第72話 明日の記憶

「ねえ、明日のこと覚えてる?」

ケイコが突然言い出したので、私は戸惑ってしまった。


「明日、何か約束してたっけ?」

「違うって。明日何が起こるか」


――何言ってんの、こいつ?

正直言って私は、最近ケイコとつるむのが、苦痛になっていた。


ケイコとは、今の会社に入社して以来の友達だが、はっきり言って性格が暗いので、話していると、こっちまで暗い気持ちになるのだ。

そんなだから、ショウさんも…。


***

次の日、私はショウさんと、いつもの場所で待ち合わせをしていた。

しかし現れたのは、ケイコだった。


「何であんたがここに…」

驚いた私を、ケイコは暗い眼で睨む。


「ショウなら来ないわよ。ついさっきそこで、殺してきたから」

そう言いながらケイコは、血まみれの包丁を私に見せたのだ。


あまりのことに絶句する私に、ケイコはさらに暗い眼をして言った。

「やっぱり覚えてないのね」


「な、何言ってるの?ケイコ、あんた本当にショウさんを…」

「殺したわよ。

そして今から、あんたも殺すのよ、リサ。

また、いつものように」


「いつものように?」

私はケイコの言葉に、完全に混乱してしまった。


「今回も覚えてないようだから、教えてあげるわ。

私は、この時間に、この場所で、もう何回も、あんたを殺しているのよ。

もう数えるのも面倒になったけど、20回以上は殺してるわね」


言葉を失っている私に向かって、ケイコは容赦なく、言葉を浴びせ続ける。


「そしてまた、1週間前に戻るの。

アンタとショウが、私を裏切って、こっそり付き合ってるのを知った、1週間前にね。


ショウは私の恋人だったのに。

それを友達のあんたが、コソ泥みたいに奪ったの。


だから憎悪を募らせて、あんたたちを殺すの。

でもあんたは、何度1週間前に戻っても、全く今日のことを覚えてない。


私だけが覚えてるのよ。

あんたたちを憎み続けた1週間と、ここであんたたちを殺したことを。


どうして私だけが、苦しみ続けなきゃならないの?

あんたたちなんて、死ぬ時の一瞬の苦しみだけなのに」


「そんなに苦しいなら、止めればいいじゃないの」

私が辛うじて口にした言葉が、ケイコを逆上させた。


「それが出来るなら、とっくにやってるわよ!

どうしても、あんたたちを殺したい気持ちが抑えられないから、何回も繰り返してるんじゃないの!」


私に向かって怒鳴り散らすケイコの眼からは、大粒の涙が流れ落ちていた。

「あんたが昨日、今日のことを思い出していれば。

そして今日この場で、ショウと待ち合わせていなければ。

もしかしたら、私の未来も変わってたかも知れないのに」


「だから昨日、あんなことを訊いたの?」

「そうよ。でも、馬鹿なあんたは、やっぱり思い出さなかった」


「じゃあ昨日、そう言ってくれればよかったじゃない。そしてら今日は…」

そう言いかけた私を、ケイコの怒りの声が遮る。


「そんなこと、とっくに試したわよ。

でもあんたは、私の言うことを取り合わなかった。

そしてまた、この時間、この場所に、のこのこ現れたじゃない!」


「ねえ、ケイコ。お願いだから、殺さないで」

無駄だと知りつつ懇願した私に、返ってきた言葉は、冷徹そのものだった。


「あんたって、やっぱり馬鹿ね。毎回同じことしか言わない。

もういいわ。


昨日あんたが思い出すまで、何回でも殺してやるわよ。

バイバイ。またね」


そう言ってケイコは、私の鳩尾みぞおちに包丁を突き刺した。

薄れゆく意識の中で、私は思った。

――私もまた、1週間前に戻るんだ。

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