第7話 古代魔法の使い手
アイリスは今日も、俺を叩き起こしにくる。
そして『ダンジョン日和』などという謎の言葉をハイテンションで連呼していた。
さて、『ダンジョン日和』という言葉を聞いて、どのような天気を思い浮かべるだろうか。
……ちなみに俺は晴天を想定していた。
ピクニックに行く時の、そういう朗らかな天気を。
ザァァァァァッ!
ピカッ! …………ドンガラガッシャーン!
「……ダンジョン、今日は辞めにしません?」
ギルドの酒場の席に座り、俺は意を決して提案してみた。
もしも、これが『ダンジョン日和』という天気であろうとも、常識的に考えて家にいた方が安全だ。
「ダメ、こんな日にはダンジョンよ」
「えぇ?」
ピシャリと、アイリスによって速攻で却下される俺の提案。
助けを求めてヤミィに視線を送るが、「諦めろ」という視線を返された。
あぁ、ヤミィだけは味方だと思ってたのに。
その間、アイリスは何やらゴソゴソと懐を漁り、やがて1枚の紙を机に広げた。
「──じゃん! これが今日のダンジョンですっ!」
「これ? なんか星多くない?」
「モルトがいるから大丈夫!」
他人任せすぎませんかね……と言っても無駄なのは知っている。
なのでとりあえず俺は、紙面の情報に目を通すことにした。
──財宝ダンジョンの攻略
財宝ダンジョン。
その名の通り財宝が多く取れるダンジョン。
しかしながら難易度は高く、最低レベルのダンジョンですら、ランク6冒険者からようやく受注可能となる。
とまぁ、こんなことがツラツラと書かれていたんだが……。
「……あれ? 俺入れなくね?」
「それなら大丈夫」
「なにが?」
財宝ダンジョンに入るには、最低でもランク6冒険者である必要がある。
でも俺は最近ようやく、災害を起こしてようやく、ランク3冒険者になったばかり。
受注条件は満たしていない。
いやぁ、残念だなぁ……。だったら今日は俺、ギルドで留守番を──
「モルトをダンジョンに密輸するわ」
「……は?」
──アイリスの作戦
ダンジョンに入るパーティには、アイテムボックスという鞄が与えられるらしい。
んでもってこれがチョー便利品で、中に色々と収納できるし、何を入れても質量の変化がないという優れもの。
アイリスはこの中に俺を入れて、ダンジョン前の検査を潜り抜けようという算段らしい。
しかしダンジョンの手前、攻防が繰り広げられる。
やっぱりアイテムボックスに入りたくない俺と、なんとしてでも俺をアイテムボックスにぶち込みたいアイリス。
土砂降りという最悪な天気だし、びしゃびしゃの最悪な争いだった。
ザァァァァァ……
「──ほら、早く入って! 見つかっちゃうでしょ!?」
「出られるよな!? これ、めっちゃ深いけど出られるよな!? 頼むアイリスっ! それだけ教え──」
「うるさいっ! あとで取り出すからっ! 静かにしてなさいっ!」
「……モルト」
「ヤミィ! このバカ女を止めてくれっ!」
「……それはごめん。私にはできない」
「──おらぁ!」
アイリスを怒らせてしまったからか、ギリギリでアイテムボックスに入らなかった俺であったが陥落した。
ぎゅむっと強引に押し込まれて中に入ると、やはり薄暗い空間が広がっていた。
中は暖かくもなく、寒くもない。呼吸だって普通にできる。
あと、さっきの攻防で雨水が入ったらしく、地面が湿っていた。
ザァァァァ……
『これでダンジョンに入れるわっ! ヤミィ! 早くいきましょ!』
『……モルト、大丈夫かな?』
上から聞こえてくる、2人の会話と雨音。
ここまで鮮明に聞こえるとなると、スパイ活動とかに利用されそうである。
『……ギルドカードをご提示下さい』
俺がスパイの事を考えているとついに、アイリスとヤミィがダンジョン前にやってきたらしい。
ハキハキと喋る女性の声。真面目そうな人だった。
『これでいいかしら?』
『……はい、アイリス様ですね。確認が取れました。では次の方──』
『これ、どうぞ』
『はい、ヤミィさんですね。……今日はお二人ですか?』
