな」

「ええ。最高に愛しているわ……ロイド? どうかしたの?」

「いいや」


 そう言ってロイドは私から腕を放すと、瞬きをしながら小さく笑った。


「俺はそろそろ行く」

「次は学院で会いましょう!」

「ああ……またな」


 こうして私は、ロイドと別れた。そして帰宅し、両親に入学許可証を見せた結果、呆然とした顔をされた。その後怒声が降ってきたが、私は知らんぷりをして入寮に備えて準備をしたのだった。




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