第2話
その日、本郷サヨリはラジオ番組に出演するために、タクシーで赤坂にあるラジオ局へと向かっていた。その日は豪雨ともいえるほどの大雨であり、道路は渋滞していた。
「お客さん、この先で事故があったみたいです。迂回ルートを通ったとしても、結構時間かかっちゃいますけれど、どうしますか?」
運転手がルームミラーで後部座席に座るサヨリの方を見ながら尋ねてくる。
どうしますかと言われても、運転のプロフェッショナルはそっちでしょう。サヨリはそう思いながらも、サイドガラスへと目をやる。外は大雨だ。ここからラジオ局へ向かうとしても三〇分は歩かなければならない。
「このままでお願いします」
サヨリは運転手にそう伝えて、スマートフォンへと目を落とした。ラジオの生放送がはじまるまであと四〇分。少し早めに出て来たことが功を奏したようだ。しかし、このままで行けば時間はギリギリもしくは遅刻となってしまう。
まいったな。そう思いながらサヨリはメッセージアプリでマネージャーに連絡を入れた。
しかし、マネージャーの既読はつくことは無かった。もしかしたら、マネージャーも渋滞にハマってしまっているのかもしれない。そんなことを思いながら、ノロノロと進む車内で時間が過ぎていくことに焦りを感じていた。
スタジオに入れたのは、生放送開始の二分前だった。他のサーモンピンクのメンバーはすでにスタジオ内でスタンバイに入っており、サヨリは「ごめんね」と謝りながらスタジオの中へと入った。ラジオ番組だったので、メイクなどを気にしなくてもいいのが不幸中の幸いだった。
そういえば、マネージャーの姿はどこにもない。いつもならば、ブースの外で放送の様子を見ているはずなのに。最初のうちは気になっていたが、生放送がはじまると番組に集中しはじめて、マネージャーのことは忘れてしまっていた。
「はい、おつかれさまでしたー」
番組が終わり、ディレクターがスタジオに入ってきた。
「あれ、マネージャーは?」
メンバーのひとりが言った。
全員が「あれ?」といった表情でスタジオの外へと視線を送る。しかし、そこにはマネージャーの姿は無かった。
しばらくすると、ラジオ局のスタッフがスタジオに飛び込んできて、なにやらディレクターと話をはじめた。なんだか妙な雰囲気だった。
その時、サヨリはスタジオの外にいるマネージャーの姿を見つけた。
「あれ、いるじゃん」
「え? どこ?」
みんながサヨリの指差した方へと目を向ける。
しかし、そこには誰もおらず、マネージャーの姿はどこにもなかった。
「ごめん、見間違えかも」
「もー、紅鮭ちゃんったら、天然なんだからー」
「あれ? おかしいなー」
サヨリの言葉に、メンバー一同が笑い声をあげる。
本当に見間違いだったのだろうか。確かに、あそこに黒いスーツ姿のマネージャーが居たように見えたのだが。サヨリは首を傾げた。
その日は、赤坂のラジオ局で放送されているラジオ番組をいくつかハシゴして、東京都公認のイベントである『サーモン祭り』のアピール活動をおこなった。
そして、やっぱりマネージャーは姿を現さなかった。
最後の番組の生放送が終わったのは、午前零時のことだった。控室で、今回の担当ディレクターがひとりひとりにタクシーチケットを渡してくれた。
結局、マネージャーは最後の最後まで姿を見せなかったのだ。
「私から言うのもなんだけれどもさ、マネージャーさん事故に遭ったらしいよ」
ディレクターがそう告げた。
「え……」
全員が唖然とした。
「ラジオ局に来る途中で交通事故に巻き込まれて……」
ディレクターがそう言うと、何だか嫌な予感がした。
「亡くなったらしいんだ……」
そうディレクターが告げた瞬間、控室の電気が突然消えた。
その場にいた全員が悲鳴をあげる。
「あ、すいません。スイッチ間違えちゃって」
外にいたスタッフが慌てて電気をつけて謝罪する。
タイミングがタイミングだっただけに、みんな怯えた顔になっていた。
まさか、マネージャーが死んでしまうなんて……。
メンバーはどうすればいいのかわからないといった面持ちで、その日は解散した。
「明日になれば、事務所から連絡が来ると思うから」
ディレクターはそういって、サヨリたちをタクシーに乗せた。
実はその時、サヨリにはみんなに言っていないことがひとつあった。
さっき電気が消えた時のことだ。
あの時、メンバーたちの間にマネージャーが立っている姿が見えた。
疲れていたから気のせいかもしれないし、あんな話を聞かされた後だからそう見えたのかもしれない。でも、あの時見たマネージャーは悲し気な顔でメンバーたちのことを見ていた。
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