なないろぱれっと

ゆずきあすか

第1話 最高の笑顔

 ――ここは専門校の生徒が暮らす アルストロメリア寮。

 現在ここには三人の若き卵の生徒が共に生活を送っている。


「お姉ちゃん入るよー」

「どうぞー」


・一ノ瀨二葉いちのせふたば/15歳/妹

・一ノ瀬芽衣いちのせめい/15歳/姉


 今日は妹の二葉が姉の芽衣の部屋を訪れていた。

 そこで二葉はあるものを目にした。それは引っ越してから1ヶ月過ぎても部屋の隅に重なったままの段ボール。二葉は芽衣に注意を促す。


「あのさお姉ちゃん、この段ボールいつまで山積みにしてるの? いい加減整理してよ」

「大丈夫だよ、やる気が出たら片付けから」

「やる気って……それはいつ出てくるの?」

「うーん……そのうち? いつか出てくるよー」

「……」

「もう、分かったよ。来週にはちゃんと片づけるから」


 芽衣は二葉の言葉を受け流しベッドの上で寝ころびながら漫画を読んでいる。

 時々聞こえる笑い声に虫唾が走る。


「散々聞いたよ、そのセリフ。お姉ちゃん連休中には片づけるって言い張ってたのに結局やらなかったじゃん」

「ふぇ? うん……暖かいと眠くなっちゃうよねぇ~」

「(典型的な五月病だ)」


 芽衣は暖かなお日様に照らされて徐々に瞼が重くなる。ウトウトし始めた様子を見て二葉は重い腰を上げた。


「はあ…… 仕方ないな。適当に片付けるから後で覚えやすい所に置きなおしてね」

「……」


 芽衣からの反応は無い。


「お姉ちゃん聞いてるの――」


 二葉が振り向くと、毛布を被り睡眠の体制に入った芽衣の姿があった。


「寝てる!?」


 案の定ではあったが驚きを隠せない。

 二葉は浅く溜息を吐きながらも姉には甘い性格で、段ボールから本を取り出し本棚へと並べ始めた。


「もう、お姉ちゃんはいつだってマイペースなんだから。えっと同じシリーズはなるべく一列にして――」


 文句を思いつつも姉の世話にお節介な行動をしてしまう。

 今思えばに来る前もそうだった――


―――【約1か月前 】


 芽衣と二葉はシェアハウスで暮らすことになったので荷造りをしていた。

 しかし一向に作業が進まない。その原因は姉である芽衣にあったのだ。初めは真面目に手を動かしていたのだろうが、目を離した間に漫画に手を付け、それ以降手が止まったままであった。そこに丁度、自分の荷造りが終わった妹の二葉が芽衣の部屋に様子を見に来た。


