第10話

それ以来、僕はこの家にいることが堪らなく嫌になった。何もかもがおかしい。この家の人は自分さえよければ、他人を犠牲にすることに何ら躊躇いがない。ここにいては僕までもがそのような人間になるかもしれない。ただでさえ罪人の僕はより深い罪人になってしまう。もう精神的な現実逃避は出来ない。だから物理的に逃げたいと僕は心の底から思った。僕は初めて自分の意志で明確にそう思った。もう現実逃避ではとても対応できない。だから高校では私立文系コースに行った僕だが、予備校の春期講習、夏期講習、冬期講習では国立文系コースに通い必死で勉強した。勉強のこと以外は一切考えなかった。僕のレベル的に第一希望が国立の大阪教育大学で他に関西大学と近畿大学を受けた。私立の推薦枠もあったが、僕はあえて一般入試にこだわった。祖父の強要ではなく、自分の意志で必死に勉強したかいがあり、関西大学には落ちたが近畿大学には受かり僕は最終的に受かった大阪教育大学に通うことが決まった。もちろん父のように教師になりたいわけではなく、ただ単に学力的な問題だけで決めた大学だった。そしてその頃から矢早さんの夢を見るようになった。薄暗い明け方に手水舎の前に誰かが立っている。僕は直感的に矢早さんだと理解する。矢早さんは僕に何かを話しかけている。だけど僕にはその『声』は届かない。その『声』は僕にとって重要で大切な『声』なのはわかっている。聴かなければ、聴かなければと僕は必死になるのだが、その『声』は届かないまま僕はいつも目を覚ます。

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