第3話 伊藤 紗香---side2

教室の後ろの方の席に座って、iPadで動画を見ていると、後からやって来た友達の春奈が隣の席に座った。


「紗香ぁ、土曜日どうだった?」


春奈がリュックから教科書を出しながら話しかけてきたので、動画を見るのをやめた。


「どう、って普通に映画見て、ご飯食べて帰った」

「何か報告するようなことは?」

「……ない」

「全然?」

「全然」

「なーんだ」

「こっちがなーんだ、だってば」



春奈に言った通り、土曜日は、瞬と映画を観て、ご飯を食べて、家に帰った。それだけ。

暗い映画館で手がふれ合うようなこともなく、ひとつのアイスをふたりで食べたりとかもなく……本当に、何もなかった。


「でもゲーセンでクマとってくれた」

「見せて!」


映画が終わった後、瞬がすぐ隣にあったゲーセンに入った。UFOキャッチャーにあったクマを「かわいい」と言ったら、とってくれた。


「良かったじゃん」

「うん」


早速カバンにつけて大学に来た。

これが何か意味のある物だったらいいのに……

でもきっと瞬はそんなこと何も考えていない。


「紗香、小野映美子知ってる? 英文学科の」

「うん。顔だけなら」

「バイトが一緒なんだけど、土曜日聞かれたんだよね。『伊藤さんと澤田くんって付き合ってるの?』って」

「えっ! それで春奈、何て答えたの?」

「『知らないけど、今日ふたりで映画観に行ってるはずだよ』って、言っといた。そしたらそれ以上何も聞かれなかった」

「春奈、ありがとー!」

「澤田くん、サッカー部でも目立ってるみたいだから早く何とかしないと誰かにとられちゃうよ?」

「そんなのわかってる」



中学の時のサッカー部は全員坊主で、背の低かった瞬は女子の誰からも相手にされていなかった。わたしを除いて。

中3の終わりくらいからぐんぐん背が伸びて、髪の毛も伸ばし始めたけれど、いつも適当な髪型で学校に来ていたせいで、高校生の時もやっぱり誰も瞬のカッコ良さに気がついていなかった。

それが大学に入って、瞬のお姉ちゃんのアドバイスで、ちゃんとした髪型になったら、一気に目立つようになってしまった。

昔からサッカーが上手かったけれど、大学1年生でインカレにレギュラーとして出たあたりから、「澤田くんって、カッコ良くない?」とか言う声も耳にするようになった。




教授が入って来て、騒がしかった教室が一気に静まり返る。


「出席とりますよ」


この教授は出欠をとるから休む人はまずいない。

教授自ら名前を呼んで、顔を確認していくので、代返も頼めない。


「休みは……風早くんと月島さんね」


風早司は2年になってこの大学に編入してきた。それまでは海外に留学していたらしいから、それがなんで英文学科じゃなくて国文学科にいるのか不思議。

今まで見たことのある男子の中で、一番きれいな顔をしている男子だった。しかも長身。だからすぐに他の学部の子達の間でも有名になった。

わたしが入っているテニスサークルの中にもフアンがいる。


その風早と月島さんがふたり揃ってお休み。


月島さん、土曜日は元気そうに見えたけどなぁ……


そんなことをぼんやりと考えながら教科書を開いた。

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