七章 吸血鬼の城(3)
報告があるまで待機。そう命じられて冒険者たちはソルリアム軍が用意してくれた休息所に集まった。休息所は城の東側に建てられた三つの大きな御殿が使われ、さらにその正面の広場にも天幕が張られた。
ディノンたちには御殿の一室をあてがわれた。広い部屋に暖炉が一つ、毛皮の寝袋が六つ用意されていた。
「こんばんは」
荷物を置いて寝床を整えていると、レミルがひょっこり現れた。
「あっちにいなくていいのか?」
「うん。軍団長がちょっとの間だけなら、自由にしてもいいって」
そう言ったレミルは、先ほどまでの凛々しい雰囲気から一変して、気安い調子だった。
「ディノン君の新しい仲間も紹介してほしかったし」
レミルは顔を傾け、ディノンの背後で荷物の整理をしていたメイアたちを見た。
「あと、それについて説明してもらえるかな」
と、ディノンを見上げて指差した。
「最後にソルリアムで会ったときより若返ってる。でも、軍議がはじまる前よりちょっと老いてるよね? どういうこと?」
ディノンは複雑な表情で笑った。
「話せば長くなるが……」
「――おーい、ディノン組……」
ディノンが答えるのと同時に、扉のほうから声がした。見知った冒険者が開いていた扉をわざわざノックして顔を出した。彼は部屋の中にレミルがいるのに気づいて、さっと姿勢を正した。
「レ、レミル様。いらっしゃるとは、存知上げませんでした」
「お邪魔しております」
と、応えたレミルは先ほどの軍議のときと同じ凛とした調子。それに苦笑して、ディノンは彼にたずねた。
「なんだ?」
「あ、ああ。表で夕食が用意されてるから交代で食べろって。俺たちは先に食ってきたから、お前らも行ってこい」
「分かった」
手を振って応えると、冒険者はレミルに「失礼しました」と仰々しく頭を下げて立ち去った。それを見てメイアは苦笑した。
「ずいぶん慕われているな」
「見た目がこんなだから軍学校にいたときから聖女扱いされてるんだ」
光を放っているような白銀の髪、澄んだ青い瞳、珠のように白く透き通った肌、同じ女性から見ても見惚れてしまうほどの美貌、レミル自身の剣の腕前も合わさって彼女を聖女と呼ぶ者は多い。実際、国から聖騎士の称号を与えられているから、彼女の名声は軍の中だけにとどまらず、冒険者の間でも人気が高かった。
「見た目って、中身も聖女っぽいでしょ? そう見えるように振舞ってるし」
「疲れないか?」
「役者になった気分で意外と楽しいよ」
「さよか」
気安い調子に戻ったレミルを見て、メイアたちは軽く驚く。
「こいつは昔から猫を被るのが上手かったんだ。大人は簡単に騙されて、一緒にいたずらしても怒られるのはいつも俺だけだった」
「そうだったっけ?」
そうだよ、とディノンは顔をしかめた。
「そんじゃ、飯でも食いながら話でもするか。飯一緒するくらいの時間はあんだろ?」
「お邪魔じゃない?」
メイアたちは首を振った。
「是非、ご一緒してくれ。私からも君に話さなければならないことがある。ディノンのこの症状は、私が原因でもあるんだ……」
メイアの言葉にレミルは不思議そうにディノンを見た。ディノンは、とりあえず行こう、と言って外に出た。
外ではあちこちに火が焚かれ、それぞれに鍋がかけられていた。ちょうど食事をするところだったカシオたちを発見し、彼らが陣取っていた焚き火にお邪魔することにした。鍋の中ではブツ切りにした肉と野菜の煮込みが湯気をたて、器によそってパンを浸して食べた。食事をしながら、ディノンはここ最近の出来事をレミルに語った。
「〈若返りの薬〉か。そんなのがあるんだね。それと〈終生回帰症〉。はじめて聞く病気だ」
