木一堂とあたしの或る日⑥
あたしは肩にバッグを掛け、そっと店内を覗き込むと、やけに沈んだ顔の男が一人、カウンターの前に立っていた。店主はこちらに背を向けているせいで、表情を伺うことは出来なかった。
査定か何かだろうかと思い、部屋を出て二人の近くに寄った。
「やあ、どうも。変わった着物をお召しになっているのですね」
客の男はあたしの姿を確認すると、驚いた様子も無く、くたびれた笑みを浮かべて言った。
「えっ、そうですかね?」
思わず自分の格好と、男性の格好を見比べてなるほどと思ってしまう。服飾の歴史は広い方ではないので、彼の服装を詳しく説明することは出来ないが、見たところ昭和三〇年前後だろうか。少し前に流行った映画などで見たことのある出で立ちであった。だから、店主の話を聞いていなければ、近くで映画の撮影か何かがあるのかと思ってしまっただろう。
「まあ、最近は西洋の服装も以前に比べて多く入ってきていますし、私が知らない服装があっても不思議ではありませんからね」
男性はそう言ってからからと楽しそうに笑うと、それから少し掠れる声で「年は取りたくないものです」と呟いた。その言葉が嫌に哀愁に満ちていて、少しだけ胸を締め付けられるような感覚に襲われた。どのような境遇を味わえば、そのような声を出せるのだろうか。
「まあまあ、そんな事をおっしゃるには、まだお早いですよ」
店主は今までパラパラとみていた本から顔を上げると、朗らかな笑みを浮かべて顔を上げた。
「査定を行いますので、少し奥に入ってもよろしいでしょうか?」
店主の言葉に、一瞬男性の顔に緊張が走る。値段が決まる瞬間だ。やはり、不安があるのだろう。しかし、あたしの興味としては値段よりも、何を売りに来たかの方がずっと気になっていた。あたしは店主の横から邪魔にならないように彼の手元を覗き込むと、「あっ!」と思わず大きな声を出してしまった。
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