恩師

葉月 陸公

処刑まで、あと7日

 「気分はいかがですか、先生」


檻の中にいる人物に、レオは問う。『先生』と呼ばれた男は、壁に背を預けながら


「最高の気分だね。死ぬ前に、弟子の元気な姿を見ることができたんだ。十分さ」


レオの目を見ることなく、静かに答えた。


「……処刑の日が決まりました。七日後の二十三時です」


簡潔に伝えるレオに「そうか」とだけ返すと、彼は左手で手を振って、レオを追い払う仕草を見せる。


「オスカー先生」


それでもレオは彼から離れない。オスカーに、どうしても聞かなければならないことがあったからだ。


「どうして、魔王になったのですか」


自分が斬り落とした師匠の右手を見つめながらレオは問う。勇者と呼ばれていながらも、魔王を前に悲壮感を漂わせる彼に、オスカーは失笑した。そして、失った右手を付け根を、反対の手で愛おしそうに撫でながら、静かに話した。


「目的は、昔から変わらないさ。ただ、平和な世界を夢見ていた。一つ、何かを間違えていたとするのなら、手段だったのだろうな」


平然とした様子のオスカーに、レオは拳を強く握り締める。ギリッと奥歯を噛み、終いには声を荒げた。


「魔族と共に人を滅ぼすことが、世界の平和に繋がると、本気で思っていたのですか!!」


オスカーは答えない。ただ、ヘラヘラと笑っていた。レオは、それが『肯定』ではないことを長年の付き合いで理解した。それだけわかれば話は早かった。


「……時間がありません。ただ一言、『魔族に操られていた』と言うだけで良いのです。僕は、貴方を失いたくない。全てが嘘だったと、証言してくださいよ」


懇願するようにして、レオは檻を掴み、師匠に言う。自分と師匠との距離は数メートル程しかないのに、やけに遠く感じる。この鉄でできた檻が、二人の心を隔てるようだ。その証拠に、オスカーはしばらくの沈黙の後


「断る」


決して弟子の願いを断ることのなかった彼が、初めて断った。しっかりと、弟子の目を見て。弟子になる前のまだ他人だった頃を思い出し、レオはぐっと息を呑む。鉄格子を握る拳に力が込められる。


「先生!!」


レオの想いは虚しく、彼に届くことなく、牢に反響する。最悪の未来を想像したのか、青い顔で必死に訴える。愛弟子の青い瞳に、じわりと涙が溜まる。それでも、オスカーは黙って他所を向き、今度はレオを背にして寝転がった。


「過去に囚われるな。お前は、お前の為すべきことを為せ」


最後に言い残すと、それ以上、オスカーが口を開くことはなかった。何度も何度も呼びかけてみたが、レオの方を向くことすらなかった。

 レオの顔が、徐々に歪んでいく。完全に歪み切った時、レオはついに師匠を諦めた。一粒の涙を残し、足早に、その場を去っていく。

 音が消え、弟子の気配がなくなった時、ようやくオスカーはレオのいた場所に目を向けた。表情から読み取れるものはない。ただ、地に落ちた悲しみの跡に、ため息を添えるだけ。

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