第9話 初めての主演映画

 今日も今日とて私達が熱心にアイカツをしていると、マネージャーからまた新しい仕事を言い渡された。


「みんな! 新しい仕事が決まったよ! 何と、今度は映画! メンバー全員主演だよ!」

「えっ? メジャーデビューもまだなのに?」


 私はつい本音を口走ってしまう。私達、CDデビューはしたけれど、それでもまだ活動して日が浅い。それなのにいきなり映画って――。

 マネージャーが言うには、映画の話はグループが結成される前から動いてはいたらしい。と、言う訳でこの大型プロジェクト、どうやら私達に拒否権はないみたい。


 連絡事項を一方的に話しきると、マネージャーはまた自分の仕事に戻っていった。この想定外のお達しに、私は思わず頭を抱える。


「どうしよう。私、演技とか出来ないよ」

「私、演技経験あるよ。市民ミュージカルとか出てたし」

「本当? 教えてみちるちゃん!」


 レッスンやライブが終わったらいつも速攻で帰るメンバーのみちるが演技経験者と分かり、私は速攻で彼女にすがる。そんな私の姿を見た同じくメンバーでクールビューティーの深雪みゆきが、冷ややかな目で見つめてきた。


「そう言うのは監督に聞いた方がいいよ。変な付け焼き刃で誤魔化すくらいなら」

「あ、はい……」


 何だか怒られてしまい、私はシュンとなった。それから時間はまるっと過ぎて、ついに撮影の仕事に入る日がやってくる。

 まずはメンバーの演技力のチェックと言う事で、今回の映画の監督の遠藤監督とご対面。少し強面の監督は、サングラスに無精ひげと言う如何にもな感じの人だった。


 次々にメンバーが呼ばれ、それぞれにアドバイスを貰っていく。緊張感が高まる中、ついに私の番がやってきた。言われたままに自分なりの演技を監督に披露するものの、その顔は全くほころびを見せなかった。

 全てが終わった後、サングラスの奥の鋭い目がキラリと光る。


「君、演技めてんの?」

「うう……っ」


 コテンパンだった。だって演技経験がないんだもん、しょーがないよ。この映画はメンバー全員が主演だから、ダメだったからってダメなりに頑張るしかない。それはそれで精神的にとても辛いものがあった。

 困った私は、次の空き時間に鎮守の森に直行する。


「助けてトリえもーん!」

「その呼び方……まぁいいホ。今度は何だホ」

「今すぐに名優になれるアイテムない?」

「ホ?」


 流石のフクロウも、いきなりの斜め上の要求にフクロウらしくグイーっと首を傾げた。私はため息を吐き出すと、仕方なく説明を始める。次の仕事が映画な事、監督から演技にダメ出しされた事、撮影は全員主演で参加な事――。

 身振り手振りを駆使して一生懸命に説明すると、トリもようやく理解してくれた。


「何だか大変みたいホ。じゃあ……これを使うといいホ」


 そう言ってその丸っこい体のどこかから取り出したのは、シンプルなデザインのネックレス。その先には、小さくて可愛らしいフクロウの飾りがついていた。


「それをつければ記憶力が良くなるホ。だから台本のセリフも忘れないし、演技指導も忘れないから自然と演技もうまくなるはずだホ」

「えっと……副作用とかは?」

「短期間なら大丈夫だホ。撮影期間は1ヶ月なんだホ? なら問題ないホ」


 こうして便利アイテムを装着した私はメキメキと――とまでは行かないものの、少しずつ監督の要求する演技に近付けるようになる。本格的な撮影が始まる頃には、監督に褒められる事も増えてきていた。

 他のメンバーもしっかり演技をこなし、撮影スケジュールは順調に進んでいく。


 ところが、ある程度日程を消化したところで妙な事が起き始めていた。それは天候問題。何故だか撮影しようとすると途端に雨が降るのだ。

 他は普通に晴れているのにロケ地だけがピンポイントで雨になる事も多く、撮影はどんどん延期していく。このままだと予定していた期日までに完成する事も怪しくなってきてしまった。

