第62話 背後霊

昨晩は楽しいことがあって、調子に乗って飲み過ぎた。

目覚めた途端、頭痛と胃を持ち上げられるような不快感が襲って来る。


俺は思わずトイレに駆け込むと、思い切り嘔吐えずいた。

しかし、出てくるのは胃液ばかり。

殆どものも食わずに、酒を呷ったせいだろう。


声が聞こえたのは、その時だった。

『気づいてるんでしょ?振り向いて』


掠れた女の声だった。

――気のせいか?飲み過ぎたかな。


『気づいてるんでしょ?どうして振り向いてくれないの?』

また声がした。

今度ははっきりと聞こえた。


思わず振り向きそうになって、俺は思い止まる。

嫌な予感がしたからだ。

それに背中に妙な気配を感じる。


『振り向いて。振り向いて』

しつこく声がしたが、俺は振り向きたい誘惑にじっと耐えていた。

絶対振り向いてはいけないと、心の中で警鐘が鳴っていたからだ。


とにかく部屋を出た。

人ごみに紛れれば、声も聞こえなくなるかも知れないと思ったからだ。


近所の駅から地下鉄に乗り、都心部に出る頃には、さすがに声は聞こえなくなった。

少しホッとした俺は、先のことに考えを巡らせる。

――部屋に帰ると、また声が聞こえてきそうだ。さて、どうしたものか。


「イトウさんじゃないですか」

その時背後から、聞き覚えのある声に呼び止められた。


その声に思わず振り向くと、目の前に女がいた。

昨晩俺が殺した、通りすがりの女だった。


女は満面の笑顔で言った。

『やっと振り向いてくれたわね』

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