第7話 初戦闘

旅に出てから二日、実家の気配も遥か後方に感じながらイグサとコタマは東京を目指して歩みを進めていた。

丁度正午の位置に至ろうとする時、コタマがふと足を止める。


「ほんとにこっちであっとるのか?」

「おっかしいなぁ?」


コタマがいくら歩いても変わらない景色に文句を零す。

イグサは時折ポケットから地図を出しては方角を確認して道無き道を歩いていく。

足元はでぬかるんで時折泥で足を取られて転びそうになる。


「のぉ、さっきから妙ではないか?」

「何が?別に何も感じないけど、気にしすぎじゃ」


コタマはひしひしと感じる違和感と圧迫感に鳥肌が立つ。

イグサはコタマの感じるその感覚を全く覚えず、気の抜けた声で後ろのコタマの方を見た瞬間、目の前に銀色の閃きが迫る。

咄嗟に上半身を背中の荷物の重量に身を任せてのけぞらせて横一線に広がった斬撃を避け切り、ゆっくりと体を持ち上げると、イグサの顔に血がかかる。


「っ!?」


きらめきを放った凶器は成人男性の腕と同じほどの刀身を持つ両刃剣。

それを持つのは髭を伸ばし、いかにも山賊然とした風格の中年の男だった。


「俺の不意を避けるたぁ上等じゃねぇか、まぁ、お連れのチビは死んじまったがよ」


歯の数本が抜け落ちた口をニヤリと歪めて首の飛んだコタマの真後ろに仁王立ちしていた。

コタマの体はゆっくりと荷物の重量に引っ張られて後方に倒れる。 


(今の今までどこに!?)


イグサは一瞬焦りの表情を浮かべるが、即座に腰の2本のナイフを構える。


「やるか?いいぜ、俺は死体でもかまわねぇんだから・よ!!」


最後の言葉を言い切ると同時にイグサの首に向かって二度目の横薙ぎが繰り出され、イグサはその一撃を右手の魔女のナイフの峰で受け、衝撃で横に滑る。


「いいねぇ、強いな」


男は余計にその口元を歪ませてイグサに迫る。

イグサは荷物が邪魔になると判断し、背負うリュックを相手への目線をそらさずにその場に降ろす。


「おらぁ!!」


イグサがリュックの荷物を降ろすために左の肩紐を左手の関節にかけた時に男の上段から剣を両手で持った強力な一撃がイグサの顔面目掛けて振り下ろされる。

ガァァンという金属同士のぶつかり合う音が響く。


「嘘だろ」


男は女と侮ったイグサが自分の渾身の一撃を右の緑色のナイフ一本で受け切り、さらには押し返されそうになっていることに驚嘆する。


「キッツイなぁ」


イグサは少し腕の痺れを感じて呟いて左の白色のナイフを男の首元目掛けて刺しこむが、男は首を狙ったその一撃を右手の甲を首とナイフの切先の空間に入れ込んで防ぐ。


「痛ってぇなぁ!!死ねや!ガキ!」


男が右手の痛みを怒りで誤魔化してより一層、左の手で剣を押し込む。


「そっくりそのままお返しするよ!!」


イグサは押し込もうと力ませていた左のナイフを手放して同時に鍔迫り合いをしている右のナイフを押し込もうとする力をそのままにするりと右側にそらし、男は対抗する力が一気に抜けて前方に倒れ込む。

足元が滑って男は体制の立て直しも図れない。

そのガラ空きの胴にイグサは右足の蹴りを叩き込み、男の体は後方に吹っ飛んで、男は体への衝撃で両刃剣を落とす。


「ごっ!?」


男は木に背中を思い切り叩きつけて腹の空気が込み上げて口から息が漏れて気を失う。


「いつまで寝てるの?」


イグサは男ではなく力なく首の断面からどくどくと血を流すコタマの体に声をかける。


「仕方なかろう、不意打ちをしけてきたんじゃ、わしも仕返ししたくての」


どくどくと流れる血が触手のようになって辺りを少し探り、探し物を見つけたのかその方向に伸びる。


「ああ、痛ったいのぉ」


触手は口元が動き、空気も届いてないにも関わらず話すコタマの頭と繋がっていた。

触手はどんどんとコタマの肉体に向かって縮んでゆき、ついにコタマの肉体と頭が繋がる。


「ふーー、くっついたくっついた」


後遺症なく完全に首をつなげてコタマは自分の首をさする。


「まじ、かよ、とんだ化け物を引き当てたらしい」


男が意識を取り戻して木に寄りかかりながらゆっくりと腹を抑えて立ち上がる。


「けどよぉ、テメェらみてぇなバケモンはしょっちゅうだしな、その対策もあるんだぜ。おら!お前らやっちまえ!」


男は辺り一帯に聞こえる大声で叫ぶ。

が、全く応答がない。


「は?」


男は予想していたこととは全く別のことが起こって気の抜けた声が出る。


「対策とはこやつらか?クク、ワシが何もせずただ寝ていたと思うなよ?」


コタマが指を鳴らすと何体かの真っ白な狐がその口元だけを真っ赤に濡らして現れる。


「う、嘘だろ?」


男はへたりと腰を落とす。

その時、横から若い男の絶叫が聞こえる。


「や、やめろぉ、助けて〜!!」


狩衣かりぎぬを着た若い男は死に物狂いな様子で現れ、目の端に映った男の方に走り出す。


「助けーーーー」


手を男に突き出すが、直後に首に狐の牙が喰らい付き、ゴリっという骨の砕ける音とともに倒れ込んで息絶える。


「これで全部じゃな、今のやつが術でワシらを惑わして同じ場所をぐるぐると回らせておったのじゃろう。

おまけにあれ程の手勢、ざっと18はおったのぉ」


コタマは苛立たしげにため息を漏らし、イグサはゆっくりと男の方に歩み寄る。


「や、やめろ!」


男は恐怖に顔を引き攣らせて歩み寄ってくるイグサに右手に刺さったままのイグサのナイフを引き抜いてイグサに向けながら立ち上がる。


「勝手に人の得物使うなっての」


イグサは向けられたナイフを持つ男の手首ごと魔女のナイフで切り、切られた男の手首が血飛沫をあげてべちゃりと小さな池に落ちて赤に染める。


「ぐっああああ!」

「うっさいなぁ、私の好みじゃないんだよその声」

「おぐっ!」


イグサは腕の痛みで絶叫を上げる男の顎を蹴り上げて黙らせる。

蹴られた男は木に後頭部を叩きつけてまた気を失って前方に倒れ込む。


「じゃあね。せめていい木になるといいよ」


倒れ込んできた男の胸にずぶりと魔女のナイフを突き刺し、刺さったところからナイフを伝ってイグサの手を血が濡らした瞬間、男の背中を突き破るようにして若木が一本生える。

イグサは男から魔女のナイフを引き抜いて、切られた男の手首から白色のナイフを回収すると先ほど狐に殺された若い男の狩衣の一部を切り裂いて2本のナイフの汚れを拭う。


「死体はどうする?」

「動物たちの餌となるじゃろうし何もせんでよかろう」


イグサはナイフを腰のホルダーに戻して荷物を持ち上げて背負い、コタマが「解」と一言つぶやくと辺りにいた白色の狐が煙となって消え失せる。


「今度こそ迷うなよ?」

「さぁねぇ」

「おい!」


戦闘など最初から無かったかのように二人の足取りは軽く、滑る足場をさっさと歩いてゆく。

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