「ねえ、まだこれしか終わってないの?」

「うん」


 少し不満げそうに話す二葉とは対立に満面の笑みで返答をする芽衣。


「お姉ちゃん、このペースだと今日中に終わらないよ。余計に散らかってるし」

「大丈夫だよー心配しないで」

「……その自信はどこからくるの?」


 不思議そうな顔を浮かべる二葉。すると芽衣は寝ころんでいた体制から立ち上がり二葉の背後から抱き着き甘えてくる仕草を見せた。


「二葉が全部やってくれるでしょ?」

「やらないよ!」

「え~そう言っていつもやってくれるじゃあ~ん」

「(甘やかしすぎた自分が憎い)」

「頭撫でてあげるから……ね?」

「別にしなくていいよ! 子どもじゃないんだから!」

「じゃあ抱きしめてあげる~」

「いや、それは本当に大丈夫。別の怒りが生まれそう」

「どゆこと!?」


 しつこく絡んでくる芽衣とそれに対抗する二葉。決着が着かない話し合いに救世主が訪れた。


「二葉、芽衣ちょっと手を貸して欲しい……」

「あっお母さん! ちょっとお姉ちゃん離れて……!」


 現れたのは母の彩佳あやか

 しかし母から見た二人は姉妹仲良くじゃれている様子だった。


「あらあら二人とも仲が良いんだから」

「違う! てか聞いてよ、お姉ちゃんったら全然荷造り進んで無いんだよ。お母さんからも言ってよ」

「まあ、それは困ったわ。実はお母さん――先週見逃したドラマの再放送を観てたら手が止まっちゃって」

「(まともなのは私だけなのかな)」

「このシーン感動するのよね」

「へえ、お母さん涙腺脆いんだね」


 芽衣と母が仲良くドラマの再放送を鑑賞し始めたので二葉が強引に阻止する。


「お母さん、しっかりしてよ!」

「あら、ごめんなさい」

「うんうん」


 二葉に叱られる母の隣でなぜか同情する様子の芽衣。母と共犯なのに。


「あっそうそう二人にね、聞こうと思ってたんだけど」

「お母さん話をそらさないでよ」

「押入れの整理してたら二人が着てた中学の制服が出てきてね、処分するのも勿体ないから親戚に譲ろうと思うの。芽衣ちゃんのは少し大きいかな?」

「あーこの前どうするか決まらなかったんだよね。私は別に良いけど、お姉ちゃんは?」

「芽衣も賛成だよ」

「うーん、でも譲るのもなんか寂しいって言うか……」

「えーお母さんが迷ってどうするの。譲るか処分しかないでしょ」

「二葉は分かってないなー。お母さんは芽衣たちの思い出を無暗に捨てるなんてできないんだよ。アイロンとか洗濯とか色々――」

「意外とお金掛かるのに3年使って捨てるなんて勿体無いのよね」

「……まあそうだよね」

「(お姉ちゃんの気持ちの切り替えが早い)」

「あっもしかすると芽衣ちゃんの制服お母さん着れるかも~」

「お願いだから絶対にそれで外に出ないでね」


 流石の芽衣でも母の提案には賛成できなかった。


「もう! いい歳なんだから」

「えーでもお母さん近所のママさんから、まだって言われるのよ? この前だって道に迷っちゃった時にナンパされちゃってね~」

「それ本当なの?」姉

「きっとオドオドしてるお母さんが可愛らしかったのね」

「それ自分で言うんだ」妹

「斬新なナンパだったわ――」


――◇◇◇――


「あら~ここさっきも通ったのよね。あっちだったかしら? それとも……」


 同じ道を何度も歩き、オドオドする様子の彩佳。そう彼女はが付くほどの方向音痴なのだ。なので迷路でもない道ですら迷宮の様に道に迷ってしまう。確かにここは曲がり角は多いが迷うほどでは無い。


「困ったわ、ご近所だったから携帯も置いてきちゃったし……」


 しばらく立ちすくむ彩佳の元に一人の男性が声をかけ近寄ってきた。


「あの、すみません――」


――◇◇◇――


「ご職業は何ですかって聞かれたの」

「「(お巡りさんだ、それ)」」

「お母さんは度が過ぎるよ。お姉ちゃんもだけど」

「えー何が?」

「あっ自覚ないんだ……」


 娘たちが仲良く会話をしている様子を見ていた母。なんだか懐かしい風を感じて昔の事を思い出していた。


「それにしても二人とも大きくなったわね」

「ん」

「?」

「つい最近まではハイハイしていたと思ったのに、子どもの成長って本当にあっとい

う間よね」


 二人の我が娘の頭を優しく撫でる母。それに少し抵抗する二葉に反抗期を感じた。もうすっかり大人の仲間なのね。


「お母さん頭なでないでよー」

「じゃあ芽衣が撫でてあげる!」

「そういう事じゃないってば!」


 しばらく家族の時間が流れた後、なんとか時間までに荷造りを終わらせて業者へと荷物を預ける事が出来た。その頃には日が地平線に沈みかかっていた。


「それじゃお願いします」


 業者が出発したと同時に二葉と芽衣も目的の場所へと出発しようとしていた。


「じゃあ、私たちも行くね」

「ええ…… あっそうだ!」

「「?」」

「二人にね、お願いがあるの」


―――――【】


「――て。――起きて。二葉、もう夕食の時間だよ?」

「……あれ。私いつの間にか寝ちゃってた?」


 ベッドに頭と腕を乗せ、うつ伏せで寝ていた二葉。少し遅れて自分の状況に頭が追いつく。


「そうだ、お姉ちゃんの部屋の片付けして疲れてそのまま…… ん? 毛布?」


 自分の背中には身に覚えのない毛布。


「二葉ったら揺すっても全然起きないんだからー。眠りが深い白雪姫だね」

「(そっか、お姉ちゃんが……)お姉ちゃん毛布ありがとう」


 二葉は少し照れくさそうに御礼を言った。


「まあ、お姉ちゃんとして当然の事をしたまでよ! えっへん!」

「(部屋の掃除しないのに、こういう時だけしっかりしてるんだよね)」

「二葉、二葉」

「なに?」

「もっと褒めて!」

「……自分で整理整頓ができるようになったらね」

「ぶー」


 口を尖らせて拗ねる様子の芽衣。

 姉妹が会話をしている最中、ドアをノックする音が聞こえた。


「芽衣さん、入りますよ」


 ドアを開けて部屋の中に入ってきたのはシェアハウスの住人であり、管理人の立場も兼ねている真白ましろいろはだった。


「あっ二葉さん。目を覚まされたのですね、今丁度、夕食の準備が終わった所ですのでリビングでお待ちしてますね」

「ありがとうございます、真白さん」

「もうお腹空いたよ~。いろはちゃん今日のメニューは何かな~?」

「今日は芽衣さんが大好きなハンバーグですよ」

「やったー!」


 真白の言葉に子どもの様にはしゃぐ芽衣。


「ちゃんとお野菜も食べてくださいね?」

「……二葉、お姉ちゃんのニンジンあげるね」

「自分で食べてね、お姉ちゃん」


 ――その後、三人は一緒に夕食を済ませ軽い雑談の後に片付けの作業に移った。

 基本的に家事当番は週で交代制を行っている。


「では、私は後片付けがあるので先に二人でお風呂に入いっちゃって下さい」

「はーい! 二葉いくよ!」

「なんでそんな張り切ってるの?」


 姉妹は仲良く浴室に向かった。

 先に身体を洗い湯船に入ったのは妹だった。後に続き姉が身体を洗い始めた。ご機嫌な様子の姉とは違い、どこか不安気な様子の妹。それには姉も気づいた模様。


「ねえ二葉……元気ないけど、どうしたの? 悩み事ならお姉ちゃんが相談に乗るよ!」

「…… あのね」


 二葉は少し話す事をためらったが、胸の内を姉に話し始めた。


「さっき夢の中で、お母さんとの会話を思い出したの」


 それは夢の続き、ここに来る前に母と交わした会話を思い出していた。直前に母は公園に行こうと言い出したのだ。


【】―――――


「ごめんなさい、急に三人でお散歩したとか言っちゃって」

「時間に余裕があるから大丈夫だよ。ねえ二葉」

「うん」


 森林が生い茂る木陰の小道。

 近所にある公園だが中々の広さを誇っている。日中は走って運動をする人やベンチに座るご老人、無邪気に芝生で遊ぶ子どもや犬と一緒に散歩をする人まで様々な人々が時間を過ごしている。


「確か最後に家族で歩いたのは、もう十年も前ね」

「お姉ちゃん覚えてる?」

「十年かぁ……流石に覚えてないかなぁ。5歳の頃だもんね、まだハイハイしてるよ」

「いや流石に自立してるよ。幼稚園に通ってたじゃん」

「お母さんは覚えてるの?」

「お母さん物覚えがいいから今でも昨日の出来事の様に思い出せるわ」

「えー、でもお買い物のメモとかよく忘れて―― 」

「お姉ちゃん空気読んで!」


 二葉が芽衣の口元を手で押さえる。

 談笑しつつ少し歩いた先には大きな桜の木がそびえ立つ広場に出た。


「大きいねぇ」

「小さい頃ここに来ると二葉ちゃんは必ず、この桜の木の下で踊ってたのよ」

「そうだっけ?」

「それにつられて、芽衣ちゃんも一緒に踊ってたわ」


 クスッと笑う母。


「昔のお姉ちゃん、人のマネっこをするのが好きだったもんね」

「うんうん、若気の至りだね」

「真似する度に転んで、よく泣いてたわね」

「若気の至りだね」

「関係無いと思うよ……あっそろそろ行かないと」

「そうだね」


 二葉が自身のスマートフォンで時刻を確認。

 そこまで遠くはないが歩くとそれなりに時間を必要とするため、暗くならないうちに目的地に着きたいところ。


「それじゃあここでお別れね。芽衣、二葉、たまには帰って来てね。お母さん待ってるから」

「うん、またね!」

「お母さん、道に迷ってもナンパには気をつけてねー」

「その時は芽衣の制服を来て外出するわ~」

「お母さんなら絶対に似合うよ~」

「(多分また職質されるんだろうな)」


 芽衣は笑顔で手を振り、二葉は母に注意を促した所でしばしお別れの会話を済ませ、その場を後にした。

 ――あれから1か月が過ぎた今現在。母との連絡を取ろうと思えばアプリなどを用いることで手段はいくらでもある。だが、文面だけの言葉と実際に会って会話をするのでは精神的安定は全く違うもの。


「お母さん一人で大丈夫かな。おっちょこちょいな所もあるし……」

「まぁね~」


 時間を空け芽衣も二葉と対面する形で浴槽に浸かる。話を聞きながら浮かべてあるアヒルのおもちゃで遊ぶ。


「誰か一緒に居ないと危なくて気が気でないし、頭撫でて貰わないと元気で無いし

……」

「うんうん、そうだね。頭撫でて…… ん?」

「やっぱり……家族全員でずっと一緒に居たい――」

「(ホームシックになってる!?)」


 二葉は顔を下げ、芽衣と視線を合わそうとしない。恐らく涙を見られたくないのだろう。自分の弱いところを相手に見られたくない。不安などの色んな感情が込み上げてきて精神的にも辛くなってしまったのだろう。


「進学先だって本当は別だったのに…… お姉ちゃんは私の方に合わせてくれて…ブクブク――」


 水面に顔を付け泡を吐く。


「(重症だなぁ)大丈夫だよ、お母さんに会いたくなったらいつでも会いに行けるんだし。それに……芽衣は自分の夢を叶えるために、に来たんだよ? 合わせたわけじゃないよー」

「……」

「だから諦めずに頑張ろう? そしてさ―― 」


 芽衣は両手で二葉の方に手を当て、同じ目線で見つめ合う。

 ――この瞬間、私の瞳には輝く姿が映った。誰よりも前向きで、落ち込んでいる人がいれば支えとなって、困っている人には優しく話しかけて、決して嫌な顔なんてしない。笑顔で、輝いて、憧れて、きっとが向いているんだろうな。


「一緒になろうよ、に!!」


― To be Continued ―

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