第5話 夢の残骸

家の修理も終わり、イグサはアーデルハイトの家を離れて実家に戻り、父カミヤのもとで再び稽古を再開させていた。

「ほっ、ハッ」

「まだまだ」

イグサの小さな体から繰り出される多彩な動きをカミヤは手に持つ木剣を使うことなく体を少し動かすのみで避け切る。

(この歳でここまで動くとは娘ながら末恐ろしいな)

娘の動きに感心を覚えつつカミヤは反撃の一撃を突っ込んでくるイグサの脳天に振る。

「あでっ」

イグサは頭上から軽く振り下ろされる一撃をもろに喰らって小さな木剣を取り落とす。

「痛てて、ひどいよお父さん」

「今は師匠だろ」

カミヤは痛がるイグサを見ながら少しだけ目を細める。

「イグサ、お前得物を2本持った方がいいかもしれないな」

カミヤは自分の木剣を半分ほどで折るとイグサに投げ渡す。

イグサはその木剣を受け取ると軽く振って感覚を確かめ、自分の木剣を取ると左の木剣を逆手に持って両手を顔の前まで上げて構えを取る。

「来い、イグサ」

カミヤの言葉と同時に両者は足を踏み出して再び激しい稽古が再開する。

イグサは絶え間なくその両手に持つ木剣をカミヤに向けて振り、カミヤはその攻撃を両手の甲で攻撃が繰り出されるその前に弾く。

「いいぞ、その調子だ」

イグサの絶え間なく鋭い攻撃に着実な娘の成長を感じてカミヤは微笑みを浮かべる。

「お父さん、きもい」

「えっ!?グボヘ」

娘の一言にカミヤの身体が硬直し、顔面にイグサが腕をクロスさせて放った渾身の二撃が叩き込まれ、カミヤはのけぞって倒れる。

「あ、ごめん、まさか当たっちゃうなんて」

イグサはすぐにカミヤに近づくと、カミヤの目はまるで死んだ魚の目となり眼光は消え失せ、この世の終わりのような顔になっていた。

「あ、あ、イグサが」

カミヤはうわ言にのように口を動かす。

「お父さん、キモイ」

「おごっ」

イグサのトドメの一言で完全に身体の力が消え失せて動かなくなる。

「なかなかな言い分だなイグサ」

そうこうしている内に庭の小さな木の門からアーデルハイトがくすくすと笑いを堪えながらイグサに声をかける。

「あ、アーデルおばさ、むぐ」

「お・ね・え・さ・んね?」

イグサが言おうとした瞬間にイグサの背後からつたが何本か生えてイグサの口を塞ぐ。

「さて、いい加減起きろ子煩悩」

「いてっ」

アデルハイトがカミヤに近づいて軽く足で蹴る。

「何しやがる俺の嫁が泣いたらどうする」

カミヤは蹴られた頬を摩りながら立ち上がり、アーデルハイトの方に目線をやるとアーデルハイトは土に汚れたイグサの顔をしゃがんでナプキンで拭っていた。

「あいつはお前のことで、いや、やめておこう」

アーデルハイトはイグサの顔をぬぐい終えると自分の膝の土を軽く払って立ち上がる。

「それにしてもスパルタだな」

「仕方ないだろ、イグサが冒険者になりたいって言ってんだから。命の繋ぎ方ぐらいは教えなければ父親失格だ」

カミヤは肩を軽く回してさっさと家に向かい、イグサもそれについて行く。

「それにしても、あの冒険馬鹿が父親か、世の中どう転ぶかわからんな」

アーデルハイトは若干の違和感と物悲しさを覚えながら二人の親子を見つめる。


カミヤは家に帰ると汗で濡れた体を近くにあった布切れで拭い、イグサは家の隣にある井戸で水を汲んでその冷たい水を浴びる。

「きもちー!」

ほてった体に冷たい水が染み渡ってイグサは思わず声が出る。

そこに体を拭き終えたカミヤが駆け寄ってくる。

「あーあ、びしょびしょじゃないか」

「わっぷ」

カミヤがタオルケットをイグサに被せて水で濡れた髪を徹底的に拭き上げる。

「お父さん痛いよぉ」

「風邪ひいてまた寝込んでも知らないぞ、それにこの綺麗な若葉色の髪が傷みでもしたら悲しいしな」

「......それはやだ」

拭き終えたカミヤはタオルケットをキツく絞って庭の柵に掛ける。

「イグサ、そろそろお前の10歳の誕生日だしな、早いが誕生日プレゼントだ」

カミヤは自分の腰に携帯しているナイフをイグサに渡す。

「これなに?」

「そいつは俺が冒険者だった頃に使っていたナイフだ」

そのナイフは刀身が白一色で統一され、持ち手は使い古された布で巻かれている。

「キレイ」

ナイフを頭の上まで上げて軽く太陽光に当てるとその刀身の中に赤が混じる。

「ありがとう、お父さん!!」

「おう!」

イグサは満面の笑みを浮かべてカミヤに飛びついて、カミヤはイグサを抱きしめる。

(そろそろこの子の旅の準備をしてやらないとな)






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