聖女は叫び息を呑む




「探すと言ってもどうしたら良いのか…」



ヴェルを探すと言っても『どうしたら良いの』と焦る気持ちとは裏腹に時間は無常にも過ぎてゆく。



どうにかしないといけないのに、どうしようもない現状…そんな時、誰かが走るような音が聞こえてきた。



私とリュカは大急ぎで木の影に隠れると、目だけを葉の隙間から出し様子を伺う。


遠くから凄い勢いで近づいて来る人影が二つ。


その人影が通り過ぎる直前…チラリと見えた横顔を目で捉えた瞬間に私は立ち上がり名前をよんだ。




「ティル!レイ!」


「「優里(様)!!」」




ティルに半ば引き摺られながらレイも走っていたのだが、私が飛び止めたことで勢いよくティルにぶつかっていた。


ぶつかった衝撃で二人は勢い良く地面に尻餅をつく。




『なぜここに?』『なんで二人が一緒に?』『大丈夫?』




動揺した私の頭の中に幾つか言葉が浮かんでくるが、それよりも早くティルが私たちに言った。




「二人ともこっち!はやく!」


「「え?」」




私とリュカはあっけに取られ同じ言葉を発した。


聞きたいことは沢山あった、けれどティルの表情が今まで見たこと無いほど真剣だったので動揺して何も言葉が出なかったのだ。




「お、俺…俺のこと信じて!」




ティルが泣きそうな表情をしながら私達に手を伸ばす。


私とリュカは顔を見合ってから一度頷いた後、ティルのその手を取った。




「レイさん、お願いします」




ティルと手を繋いでいるこの状態で『どうするんだろうか』と私が思っていると、ティルがレイに何かをお願いした。


私が視線を向けると、レイは顔を悲しげに歪ませながらティルの肩に手を置き魔法を唱える。




「隔離結界…」


「え…?隔離結界ですって!?」




レイが魔法を使った瞬間、リュカがそう叫ぶ。


ティルはそんな事は後回しだと言うようにレイに話しかけた。




「これで誰も俺たちを認識しないんだったよな?」




ティルがレイにそう聞くと、レイはゆっくりと首を縦に振る。


そしてティルが矢継ぎ早に私が居なくなってから起きた出来事を話し始めたのだが…想像を絶する話しだった。



私を探していたティルは偶然にも城に居る何人かが全くの別人になっていた事に気づいたらしい。


そしてヴェルが今回の中心人物だと言うことを知ったティルは、レイと一緒にヴェルを探す為にこの森へと来た。


森へと入って少しした時、誰かが追いかけてきているのに気づいた2人は魔法を使い身を隠しつつ移動をしていたそうだ。


けれど魔力をかなり使うので一旦魔法を使うのをやめ、走っていたところを私たちを見つけ今に至ると言う。




「だから俺はヴェルを探してたんだ、探し出して優里がどこに居るのか聞こうと思って…。ヴェルがこんな事をしたんだとしたら、俺なら簡単にどこにいるかわかるし…だって、俺は、実は俺…。えっと、…。」




ティルが何かをずっと言い淀んでいるが、私は察しが良い方では無いのでただ黙って待つしかできない。


焦らせても余計言いにくくなるだろうという配慮だ。


ティルがいつ迄も言い出さない事にレイが業を煮やしたのか『触った相手の心が読めるんだ』と、多分ティルが言いにくかったであろう事を代わりに言った。


ティルはレイが言った言葉に対し、酷く泣きそうな表情をして俯く。




「えー!凄い!あぁ、それで城の人達がおかしいって気付けたんだね、なるほど…お手柄だね」




私は素直に思った事を言った。


ティルの力があればこの先誰かが嘘をついてもわかると言う事なのだ、控えめに言って最高の力である。




「つまりは私がいれば森の中にいる人がわかるし、私がいることで見付けられやすくなるけどレイがいたら周りから認識されないし、ティルがいれば嘘が見抜けるから聞き方次第ではすぐに場所が分かるってことだね!最強の布陣だね!あ、リュカは私と子の専属医師だね!」


「はぁ…なんなのよそれ…」




私の言葉に呆れるリュカだが、もう慣れた様子だ。


私とリュカはティルとレイに今までのことを話し、情報を擦り合わせた私たちは早々にヴェル探しをする事にした。


レイとティルは『ヴェルが聖女殺しを計画するとは思えないし信じたい、今まさに危険な事に巻き込まれてるなら助けてやりたい。でも優里は出産したばかりだからどこかに隠れてた方が…』と私に言っていたのだが…私は自分の夫を自分で助けたい。


私のことを殺そうとしたなんて信じない、だからヴェルは酷い事に巻き込まれてる可能性がある。


そんな時に一人だけ安全なところにいるなんてできないんだ。


私のそんなわがままに初めは難色を示していた二人だが、リュカの口添えの甲斐あって納得してくれる事になった。


話を聞く限り今はどこにいても安全じゃ無いっぽいので、リュカはそこをうまくついてくれたのだ。



レイの結界は魔力が尽きたら消えてしまうので定期的にかけ続けないといけないらしいが、魔力が元々多めだった事に加えてリュカの例の錠剤があるので気にしなくて良くなったらしい。


