第1章-2

 四月二十二日。月曜日。

 三年生になって、初めて学校に行った。

 みんなが六時間目の授業を受けている時間。私はひっそりと二階にある職員室に向かう。

 そこで、職員室から出ていこうとする野木先生にあった。

「こんにちは」

 そう、声をかけた。

「来てくれたのね」

 優しい笑顔を向けてきた。私のように陰の世界で暮らしている人にとって一番きつい、光に満ちた笑顔だった。

「理科室でいい?」

 そう、先生は聞いてきた。

 私が頷くと、またあの笑顔を向け、ゆっくりと歩き出した。

 職員室と同じく、理科室も二階にあるため、さほど時間はかからなかった。

「ごめんね、今から帰りの会行ってくるから」

 理科室に着くや否や、先生はそう言って出ていった。

 どうすればいいか分からなかった私は、鞄に入れて置いた本を読み始めた。

 しばらくして、先生が帰ってきた。

「そういえば、私と同じような二年生の子っていないんですか?」

 そう私が聞くと、申し訳なさそうな顔をして、先生が言った。

「今日は来てないの。ごめんね」

 別に、謝らなくていいのに。

 それから、今のクラスの様子などを聞いた。

 私がいなくても、何も変わらないようだった。

 そして、その二年生の話を聞いた。

 名前は、浅田凛奈。四月に転校してきたばかりらしい。失声症を患っていて、クラスになじめなかったらしい。

「でね、その子にも話そうと思うんだけど、体育祭だけでも出てみない?」

 先生にそう言われた。

「私は、勉強するために今日来ました。あと、凛奈って子に興味があったからです。体育祭になんか、出る気はありません」

 腹が立って、思わず怒鳴ってしまった。先生は、しまったという顔をした。

 私は、音を立てて椅子を引いた。

「ど、どこ行くの?」

 驚いた声で先生が言った。

「帰ります。勉強もしなければ、凛奈って子もいないので。もう、来ないかも知れません」

 そう早口でまくし立てて、理科室を出た。

「待って!」

 そう言いながら、先生は私の手を掴んできた。

「なんですか」

 低い声で、そう言った。

「今出たら、クラスの子に会うかもしれない。だから、私に送らせて。上靴、あるんでしょ?」

 確かに、と思った。

 その言葉に甘えて、送ってもらうことにした。

 先生が運転しながら言った。

「ごめんね。もし良かったら、来週の月曜日、来てみて」

 少し腹が立った。

「行かないと思います」

 極力苛立ちを隠して言った。

「そう」

 少し悲しそうに、先生は言った。

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