1-13

 まだ、夏にはなっていないはずなんだけど暑い日だった。久しぶりにお父さんが庭の木陰で目刺しを焼いてビールを飲み出していた。


「どうだ? 岩 目刺し久しぶりだろう? お母さんに聞くと最近 ご飯も残しているそうじゃぁないか 岩もミナツが居なくなって 食欲もないのか?」


『うーん そーじゃないけど 訳も無く 眼が回ることが多くなって どうも 調子が悪いんだ』と、応えていたつもりなんだけどー


「だろうな 僕も ミナツが居なくなって、張り合いが無くなったようでなー 可愛い子には旅をさせろなんて 酷な言い方だよなー あれは きっと 子供を持ったことの無い人の言い方だよー」 


『そんなことを俺に言われてもなー 今 目の前の目刺しを喰うのに必死なんだからー どうも 歯も弱っているみたいなんだ』


「お前 ミナツと会話していたのか? もしかして 人間の言葉 理解出来るのか?」


『あぁ ミナツちゃんとはな』


 夏休みに入ったのだろう、昼中に俺が駐車場の脇の木陰で寝ているとすずりちゃんが度々来てくれて、おやつをくれてブラッシングをしてくれる。


「岩ちゃん なんか 元気無いみたいよねー 暑いせいかなー」


 そして、夏ももう直ぐ終わるのだろうけど、すずりちゃんがやって来て、長い髪の毛を馬の尾っぽみたいに纏めて野球帽を被って来ていた。そして、短パンから細い脚が健康そうに伸びているのだ。俺は、その姿をミナツちゃんと重ね合わせていた。


「岩ちゃん 今日は 公園までお散歩に行こう! お昼ご飯に 岩ちゃんの為に 特別に小あじのつみれ作ってきたよ」と、俺を抱きかかえて、網目のバックに押し込んで自転車の前の籠に乗せて・・・『おい おい 何をするんだよー』


「少しの間 我慢だよー おとなしくしててー」と、首から上だけをバックから出したかと思うと、自転車をこぎ出した。すぐに、坂道になって、すずりちゃんは「ひぇーェー ヤッホー」とか言いながら平気で下って行くのだ。『おい オイ! 死ぬ気かよー』


 でも、直ぐに坂の下の公園に着いて、ようやく俺を解放してくれたのだ。


「岩ちゃん ここは木陰もあって風も通るから涼しいよ! 自由に散歩しなさい 遠くには行かないでね」と、自分はベンチに座って持ってきた本を読み出した。俺は、初めて見る風景にあちこちを探検しだしたのだ。


 ある程度 見廻った後 すずりちゃんのとこに戻って『ニャー』


「あっ 戻ってきたの お腹 すいたでしょ 食べよっかー」と、俺には あじのつみれというものをくれて、自分はおにぎりを食べだした。『うまい! 初めてだ こんなの』『フガァー フンニャー』


「おいしいでしょー 気に入った? 少しは元気になってね なんか 歩いているのも 時々 よろけているんだものー」と、俺を膝に乗せてブラッシングをしてくれていて


「あのね ミナツちゃん 9月に一度帰って来るって言っていたんだけど、やっぱり帰れないんだってー 岩ちゃんのことよろしくって・・・ だから 私が可愛がってあげるからね 元気出してよー」


 俺は、人間の女の子がこんなに大切に扱ってくれるなんて知らなかった。ミナツちゃんといい すずりちゃんといい・・・俺も、この子達を守らなきやーっと 感じていたのだ。


 その時、男の子が差し掛かって


「すずり 何だ ウチの猫と一緒なんか?」 ミナツちゃんの弟だ。


「そーだよ テッちゃん 何でここ通るの?」


「あぁ 部活の帰りに そばめし 食べに行った」


「ふふっ 口にソース付いている だらしないのー」


「うっ まぁー それより なんで ウチの猫と・・・」


「ウチの猫って言い方ないんじゃぁ無い? 岩ちゃんよ! ミナツちゃんも居ないし、テッちゃんが構ってあげないからー」


「そーいうわけちゃうけどー 猫ってさー 男には懐かないんだよー それに こいつはオスだからー」


『フガー』『そんなことないよ!  お前の扱いが雑なんだよー』と、俺はそっぽ向いていた。


「あのさー 扱い方が雑なんだって 岩ちゃんが言っているよ」


「そんなー すずり お前 岩の言うこと わかるんかー?」


「うん 最近 なんとなく この子が言いたいことわかるようになってきた 岩ちゃんも私の言うことわかるみたいよ」


「へっ お前なぁー 猫の世界に連れて行かれるぞー」と、捨て台詞で坂道を登って行った。その後、しばらく 俺はすずりちゃんに寄り添っていたのだ。この子とは、運命の出会いを感じていたのだ。

 

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