 まるで呪いじみたこの現象に疑問を持った私は、やっぱり鎮守の森に直行する。 


 雨の降りしきる中で傘を指した私が森に入ると、トリはすぐに私の前に現れた。フクロウがバサバサと翼を動かして目の前に降り立ったところで、早速相談を開始する。


「雨で撮影が伸び伸びになってるんだけど、この雨って何か変な気がするんだ。どう思う?」

「俺様もこの天気、おかしい気がするホ」

「どうにかなんないかな?」

「分かった、ちょっと調べてみておくホ」


 トリもやる気になってくれたので、私は安心して家に帰った。

 雨はその後も降り続き、ついに10日連続の雨模様となってしまう。この降雨の原因を調べていたトリは、ついにその犯人を特定した。

 やはり自然現象ではなく、何者かの仕業だったらしい。


 その犯人はぬいぐるみみたいな丸っこいヘビ、ナロン。ライバルグループ『ドラゴン☆パレス』のリーダー、水玉ひとみを影で応援しているキャラ(?)だ。

 考えてみれば、私達の映画の事がメディアに載った日から雨が降り始めている。原因がナロンの神通力だった事もあって、答え合わせは出来たも同然だった。


 山の頂上で雨を呼ぶ祈祷をする姿を見つけたトリは、すぐに急降下してナロンを威嚇いかくする。


「ナロン、今すぐ止めるホ!」

「ゲエーッ! 見つかったニョロ!」

「今すぐやめないとひどいホ!」

「わ、分かったニョロ。止めるから勘弁して欲しいニョロ……」


 トリの気迫に負けたナロンは、スゴスゴとどこかに去っていった。原因がなくなったと言う事で、嘘みたいに空は晴れていく。こうして撮影は再開された。


 再開されたはいいものの、既にスケジュールはギリギリ。もう些細ささいなNGも許されない雰囲気になってしまう。

 必然的に現場の緊張感もピークに達してしまい、メンバー全員がかなりピリピリした中で撮影に臨んでいた。


「あ、あの……これげ……あっ」


 ネックレスのおかげで忘れてはいないものの、その緊張感からつい私は台詞を噛んでしまう。当然ここでカットが入った。この失敗に私は深く落ち込む。

 メンバーも同じ緊張感の中にいるために誰も私を非難する事なく、もう一度最初から撮影は再開。時間もないし、もう失敗は出来ない。

 気合を入れて集中していると、今度こそうまく台詞も繋がっていき、他のメンバーもNGを出す事なくその日の撮影は終了する。


「うん、今のはすごく良かった。良い画が撮れたよ!」


 この時に監督からも太鼓判をもらい、私は自分の演技に自信が持てたのだった。

 その後もタイトな撮影は続き、何とか綱渡りをしながら用意されていたスケジュール内での撮影は完了する。


 クランクアップの日にはスタッフから花束をもらって、まるでプロの俳優さんのような扱いに感動してしまった。

 全ての撮影が終わった後は監督の領域。私達は黙って映画が完成するのを待つばかりとなる。

 

 その後もレッスンやらライブやらレコーディングをこなしていると、映画が完成したと言う話が舞い込んできた。

 ようやく完成したんだと、私達は手を取り合って喜んだ。


 映画は小規模ながら全国数ヶ所での上映が決定。地元の劇場では私達の舞台挨拶なんかもあったりした。当然、ミニライブ付きだ。少しでもファンを獲得しなくちゃだもんね。

 舞台挨拶の仕事も終わって劇場を出ると、自称ライバルグループ『ドラゴン☆パレス』のリーダー水玉ひとみが私を待ち構えていた。


「映画の完成、おめでとう。け、結構いい出来だったじゃないの……」

「あ、ありがと……」


 どうやら彼女も私達の映画を観たらしい。顔を真赤にしながらすごく言い辛らそうに感想を言うので、私もどんな顔をしていいのか分からず微妙な表情になってしまう。

 微妙な空気の流れるの中、ひとみがいきなり私の顔をキッとにらみつけるように見つめた。


「でも、本業なら負けないんだからねっ!」

「ふっ、受けて立ーつ!」


 こうして、私は目の前のライバルと火花を散らし合う。やっぱりライバルとは褒め合うよりも、こうして敵意むき出しの方がしっくりくるね。


 映画はそれなりに話題になり、心なしかライブの動員数も増えた気がする。映画の評判自体もただのアイドル映画とバカにするのは勿体ないと言う高評価を頂き、知る人ぞ知る傑作と言う扱いになったのだった。

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