ミセバヤ

野宮麻永

第1話 澤田 瞬---side1

もしその女の人が和服でなければ、気にもとめていなかった。

そのくらい、普通にその辺にいるような母娘の買い物に見えた。


土曜日のショッピングモールはいつも人が多くて、家族連れやカップルでごったがえしているけれど、着物姿の女の人を見るのは初めてだった。だから余計に目立っていた。



「何見てるの?」

「え? ああ……」

「月島さんじゃん。お母さんと買い物かな。こーゆーとこで着物だと目立つね」


オレが気をとられていたのは母親の方だったのだけれど、紗香は一緒にいる相手の方を見ていると思ったようだった。

紗香に言われて初めてそっちに目を向けた。


「知り合い?」

「同じ学科ってだけで、あんまり話したことない」

「そうなんだ」


同じ年なんだ……そう言われなければ、わからないくらい彼女は大人っぽく見えた。


「いつまで見てるの? 映画始まるから行くよ」


少し先に行った紗香を追いかけながら、一度だけ振り向いた。


笑顔で買い物をする母娘。

何の違和感もない。




映画館のチケット売り場は大勢の人で混雑していた。


「やっぱり人気だね。チケット早めに買っておいて良かった」

「ホント、紗香って気が回るよなぁ」

「感謝してよね」



紗香とは、紗香が小学3年生の時、家の近所に引っ越してきてからの付き合いだから、かれこれ10年以上になる。

最初紗香は、3つ上の姉の英里佳と仲が良くて、よく家に遊びに来ていた。オレが話すようになったのは、確かその時やってたゲームが同じで、盛り上がったのがきっかけだった気がする。

それ以来、紗香とはずっと仲がいい。

中3の時、紗香の親が一戸建てを購入して、遠くに引っ越したけれど、その後も同じ高校、同じ大学、と進学したので、その関係は大学2年生になった今も、昔と変わらないでいる。


何となく趣味が合って、お互い暇だったから、こうして映画を見に来ただけで、付き合っているとか、その気があるとか、そういうのとは全然違う。

気の合う友達がたまたま女だっただけで、深い意味はない。



紗香は、中学からテニスをやっていて、大学でもテニスサークルに入っている。そのせいか、いつも日に焼けていている。


月島は、茶色いショートヘアの紗香と違って、濃い茶色の長い髪が、歩くとふわふわと揺れていた。

月島の下の名前は何て言うんだろう?

もし、今度会えたら、名前を聞いてみたい……

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