木一堂とあたしの或る日

木一堂とあたしの或る日①

 じりじりと太陽から溢れ出た熱が肌を焼く。


 何処かに自販機でもありはしないかと頭の隅でぼんやりと考えながら歩を進める。一歩動くだけで汗が頬を伝い、ぽとりぽとりと地面に黒い模様を残していった。


「あっつい……」


 空を見上げると、雲一つ無い快晴が広がっている。遮られることの無い太陽光は、今こうして自転車を押しながら帰っているあたしに絶えず襲いかかってくる。


 蝉の声も混ざり合って形を失い、まるで耳鳴りがずっと聞こえているような錯覚を与える。今年は冷夏だと今朝見たお天気お姉さんは笑顔で言っていたが、これのどこが冷夏なんだと張り倒してやりたくなる。


 せめて、この自転車がパンクさえしていなければ。あたしは本来心地よく帰ることが出来るはずが、今はただの重荷と成り下がったそれを恨みがましい視線で見る。そうしたところで何の変化もないから無駄だと分かっていても、憎たらしいものは憎たらしいのだ。


「はあ……」


 学校から出た瞬間のことを思うと、自然と溜息が溢れてくる。これから部活のある友人達と別れ、疲れ切って自転車で校門をくぐり抜けた瞬間のことだった。自転車のホイールと地面とがふれあう、お世辞にも気持ちの良いとは言えない音が耳に届いた。嫌な予感がして地面を覗き込むと、タイヤが力なくへたっていた。あの瞬間、どれほど叫んでやろうと思ったことか。今日補講があったことも、パンクしたことも、今が夏であることも含め、全てに苛立ちを感じていた。


 世間は夏休みだというのに、うちの学校は一応進学校を名乗っているがために受験生でも無いのに夏期講習がある。別に行く必要も無いのだが、友人に誘われて断ることも出来ず、ずるずると参加してしまうこととなった。本当なら今頃部屋に籠もってクーラーをかけ、昨日買った読みかけの本をごろごろしながら読んでいるはずだった。そんなことを考えていると、また、口から情けない空気の塊が零れてしまう。


 あたしは幼い頃から両親や姉が本を読んでいたために、自然と本を読むようになった。今でこそ帰宅部を貫いているが、高校に入った当初は、幼い頃から続けていたという簡単な理由から剣道部に入部した。しかし、剣道部の練習が思っていたよりもハードかつ、帰る時間が遅くなって読書の時間が削れてしまうために、去年の冬休みが始まる前には何の躊躇いを持つこと無く退部してしまった。


 短く切りそろえられ、茶色に染められた髪。手首や首に身に着けられたワンポイントアクセと言った見た目。それに、がさつな性格や元々活発なイメージが強かったせいだろうか、剣道部を辞めると言ったときは友人達の驚きようが少し面白かった。両親は何も言わなかったが。そんなことはどうでも良くて、だ。今このときばかりは少し剣道部を辞めたことを後悔している。体力の低下ももちろんだけれど、それ以上に汗に対する耐性が無くなってしまったような気がする。分かりやすく言うと、部活や剣道場に通っていた頃はデオドラント用品を多く持っていたってこと。部活を辞めてしまったあたしにとって、自転車あるし汗なんてそこまでかかないだろうと夏を舐めていたことが仇となってしまった。さっきから汗の量が尋常じゃ無い。


「シャワー……。うん。シャワーを浴びよう」


 背中に張り付いたキャミソールと半袖のスクールシャツをぱたぱたと揺らし、少しでも風通しをよくしてみようとする。だが、その努力も空しく、少し手を離しただけでまたぺたりと張り付いてしまった。


「夏なんて大っ嫌い」


 あたしは吐き捨てるように呟いて、また前を睨みながらとぼとぼ歩き続けた。

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