偽善者ぶる聖女は好き勝手に振る舞う
リュカの独白が終わった今、この場は重苦しい雰囲気でいっぱいだ。
レイは俯いていて表情は見えない、ヴェルはリュカの切り落とした部分を凝視している。
私は頭の中を整理するように聞いた話をまとめてみる。
(リュカが前回召喚された聖女の孫で、親代わりの聖女のおばあちゃんに行為を強要させられ、それが原因で自分のものを切り落とし、夫にしようと思って育てたのにと罵倒され、しかも自分を育ててくれた理由が『召喚される前に居た夫に似てたから』…。)
…リュカはどれだけ辛かったんだろうか。話を聞くだけでも胃が痛くなる。
私はリュカじゃないし、考えてみてもリュカの受けた傷の全てなんか絶対にわかることはないだろう。
その時のリュカの気持ちは私にも、誰にも分からないで当然なのだ。
私はそんなリュカに今なにを言うべきなのかわからないし、きっとなにを言ってもダメなんだと思う。
上部だけでわかった様なことも言われたくないだろうし、悲しかったねと同情なんかされたくないだろうし。
はたまたここで私が前王や召喚の基礎を作った人に対して怒りの言葉を吐いても全く意味がないだろう。
過ぎた事に対してなにを言ったとしても、その人の過去は消えないのだ。
…そもそもそんなことをされたくてリュカは私にこの話をしたわけじゃないと思う。
私が思っただけなのだが、多分リュカは聖女が悪いと言いたいわけでは無いのだと思う。
聖女を召喚したこの国、召喚するようにしてしまった誰か、聖女を子供を産む道具にした前王、聖女の元夫に似て生まれた自分、この国ではよく思われない容姿で生まれた自分。
何が悪いとか原因だとかの責任の先を考えても仕方が無かったのだろう。
リュカがこの容姿で生まれてきた事はどうしようもない事だ、おばあちゃんが聖女だったこともどうしようもない事だ。
召喚されたおばあちゃんが元の国で結婚していた事も、その夫になぜか似ているリュカも、召喚で呼ばれたおばあちゃんも。
皆が皆来たくてきた訳じゃないし選んで連れてきた訳でもないし、この国のために召喚すると決めた人もその術を見つけた人も、皆が皆こんな思いをする人が出るなんて夢にも思わなかっただろう。
責任の大元を探そうとしても、怒りの矛先を探そうとしても、自分の気持ちのやり場を探そうとしても、今回の場合は簡単じゃなかったのだろう。
どこに、誰に、何をぶつけたら良いかも分からないまま過ごしていたリュカの前に私が現れた。
だから、リュカは私に対してそういった理不尽なものを全て背負って欲しかったのかもしれない。
押し付けてしまいたかったのかもしれない。
大好きだったおばあちゃん。自分にひどいことをしたおばあちゃん。
どちらも同じおばあちゃんなんだ。きっと完全には嫌いになんてなれなかったのだろう。
だって、リュカが話したのは怖かった、悲しかったと言う気持ちだけだったから。
リュカはおばあちゃんにされた事や両親にされた事に対して『こうだから仕方がなかったんだ』みたいな言い方をする。
私たちに話すだけならもっと周りの人を悪く言う事もできたはずなのに。
だから、やっぱりリュカにとって私が良い人だったらダメなんだと思う。
『ほら、やっぱり聖女は悪なんだ』そう言えるほどに私が悪い人だったら、きっとリュカは少しだけ心が軽くなるだろう。
でも結局少し時間が経てば元のリュカに戻るだけだろう。だってリュカは私に対して嘘をついていた気持ちが残るから。
嘘をついて人を貶めた罪悪感はずっと心の中に残るだろうし、もし私がここで嘘の発言をしたとしても、結局いつかはリュカに嘘がバレるだろう。
そうなれば更にリュカの負担になるだろう。
(…まぁ、色々と考えたけどやっぱりさ、私は私のやりたい様にしようと想う。…だって私はとっても自己中心的なんだ!我儘で独善的で本当に自分が一番の酷いやつなんだ。だから私はリュカが一番嫌うだろう独善的で…偽善者の様な言葉を送ろうとおもう。)
「リュカ、話してくれてありがとう。…あのさ、友達になってくれないかな?私リュカの事もっと知りたいし、初めて会った時から仲良くしたかったんだよね!この世界のことも私って疎いし…あ、別に信じろなんか言わないよ?ただ、なんとなくおしゃべりしてさ。ゆっくりお互いのこと知っていきたいなって…。あ、でもさ、傷ついたんだから噂の件に関しては要相談だよ!誤解解いてもらうからね?これは友達になる話とは別口ですので!」
私はさっき聞いたリュカの話を否定もしないし慰めもしない。『ただ話を聞いた』そう言う事にしようと思う。
だって、リュカのしてくれた話は『なんで聖女が嫌いなのか』であって『なんでそんなことをしたのか』の、理由にはなってないからだ。
『聖女が嫌いだからそんな噂を広めた』なんて同情の余地はあれども、私には一切関係のない話しなのである。
だから、私はきちんと謝ってもらうし、噂の収集はつけてもらうし、ついでに迷惑料として友達になってもらう判断なのだ。
(何度もいうが、私は美しいものが大好きだ!綺麗なお友達、欲しい!欲しい!)
「はぁ?私の話聞いてたわけ?私は聖女が嫌いなの!大嫌いなの!噂も否定しないし、これからも仲良くする気はないの!」
「あぁー悲しいわー、私何も悪いことしてないのに酷いー」
驚くほど棒読みな私のセリフに、リュカは驚いた後に一瞬悔しそうな顔をしたが、嘘をついてた負い目からか一応嘘の噂を流した事に関して小さな声で謝ってくれた。
このタイミングで謝ってもらえるとは思っていなかったので私は少しびっくりした。
(まぁそりゃそうだよね、慰められた時とか否定された時の対応とかは考えてただろうけど、あっさり流された挙句に友達になろうって言われたら驚くし毒気も抜けるよねー…)
「私リュカのこと全然知らないし、リュカも私のこと知らないじゃん?もっと知ってから悪口広めたらいいんじゃない?今のリュカはただの嘘つきになってるんだし、それ神官長にバレたら悲しむだろうなー」
「あんた…良い性格してるわね。サラッと私のこと脅してるわよね…」
会話の流れを完全に私に持っていかれてしまったリュカは、一度ため息をついてから私を少し睨んできた。
その目は先程とは全く違い、どこか拗ねた子供のような目をしていた。
「えー?本当のこと言ってるだけですけど?」
「はー!本当嫌い!あっちいってちょうだい!」
「リュカが私の酷い噂流してたことで傷ついたんで、噂は嘘ですってみんなに言ってくれないと離れることできなーい」
「あー!あんたほんとに嫌い!」
くすくすと笑いながら返答する私に対し、少し棘のある言い方をするリュカ。
今のリュカはどこか少し付き物が落ちたような表情をしていて…なんだかとても可愛かった。
今日までの過去は散々な毎日だったかもしれない。けれど、これから先私と関わることで『少しはマシな人生になった』と思ってもらえたら良いなと思った。
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