第20話 オオカミさんになつかれて
「ヴァフヴァフッ! ハッハッハッハッハッハッ」
「わ、ちょ、やめ」
「ハッハッハッハッハッハッハッハッ」
がっしりと手足を押さえつけられた姿勢のまま、僕はされるがまま、オオカミに顔を舐められていた。
いったいどれだけの時間こうされているのだろう。
多分、体感しているほど長い時間ではないのだろうが、それでも、今までされたこともない出来事だけに、緊張感とはまた違う、無限にも感じられる時間の中で僕はオオカミから甘え? られていた。
「お姉ちゃんすごいよ! オオカミさんがなつくなんて、これまで村の伝承の中でしかなかったはずだよ!」
興奮気味に言うノルンちゃんの声が聞こえてくるが、目も開けられないのでどんな表情をしてるかはわからない。
きっと、喜色満面といったところだろう。短い付き合いだが、それくらいのことは簡単に想像ができる。
何せあのノルンちゃんだ。僕に対していつも見せてくれる顔、以上の嬉しそうな顔をしていることだろう。
そんな表情が見えないのは流石に残念だ。
それより。
「ノルンちゃ、助け、ちょ、やめ、やめてって」
一人だけ無事らしいノルンちゃんに助けを求めようとしたが、まともに話すことすらできなかった。
「いやあ。やっぱりお姉ちゃんはさすがだよ。ね、オオカミさん」
「ワフワフッ!」
そうだと言わんばかりに、ノルンちゃんの言葉に返事をするオオカミさん。
すでに意気投合しているらしい。
それなら僕とも早く理解し合ってほしいところだ。
今の僕は、まるで大雨に降られた後のようにびしょ濡れだ。そんなことになるまで舐め回されては、半分攻撃だと思ってもいいだろう。
そろそろ何か手を打とうかと考えていると、まるでそんな思考を察したのか、それともそこで満足したのかオオカミさんは僕を解放してくれた。
代わりに、僕から離れおすわりの姿勢を取ると、尻尾をブンブン振って待機を始めた。まるで、僕から何かがあるのを待っているような印象を受ける。
このまま構っていてはこいつのペースに飲まれてしまう。
「これ、大きな犬とかじゃないの?」
「違うよ。オオカミさんだよ」
「あれは? ノルンちゃんが飼ってる犬って可能性は?」
「だからオオカミさんだよ。わんちゃんじゃないもん。信じてくれないの? そんなこと言われたらオオカミさんも悲しいよね?」
「わうー」
ノルンちゃんの声かけにオオカミは悲しそうな感じで頭を下げた。
どうやらノルンちゃんは、かかっていた精神系魔法を治した僕なんかより、よっぽどオオカミと通じ合っているらしい。
そんな二人? 一人と一匹は、うんうんとうなずきながら、察しが悪い僕を責めるように、じっとりとした視線を送ってくる。
「ええ……僕が悪いの?」
「悪いとは言ってないよ。でも、すごいことをしたんだから、そんなこと言ってほしくないなって」
「そこまでのことをしたとは思えな。待て待て!」
立ちあがろうとしたオオカミを僕は慌てて制す。
なぜか僕の言葉の通りに、立とうとしたオオカミはその場で止まった。僕の言うことも聞いてくれはするらしい。
ひとまずこのスキを見て、僕は顔についたよだれを拭う。
今日は姫様からもらった服を着ていなくて本当によかった。着てたら今後着れないような事態になっていたかもしれない。
「まあ、わかったよ。わかった。このオオカミはすごいやつなんだな」
「そうだよ。だから、そんなオオカミさんを助けたお姉ちゃんはやっぱりすごい人なんだよ」
「アオー!」
まるで仲間でも呼ぶように吠えると、オオカミはハッハッと犬のように息を吐き出しながら、興奮気味に僕のことを見てくる。
こんな様子を見せられては、どれだけ言われてもすごい魔物には見えなくなってしまった。
第一、村を守っていたという話も、直接的じゃなかったはずだし。
「とにかく、何かが起きる前に済んだってことでよしとしよう。僕もよくやったってことにしておこう」
僕はそこでノルンちゃんの方に手を伸ばし、オオカミに背を向けた。
「どこ行くの?」
「いや、このままじゃ流石に今日の活動はもう諦めるべきかなって」
「どうして?」
「舐めまわされてべちょべちょだしさ。あと、もうすぐお昼でしょ? ノルンちゃんも帰った方がいいよ」
「……」
ん? 無反応?
ノルンちゃんの視線を追うと、それは僕を通り越して、その背後、巨大なオオカミへと向けられていた。
オオカミは、立とうとした姿勢に疲れたらしく、おすわりの姿勢で僕を見つめている。僕から離れた時と変わらず、まるで自分に来る指示を忠実に待っているかのように見える。
「えっと……もしかしてだけど、ノルンちゃんの村に残された伝承には、オオカミを手なづけると何か起こるみたいな話があるのかな?」
僕の言葉を受けて、冷ややかだった視線をお手本のような笑顔へと変えたノルンちゃん。
「あるよ! あるある。やっぱりお姉ちゃん、わかってるんだね。そうだよ。オオカミさんは力を認めた人の友だちとして、その生涯を尽くすんだって」
「へ、へえ……生涯を」
なんとも重い話だ。本当なのかそうでないのか。
そもそも、今僕が見ている魔物がその話に出てくるオオカミなのか、子どもなのか、全く関係がないのか、見当もつかない。
だが、現状を観察する限り、伝承とやらは概ね合っていると言えるだろう。
僕がちょろちょろ動くと、僕に合わせてその姿勢を変える。背中を向けようとすると、ちょっとさみしそうに表情を曇らせる。力を認めたかはわからないが、少なくとも僕に対して何かを感じているのは確からしい。
困ったな。力を試したいとは思っていたけど、こんなデカいオオカミをどうこうすることは考えになかった。僕は冒険者じゃないから、試すと言っても、合って野盗をこらしめるとかその程度じゃないの?
「ひとまず村に行って話を聞こうか」
「わたしより詳しい人がいっぱい教えてくれるよ。よかったね。オオカミさん。お姉ちゃんお友だちになってくれるって」
「わう!」
「言ってない。そこまでは言ってないから」
「やった。やった。オオカミさんとお友だち」
「アウーアウーアウー!」
「言ってないから。ね、落ち着いて。何をしてるのか知らないけどまずは落ち着いてくれ」
お祭り騒ぎを始める一人と一匹をなだめつつ、僕はやれやれと肩をすくめた。
ふと、動く何かが見えた気がしてその方向を見た。
ふらふらと歩く人影?
目をこすって再度見てみるも、次の瞬間にはその姿はなくなっていた。
疲れてるのかな。そうなんだろうな。だってこんな意味のわからない状況だもんな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます