第4話 私だけのオリジナルサイン

 今回はアイドル活動を始めて数ヶ月、まだファーストCDを出す前の頃の話。レッスンを重ねて自分達のパフォーマンスにも少し自信がつき始めた頃、月に数回行われるようになったライブも無事に終了し、私達は楽屋で休憩していた。

 私が千春って名前だからか、メンバーには名前に季節の言葉が付いている子が多い。


 ボーイッシュで美人系、背も高くてダンスのキレもいい冬野深雪、頭が良くて知的キャラで売っている夏川夏樹、おっとりとした天然系の秋山みのり、ちびっこでアニメ声のロリ担当の藤堂ゆかり、そして歌もダンスもトークもそつなくこなすセンターの私。

 自分で言うのもアレだけど、中々にバランスの取れているグループだと思う。


 雑談をしながら私服に着替えたところで、いつもすぐに帰ってしまうゆかりが今回もすっと気配を消して、いつの間にか楽屋からいなくなる。前世は忍者だったのかな? 

 残されたメンバーはそれぞれに思う事があるらしく、自主的に現時点での悩みを話し合う反省会みたいな感じになった。


「あのさ……」


 そう切り出したのは夏樹だ。頭がいいから悩みも深いのか、何か相談事があるといつも最初に声を上げるのは彼女だった。

 私達はその機転の良さによく助けられ事もあって、すぐに夏樹の周りに集まった。


「どうしたの?」

「お悩みですかぁ?」

「話してみて?」

「え、ちょ、近い近い……」


 私達が一気に迫ったため、彼女は両手を前に出してもっと離れるようにと言う仕草をする。それで適切な距離を取ってうまく場を作ると、夏樹は自分の持つ悩みを静かに語り始めた。


「私、もっと歌を上手くなりたいんだ。練習しなきゃって分かってるんだけど、みんなも一緒に練習してるじゃん。だから距離が縮まんなくて」

「夏樹ちゃん、十分上手いよ、私なんてね……」


 次に話し始めたのは秋。いつもおっとりしている彼女にも悩みはあるようで……。


「私、もっとダンスを上手くなりたい! 深雪ちゃんみたいに! 頑張ってるけど、私のは何か違うんだよね……」

「や、秋は秋で個性的でいいじゃんか。その個性を生かさなくちゃ、アイドルなんだから」

「本当? これでいいのかな?」

「いいんだよそれで。そう言う話なら私だって……」


 秋の悩みは、彼女の目標にされた深雪がさり気なく勇気付ける事で落ち着いた。この話の流れもあって、今度は彼女が自分の悩みを打ち明ける。


「私、みんなみたいにうまく話せないのがいつも気になってて。口下手なの直したいんだけど……」

「深雪ちゃんはクールキャラだからそこがいいんだと思うよ」

「千春はいいよな。何でもそつなくこなせるから。前からそうだったの?」

「わ、私は……えっと……」


 深雪をフォローしたつもりが、突然流れ弾が返ってきて私は困惑する。他のメンバーは必死に努力して、今の実力を身に着けているんだ。

 だけど私の場合は鎮守の森の謎のフクロウの力を借りたもの。そりゃ努力をしたのは自分だけど、何かの力を借りたのが変な感じで捉えられてしまわないか、急に不安になってしまった。

 なので話を逸らすために、ここで自分の悩みを打ち明ける。


「わ、私の悩みはサインなんだ。ほら、アイドルってサイン重要じゃん。今の私のサインってアイドルっぽくないし……」

「あーサインかぁ」

「確かに千春のサインはなぁ」

「失礼ですが、センスの欠片も……」


 何とかうまくごまかせたものの、あれ? 私のサインのメンバー内評価……低すぎ? 