レミルは器を膝の上に乗せて、ぼそりと呟いた。
「治す方法はあるんでしょ?」
「かなり厳しいがな」
と、ディノンは苦笑し、最後のひと切れのパンで器に残った汁を拭うようにして、それを頬張った。
「呪いをかけるのに力を貸したっていう奴の正体も、とんでもなかったしな」
「バラバラにされた女神エリュヒから生まれた、七姉妹の末っ子だっけ?」
ああ、とディノンは渋い顔で頷いた。
「戦いになったら、まず勝ち目はねぇな」
「でも、神々は巨人族との戦いのあとに定めたルールで、地上の諸事に直接干渉しちゃいけないんでしょ? 七姉妹も、そのルールに縛られてる」
「そこだな。ゆいいつ、その末の妹に対抗できるのは。そいつから呪いを解いてもらうんなら、そのルールをうまく利用して交渉するしかない。――まぁ、そっちはかなり難しそうだから、別の方法を追ってるんだが」
「〈万有の水銀〉だっけ? そっちのほうがただの伝説だと思ってた」
しかし、メイアから錬金術の祖テフィアボ・フォンエイムが残した資料の話を聞いて、それが実在する物質であることにレミルは驚いた。
レミルは少し考え込んで、やがて言った。
「症状が現れたのって、今年に入ってからだっけ?」
「たしか、今年に入って、ひと月ぐらい経ってからだ」
「じゃあ、呪いをかけられたのはその少し前ってことだ。そのころ、なにか変わったことはなかったの?」
ディノンはスプーンを口に咥えながら唸った。ない、と言いかけたとき、ルーシラが声を上げた。
「今年は、じゃなくて去年か、年末、大宴会に参加しなかったかしら?」
彼女の言葉に、ディノンたちは、ああ、と声を上げた。
「なんだい、その大宴会というのは?」
たずねたメイアにディノンは答えた。
「ソルリアムで毎年やってる祭だ。忘年会と新年会を兼ねてて、年末の昼から年始の昼までやってる。毎年、忙しくて参加できなかったんだが、去年は珍しく依頼が早く終わって、レミルに誘われて参加したんだよな」
「私も毎年仕事で忙しいんだけど、去年はたまたまソルリアムに戻ってて、せっかくだからディノン君たちを誘って参加したんだ。――そうか、そのとき……」
ルーシラは頷いた。
「祭りのどさくさに紛れて、ディノンに呪いをかけた者がいたのかもしれないわ。可能性が高いのは、ディノンに接触した人物だけど……」
「かなりの奴と酒を飲んでたしな。冒険者仲間とか、行きつけの酒場の連中とか……」
みなが考え込む中、ジュリが思い出したように瞬き、薄笑いを浮かべた。
「そういえばあのとき、ディノンさん大変でしたよね?」
「なんか、あったか?」
「ほら、いつもディノンさんが通ってる酒場のお姉さん――サラさんでしたっけ。その人とレミルさんに……」
ディノンたちはいっせいに思い出し、それぞれ複雑な表情をした。カシオとダインは苦笑し、ルーシラは呆れたように目を細め、レミルはばつが悪そうに笑い、ディノンは顔をしかめた。そんな彼らを見て、メイアたちは首をかしげた。
「なにかあったのか?」
「酔っぱらったこいつらに悪がらみされただけだ。レミルもサラも酒癖めちゃくちゃ悪いから」
ディノンに続いて、ジュリが面白そうに語った。
「ディノンさん、酔っぱらった二人にももみくちゃされたんです。レミルさんに押さえつけられて、サラさんが服を脱がせて……」
「おい、止めろ!」
と、ディノンがジュリを抑えてその先を遮った。ディノンの隣では、恥ずかしそうに顔を覆ったレミルがいた。
「私……その記憶、ないの……」
「気の毒に……」
と、メイアはディノンとレミルに言った。
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