あの錠剤は神官なら誰でも持っているという。



(だからレイは魔力が少ないとわかっていても、ティルに言われた時に何も言わず魔法使ったのか。なるほどね)



リュカはそんなレイに対して何か言いたげな表情をしていたが、何も聞かないのは今はそれどころじゃ無いからだろう。


私たちは森の中をひたすら探しまくった。


人が居そうな場所や人が通ったであろう場所を探しに探した。


けれど全く見つからないので一度休憩をしようと川べりで腰を下ろした。



これだけ人が集まったからなんとなくすぐに見つかると思い込んでいた私は、ヴェルが見つからないことにひどく焦っていた。


レイとティルも『追いかけてきてたやつに話をきいとけばよかった』と、申し訳なさそうな表情をしていたが、相手の実力がわからない時に無闇に近づくのは得策じゃ無いと私は2人を慰めたりもしたけれど、何もとっかかりが無い今は寧ろ出会いたいとまで思っていた。



手のひらに子を乗せ眺めながらヴェルのことを考える私を、みんなが心配そうに見ているのはわかってるけど…今はヴェルの事で頭の中がいっぱいなのである。



本人の口から聞いてないから私はヴェルのことを信じたい。


でも『もし本当にヴェルが私を殺そうとしていたら?』と考えると心が痛くて苦しくなる。


リュカはこの子の父親はヴェルだと言ってた、生まれて幸せなはずなのに…複雑な気持ちが溢れ私の目から涙がこぼれる。


それを見ていたリュカはおもむろに立ち上がり、私のそばへと歩いてきて隣に座った。




「あんた、ヴェルを信じてるの?」


「うん、私はヴェルを信じたい」


「…。私がヴェルと少しだけ会話をさせてあげると言ったらどうする?」


「できるの!?話したい!話して本当かどうか聞きたい!」


「わかったわ。…でも、一つだけ守ってほしいことがあるんだけどいい?」




リュカが私に守るように言った事は『私が手を離してから良いって言うまで目を開けないこと』だった。


私はそれを守ることを約束した後、少しの時間だけヴェルと話せる事になった。


リュカ曰く長くて5分程度だという。


私がしなきゃいけない事は、その5分でヴェルを見つける手がかりを手に入れる事だ。




「いくわよ」




リュカがそう言ったので私は約束通りに目を瞑る。


そうすると足元にあるはずの地面が『ふっ』と消え、自分の体が落ちてゆくのを感じた。


これで三度目になるからなのか、今の私には恐怖はない。



ふわりと地面に着地する私、その目の前には地面にうつ伏せで横たわっているヴェルがいた。


私は急いでヴェルがいるところまでゆき、その体を起こす。


そしてその顔を見た瞬間に私はパニックになってしまった。


なぜならば、ヴェルの体はあちこちに大小様々な傷があり…その顔にはあるはずの眼球がなくなっていたからだった。


私が横たわる身体をを泣きながらゆするとヴェルは小さくうめき声をあげた、それを聞いた私は止められていたにも関わらず『再生』の力を使っていた。


この場所で力を使ってうまくいくかはわからないが、やらないと言う選択肢は私にはなかったのだ。


みるみるうちに元のヴェルに戻ってゆく、それを私は滲む視界の中見つめていた。


早く早くと焦る気持ちが魔法の精度を下げているのか、眼球がなかなか元に戻らない。


私はありったけの魔力を傷口へとぶつけながらヴェルに話しかける。




「私の夫はこんな死に方したらダメなの!天寿を全うしないといけないし、ヴェルの赤ちゃん生まれたんだよ!早く名前とか一緒につけようよ!ねぇ、頑張って!死なないで!私と子供を置いてかないでよ!」




私が何度も何度も同じことを言い続けているうちに、私の体にだんだんと力が入らなくなってくる。


そして後少しなのに、視界が渦巻いてきた…もうここにいるのも限界なんだろう。


私は最後の最後に全ての魔力をヴェルへとぶつけ、その反動で視界が暗転したのだった。


結局完全に治療ができたのかは見れなかったし、話もできなかった。


もしかしたら現実では何も治ってないかもしれない…わからないけどあんな状態のヴェルが中心人物な訳がない。



(一刻を争うような怪我だった…早く助けに行かないと)



私はそのことで頭がいっぱいになっていて、リュカとの約束が頭から綺麗さっぱり抜けてしまっていた。


私は意識が覚醒してきたことがわかった瞬間に、大きな声で『ヴェルが!』と叫びながら目を開いた。


すると私の両手を向かい合って握っているリュカと目があった。



私は目があった瞬間に息を呑んだ。


リュカはその瞬間に私の両手を振り払い後ろを向き『ヴェルはどうだったのよ!』と震えた声で聞いてきた。


けれど私はすぐに返事ができなかった。


なぜなら、目を開けた瞬間に見たリュカの顔がなぜかだったからだ。

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