終章 女神の奸計(3)
敵前逃亡した徴兵をはじめヴォスキエロ軍の残党兵、彼らの家族や恋人、友人たちを密かに集め、レヴァロスの陣営に加われ、という条件を提示すると、怪訝そうにしていた女魔族はさらに厳しく眉を寄せた。
「目的はなんだ?」
「単なる嫌がらせだ」
と、ディノンは笑みを深くする。
「俺たちに負けたレヴァロスは、まずなによりも身を隠したいと考える。そんな中、数千、いや数万もの人員が増えれば身動きがしにくくなる」
意図を察した女魔族は呆れた顔で頷いた。
「連中が受けいれなかったら? 我々は一度彼女らの誘いを拒んだうえ、つい先日まで敵同士だった」
「それは無い、と思う。聞いた話だと、ゼルディアは生意気そうに見えて情に厚いらしいからな。もし受けいれられなかったら、許しをこうなり、泣き脅しなりするんだな。これ以外で、お前らが救われる方法はねぇ。特に徴用した民を救いたいと思うなら、それくらいのことはしてみろ」
女魔族は、ちらりとディノンを睨んでから、不快そうにため息をついた。
「分かった。やってみよう」
そうして解放された女魔族と捕虜たちは、森に駐屯していた残党とともに撤退した。その最中、女魔族をはじめとする多くの兵士は姿を消し、密かに徴兵と彼らの家族や恋人、友人たちを集めながらレヴァロスを探した。仲間に加わりたいという報を流すと、あっさりと連絡を取ってきた。
そうして兵士を含め、総勢十万近い魔族がレヴァロスに加わり、彼女らの陣営は瞬く間に大所帯になったという。
それを聞いたディノンは声を立てて笑い、レミルはそんな彼を睨みつけた。
「あの女、やったな。さすがは獣魔将の腹心だ。あっぱれ、あっぱれ」
「あっぱれ、じゃなよ。こっちは、ほんといい迷惑。仲間が増えるのは嬉しいけど、あんな数が急激に増えたから物資は不足気味だし、まとめるのは大変だし、なによりねぐらに収まりきらないから別でねぐらを用意することになったんだから。目立つから行動も制限されるようになったし」
「そんな中、苦情を言いに、わざわざこんな真夜中に来てくれたのか? ご苦労なこった」
むっと頬を膨らませて、レミルはため息をついた。
「それとは別に用事があって来たの。――あ、でも、その前に……」
言いながら、レミルは肩からさげていた荷物から、一冊の古い本を取り出し、リーヌに差し出した。それを見たリーヌは、大きく目を見開いた。本には著者の明記がなく、分厚い表紙に『エルフ記』と題が彫り込まれていた。
「お前、それ、もしかしてディルメナ神殿から盗んだ本か?」
「うん。いまさらだけど返すね」
本を受け取ったリーヌは、しっかりと抱きしめ、頬を膨らませながらレミルを上目遣いに睨んだ。レミルは苦笑いを浮かべ、頭を下げた。
「本当に、ごめんなさい」
リーヌはしばらく睨んだあと、深くため息をついた。
「次は許しませんよ」
「はい」
それで、とディノンはレミルにたずねた。
「用事ってなんだ?」
「ついてきてほしいところがあるの。ディノン君とメイアさんに……。あれ? メイアさんは?」
「――ここだ……」
と、シャツ一枚だけを着て現れたメイアは、十三、四歳ほどの少女の姿。眠っていたのか目をこすりながらあくびをした。その肩にタルラが上着を羽織らせる。
「いま起きたの?」
「少し仮眠を取っていただけだ。最近、徹夜続きだったんでね。そこのおじいさんの笑い声で起きた」
それで、とメイアは上着の袖に手を通した。
「ついてきてほしいところとは?」
「街」
「いまからか?」
「うん」
メイアはディノンに視線を向けた。頷いた彼は椅子に立てかけていた太刀を剣帯に吊るし、上着を羽織った。
「今更、罠を警戒する必要もねぇだろう」
「そうだな。タルラ、支度を頼む」
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