 と言う訳で、その後の反省会の話題はショックで全て右から左に通り抜けてしまったのだった。


 次の日、昨日のショックが抜けきれなかった私はうつむき気味に登校する。そうして、学校の教室でも休み時間の度にサインのアイディアを書き留めていた。

 ノートには様々な謎の抽象画のような図形がいくつも生産され、私はペンを握ったままそれを真剣に見つめる。どれもしっくりこない。

 あんまり見つめすぎたせいで、私の中で何かがゲシュタルト崩壊していた。


「うーん……分からん」

「何やってんだ千春」

「な、何? 勝手に覗くな健吾!」

「別にいいじゃ……。お、サインか」


 悩める私にまた健吾が絡んできた。しかも常人ではすぐには判別出来ない私の書いた謎の図形をすぐにサインだと見抜く。一体何者なのよこいつ。

 私は興味深そうにノートを眺める彼の顔を思わず見つめてしまう。健吾はそんな私の視線に気付く素振りも見せず、楽しそうにノートを凝視していた。は、恥ずかしい。

 恥ずかしさが限界値を余裕で突破したのでノートを隠そうと手を伸ばすと、顎に手を当てていた彼が私の試作品のひとつを指さした。


「これとかがいんじゃね? 俺これ好きだわ」

「な、ななななな……」

「これだけ書いてるんだから、どれがいいかで悩んでんだろ? 俺はこれを推すな」


 彼はそう言うと、屈託のない笑顔で私の顔を見る。顔が熱くなってきた私は、すぐにノートを机の中にしまった。


「そ、それはどーもありがとーございました!」

「ま、自分がいいと思ったやつでいいんじゃねーか? じゃな」


 健吾はそうアドバイスをすると、しれっと教室から出ていった。あれ? もしかしてあいつ私に助言をするために来ただけなの? 

 遠ざかる彼をしばらく目で追っていると、背後で冷たい視線を感じて振り返る。後ろの席は健吾に恋する私の友達、みちるだ。ヤベェ。

 その後、何とか誤解を解こうと弁解に必死になったのは言うまでもない。


 残りの休み時間を全て使って、思い付く限りの語彙力を総動員して、放課後にコンビニスイーツを奢ってようやく彼女の怒りを解く事が出来た。友情を保つのって……大変だね。


 結局自分の納得出来るサインを思いつけなかった私は、また鎮守の森にやってくる。最後に頼るべきは、幸せを呼ぶ幸福のフクロウだ。


「おーい!」


 最近は呼び慣れちゃって、熟年夫婦のノリでトリを呼ぶ。すると向こうもやれやれと言った感じで、面倒臭そうに私の前に現れた。


「また来たのかホ。暇なのかホ?」

「ちゃんと悩みを打ち明けに来たんだよっ!」

「ホウ? それはどんな悩みだホ?」


 何だかんだ言って、困っていると助けてくれる。だからいつも頼っちゃうんだよね。と言う訳で、早速私は今の悩みを打ち明けた。


「サインホ? 好きに書けばいいホ」

「だから、好きに書こうと思っても何か納得行くのが書けないんだよっ!」

「仕方がないホー! じゃあこれを使うホ!」


 そう言ってトリが渡してきたのは、不思議なデザインのペンだった。一体どこにこんなものをしまっていたんだろう。ま、口から吐き出されるよりは良かったけど。体がモコモコしているから、意外と色んな便利道具が収納されているのかも知れない。つくづく謎の多いフクロウだなぁ。

 私はペンを受け取ると、それを様々な角度から眺めた。ファンシーショップに置いてありそうなデザインの可愛らしいピンクのペンは、不思議と私の手によく馴染む。


「これを使うとどうなるの?」

「それは自分の潜在意識を素直に手に伝えるペンだホ。きっと納得出来るデザインに導いてくれるホ」

「これ、私にくれるの?」

「望みが叶ったら自然に消える素敵な仕様なんだホ」


 トリはペンの仕組みをドヤ顔で説明する。どうやら使い切りの便利アイテムのようだ。まぁ、私は理想のサインさえ書ければそれでいいから、これは有り難く受け取っておこう。


「よく分かんないけど分かった! ありがとね!」

「アイドル活動、頑張るんだホ!」


 その後、そのペンを使ってノートにサインのアイディアを書きなぐっていると、突然ペンが勝手に走り出し、潜在意識の奥底にあった何かを形にし始めた。

 無我夢中で書いていたら、ノートに自分の納得するサインが描かれる。これ! これが私の求めていた私らしいサイン!


「でけた!」


 満足感と達成感がこみ上げてきた私は、思わず歓声を上げた。その瞬間、トリから貰ったペンはキラキラと柔らかい光を発しながら、蒸発するように消えていく。

 まるでゲームでモンスターを倒した後みたいな感じで、気がつくとペンはすっかりなくなってしまった。私は消えてしまったペンと、ペンをくれたトリに心の中で感謝する。

 そうして別のペンを取り出すと、完成したサインを忘れないように何度も模写して完璧に自分のものにしたのだった。


「どう、今日からこれが私のサイン!」


 ライブ前、私はメンバーに新しいサインをドヤ顔で披露する。以前酷評していたメンバー達にも新サインの評判は上々で、私は小さくガッツポーズ。

 握手会でのファンからの反応も良くて、私はますますアイドル活動に邁進したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る