『えぇもちろん。モルトはこのダンジョンに入れないから、ギルドで待っててもらってるの』
『そうですか、承知いたしました。……では最後に、アイテムボックスが空である事だけ確認させてください。最近、冒険者の密輸が横行しておりますので』
……終わった。
でもたしかに、そうしないわけないよな。
冒険者の密輸とか、1番最初に思いつく悪事だもん。
さて、どうするか。
『えっと……ごめんなさい。それはできないわ』
『なぜですか?』
『中にはその……下着とか入ってるから』
『女同士です。問題ありません』
『いやぁ……』
あっ、確かにあった。
……下着の話、アイリスが咄嗟についた嘘だとは思っていたが、本当らしい。
白色のパンティと、白色のブラが雑に置かれていた。
ついでに着替えも。雨の中歩くから、入れてきたのだろう。
俺はひとまず、身を隠すために仕方なく、下心など一切なく、この下着と着替えの山に身を隠すことにした。
ジィィィッと、鞄が開けられる音。
上空から一筋の光が溢れて、そこから強い視線を感じる。
『……たしかに、下着だけですね』
『えぇ。これで確認は終わったわよね。じゃあ私たちは──』
『すみません、最後に取り出して枚数の確認だけ行います。なんか、下着と着替えの山にしては、もっこりしている気がするので』
……なんて用心深い人なんだ。
これはもしかして、詰みというやつなのでは?
一枚、俺の上にある下着が取り払われた。
もう少しだけ猶予はあるが、時間の問題だろう。
……あっ、待てよ。
そういえば、こういう時に使える魔法があったじゃないか。
師匠に教えてもらった『古代魔法』が。
この魔法はたしか、使われたのが昔のことすぎて、誰も覚えていないって師匠が言ってたな。
一枚、さらに下着が上空に消えていく。
あれ、結構苦手だけどやってみる価値はある。
心配だし、アイリスとヤミィだけでダンジョンに行かせるわけにはいかない。
ここまできたからには絶対に侵入しよう。
『──やはり、何かいますね』
『そんなの知らないわ? 何かの間違いじゃないかしら?』
『いえ、ここに……。ほら──』
そしてゆっくりと、俺は鞄から取り出された。
アイリスとヤミィは、驚愕している。顎が外れそうだ。
「にゃーん……」
俺は猫である。名前はまだない。
これこそが古代魔法。名前はなんだったか、忘れたけど。
「きゃわっ! ……んんっ、ごほん。あら、野良猫が紛れ込んだのね」
「では、こちらだけ回収いたします」
と、事務的に処理をしようとする検査官に対して、アイリスが待ったをかける。
「待ってちょうだい! その子、きゃわ……じゃなくて可愛いから、私たちに預けさせて!」
「……私からも、お願いします」
ヤミィも追撃。
これに対して検査官的は、『別に断る理由もないし……』みたいな表情。
これはいける。
「──わかりました。でもダンジョン内では出さないで下さいよ? そして、飼うなら責任を持って、ちゃんと面倒を見てあげてください」
「ふっ、造作もないわ。あなたこそ大丈夫? 私に可愛い動物を世話させたら、右に出るものはいないわよ?」
「……? よくわかりませんが、大丈夫です」
「じゃあこれでいいわね? 私たち、急いでるの」
「確認が終わりましたので、どうぞお進みください。ご協力、感謝いたします」
などと、最終的な締めくくりこそキチガイじみていたが、これでついに、俺の密輸に成功した。
ダンジョン内は薄暗く、財宝がありそうな気配はない。
石造りの壁は視覚的にもひんやりと冷たくて、空気感も涼しい。
点々と壁には松明が立てかけてあり、十字路や広い空間などもここから見える。
なんか、本格的な冒険の香りがした。
「……モルト、もう大丈夫だよ」
俺を両手で包み込むように抱くヤミィの一言。
アイリスは少し前を歩いていたが、突然振り返った。
「えっ!? これモルトだったの!?」
「にゃあ!?」
なんだコイツ、咄嗟の機転で話を合わせてたわけじゃないのか?
