不器用な物音
「じゃあ、仕事しに行く」
僕の高校への進学を控えた春休み。報告も含めて父方の祖父の家に遊びに行って昼ご飯を食べ終わるとぶっきらぼうに祖父はそう言う。
ゆっくりと立ち上がり緩慢な足取りで玄関へと向かった。
僕は祖父が苦手だ。
会うたびに不機嫌そうに出迎え、会話にも参加せずテレビや新聞を眺めているだけ。
祖母が声をかけても返事は適当。何度か僕も声をかけてみたのだが変わらず。
そして昼ご飯を食べ終わればすぐにこうして出ていき、少し離れた場所にある物置小屋を改装した『仕事場』へと引きこもってしまう。
僕達が帰る時になっても顔を出さない。
対して祖母は僕にお小遣いをくれるし、誕生日にはプレゼントを贈ってくる。
贈られたもののほとんどが時代遅れなものばかりなのが玉に瑕だけど。
「おじいちゃんの態度が嫌なのかしら?」
祖父への気持ちが表情に出てしまったのだろうか、祖母がいつもの優しい笑顔で僕の顔を覗き込む。
ここで否定しても手遅れなような気がしたので小さく1度だけ首肯した。
「じゃあ、あの人についていってみる?」
「え?」
いいよ、と言いかけたが祖父が何の仕事をしているのか知らない。
興味がないと言ったら嘘になる。
「おじいちゃん、怒らないよね?」
「大丈夫よ。何かあってもおばあちゃんがどうにかするから」
自信満々に胸を叩く祖母。
頼りなさそう、という気持ちより好奇心が勝ってしまったのでついていくことにした。
***
ゆっくり歩く祖父に追いつくのは
飛び石を一つ一つ踏みしめて進む祖父の三メートルほど離れた位置で僕は祖母の陰に隠れながら足音と息を殺しながら追う。
「本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だよ」
バレたら怒られるのではないかという緊張に小声がかすかに震える。
僕の焦りを鎮めるように相変わらずの笑顔で頷く祖母。
草木の陰から祖父の様子を見守っていると祖父が物置の扉をゆっくり開けて入る。
それを確認してから祖母の陰から飛び出して足音を殺しつつ早足で物置の前まで移動した。
かなり遅れて祖母が僕の横に立つ。
「覗いていいわよ」
「え?!」
祖母の発言に驚いてしまうがここまで追ってきたのも祖父の仕事の姿が気になったからだ。見ないと目的を達成したことにはならない。
ゆっくりと小さく戸を開けて中を覗く。
中は真っ暗で何も見えない。
「何も見えな──」
中が暗いことを伝えようとするとカチッと音がして電球が何度か点滅して室内を照らした。
祖父がひもを引っ張って電気を点けたのだ。
変わらず緩慢な動きで板の前に腰を下ろす。
慣れた手つきで木材を切り始める。ある程度の個数を切り終わると切った木材を削った。工程が終わると木材に接着剤らしきものを塗り付け一つにしていく。
外からでは祖父が何を作っているのか全く分からないが祖父の真剣な顔つきに視線が釘付けになった。
「あの人はね──」
祖母の存在を忘れかけていたことに気付いてハッとなると祖母は嬉しそうな表情で語り始める。
「本当は
「いい年こいて子供みたい」
悪態をついて呟くと祖母が困ったような表情をする。
「そうね。あの人は気にし過ぎなのよ。でもね──これはおじいちゃんには内緒よ」
人差し指を口の前に立てる。なんでなのか分からないけどとりあえず頷いた。
「実はねおばあちゃんが渡してるお小遣いはおじいちゃんが『渡してくれ』って言われたものなのよ」
「──へ?」
衝撃の事実に思わず間の抜けた声が出てしまう。
声を潜めるのを忘れてしまい、とっさに祖父の様子をうかがった。
作業に集中しているようで今の声には気づいていないようだ。
「誕生日のプレゼントもおじいちゃんが頑張って調べて送ってるのよ。たまにおばあちゃんに聞いてくるけどおばあちゃんも分からないのよ」
流行からずれてると思ったらそういうことだったのか……。
改めて部屋で作業している祖父の姿を見る。不器用なりに僕のことを大切に思ってくれてたんだ。なのにそれも知らずに僕は苦手意識を持ってしまっていただなんて。
「お昼すぐに仕事に行くのは
気付くと祖母は祖父を深い気持ちのこもったまなざしで見つめていた。
そうだよな。多分、不器用でもまっすぐな心を持っている祖父だからこそ祖母は祖父を選んだのだろう。
「でもさ、おじいちゃんは何を作ってるの?」
「寄木細工よ」
「ヨセギザイク?」
初めて聞く単語に首を傾げる。その様子に祖母は微笑んだ。
僕を馬鹿にするといった意味ではない。それはどこか嬉しそうな意味合いが強いような気がする。
「いろいろな木を組み合わせて模様を作るのよ。それを小物とかに貼り付けるのよ。最初は退職後の趣味で始めたんだけど少しずつ上手くなっていって今では依頼を受けるほどよ」
「へぇ~。すごい」
心の底からそう思った。今も気を切ったり削ったりする音と祖父の真剣な表情を胸に刻みながら戸を閉める。
「もういいの?」
「うん」
祖母に返事をして足音を殺してその場を後にする。
ふと伝えたいことが浮かんだのでついてくる祖母に振り返った。
ここまでくれば普通の声で話して大丈夫だろう。
「あ、そうだ誕生日プレゼントをくれるのはいいけど、ベイゴマとか鉄腕ア〇ムの漫画とかじゃなくてもっと新しいのを送って欲しいって伝えてよ」
「全く自分で伝えなさいよ。でも分かったわ。おじいちゃんに言っておくね」
困った様子で言ったが祖母の表情は微笑ましいものを見る様であった。
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