だとしたらすげえな、知らない猫を本気で飼おうとしてたのかよ。
「うん、これはモルト。……すんすん。匂いでわかる」
こっちはこっちで怖いよ。
いったい、いつからヤミィは俺の匂いを覚えていたのか。
「そうなの? ……すんすん。うーん?」
そう、それが正しい反応。
普通の人は猫になった他人の匂いなんて分かりません。
「でもモルトなら、早く人間に戻って欲しいんだけど。猫の姿じゃ戦力外よ?」
と、言われましても……。
ちなみに、俺の古代魔法には欠点がある。
「……にゃぁぁあ(2人とも)。にゃゃぁぁ(実は俺──)」
「──どうしたの? モルト」
「にぁぁぁ(この姿になったら)、にゃあにゃ一日はこのままなんだよね)」
くそっ、言葉が全て猫語に変換されてしまう。
これじゃあ、今の状況を伝えられないっ。
「……なるほど」
俺を抱くヤミィは、うなづく。
その当たり前に言葉が分かっているような仕草に、ゾッとした。
「モルト、今日はずっとこのままだって」
「分かるの!?」
今日、初めてアイリスと意見があった気がする。
俺、ヤミィが怖いよ。
「だって私、モルトのこと好きだから。愛の力は、言語なんて貫通する」
「……私、アンタのことが怖いわよ」
さて、こんな感じでアイリスとヤミィ、そして猫が一匹。
このパーティでダンジョンを攻略することとなるのであった。
「──懐かしいなぁ」
パタンと、本を閉じて感慨に耽るヤミィ。
俺の膝の上は、彼女の定位置となっていた。
ちなみに俺はソファに座って、記者者さんとの打ち合わせに励んでいる。
ヤミィがいてもお構いなしに、女性記者は話を続ける。
「……古代魔法の名前って、やっぱり思い出せませんか?」
彼女的には、古代魔法を本に記載したいらしい。
たしかに『失われた古代魔法』というワードは魅力的だった。
「うーん。そう言われましても……幼少にちょろっと教えて貰った程度の魔法なのでね」
「でしたらっ、でしたらっ。その魔法を見せていただくことは可能ですか!? 魔法の様子だけでも詳細に書かせてくださいっ!」
前のめりにお願いをしくる記者。
片手にペンと、もう片方の手にはメモという、準備は万端だった。
「別にいいですけど……。インタビュー、続けられませんよ?」
「そんなっ! どうしてですか!?」
「……いやだって、猫になったら人間の言葉が話せませんので」
「──くっ! なんて究極の選択っ!」
記者の顔は苦痛に歪む。
ジャーナリストとして、どちらを取るのが正解か物凄く慎重に選んでいる。
俺の都合が合う日なんて、そう多くはない。
それに、彼女にだって他の仕事がある。
しかしながら古代魔法も見てみたい……という葛藤だった。
「私、翻訳できるよ」
するとヤミィが小さく手を上げた
「あっ、そうか。ヤミィがいるじゃん」
「翻訳!? 猫語をですか!?」
「うん」
「なんて素晴らしい! お願いしますっ! 翻訳、してくださいっ!」
希望に満ちた顔。というのはきっと、この顔のことを言うのだろう。
彼女の瞳かに嬉しすぎるあまり、涙が溜まっていた。
「──にゃあ」
「これが古代魔法です……と言っています」
「にゃあにゃあ」
「この魔法を使うと、一日はこの状態で過ごすことになります……と」
「なるほどなるほど! この本、絶対売れますよっ!」
……猫と翻訳家のインタビュー記事の挿入された本は、たしかに飛ぶように売れた。……猫好きの間で。
「ちょっとモルトっ! 部屋くらい自分で片付け──きゃわわわわ! モルトの猫ちゃんモードだっ!」
アイリスは俺を見るなり一目散に駆け寄り、モフる。
とにかくモフる。モフモフし尽くす。
ちなみに、アイリスの機嫌を取りたい時はこうすると良い。
猫ちゃんモードの時は、何をしても怒られないのだ。
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