現実の世界へ
二頭の聖獣は、三人をプットバックの木の近くで下ろした。聖獣に向かって手を伸ばす三人に、二頭の聖獣は顔を近づけてきた。優樹は、その大きな二つの顔を交互に撫でた。
「助けてくれて、ありがとう…」
陸は、ホワイトエンジェルを無言で撫でている。その顔は涙でぐしゃぐしゃだ。太一はブラックドリルの鼻先を撫でながら、
「まさか、お前が良い奴だったなんてな!」
と、言った。
聖獣たちは、三人をしばらくジッと見つめてから、空へと飛び去っていった。三人は二頭の聖獣を手を降って見送った。
◇◇◇
三人は改めて辺りを見渡し、沼がないのが不思議に感じた。すると、あの恐ろしい体験は夢だったのではないかと思った。まあ、厳密に言えば、ここは夢の世界なので、全ては夢なのだが……
これから三人は現実に戻る。三人はプットバックの木の手前にある、10段程の階段を上った。樹の幹にある扉を太一が開けると、中がパァッと明るくなった。三人が中に入ると、樹の中は小さな部屋になっていて、左右の木の壁にランタンがぶら下がっていた。そのランタンのロウソクに火が灯ったようだった。床には、人が一人通れる位の丸い穴が開いている。優樹が屈んで覗いてみると、穴の中は滑り台の様になっていて、側面には奥まで点々と、明かりが灯っていた。入り口付近は、明かりに照らされ、うっすらと見えたが、らせん階段のように長く続く滑り台は、途中から暗闇にかき消されて見えなかった。
優樹はためらった。終わりの見えない滑り台を、滑っていく勇気がなかなか出なかった。
陸は隣で首を横に振りながら、
「ぼ、ぼく……無理だよ!こんな暗い場所に飛び込むなんて!この先に何があるか分からないのに……僕、死んじゃうよ!」と、言った。
「大丈夫だって!滑るだけなんだから!マジ楽しそう!」
太一は穴の中を覗き込みながら、嬉しそうに言った。陸は上目遣いで太一の事を見て、「たいちのその性格が羨ましいよ……」と、ボソッと呟いた。それを隣で聞いていた優樹が、陸の方を見て言った。
「りく、私もね、すごく怖いけど……誰かと一緒だったら大丈夫だと思う……だから、私と一緒に滑ろう!」
陸は黙ったまま、優樹を見つめた。
「りくと一緒だったら私、きっと行けると思うんだ」
「……僕も、ゆうじゅが一緒なら行けると思う……」
優樹は小刻みに震える陸の手を握った。
「たいち、先に行っていいよ!私たち、一緒に行く事にしたから。ねっ?」
そう言うと、優樹は陸を見て微笑んだ。
「うん。たいち、ぼく、ゆうじゅと行くから大丈夫だよ」
太一は、えっ?という顔をして、優樹と陸の顔を代わる代わる見ると、視線を下に落とし、繋いでる二人の手を見つめた。すると、太一は視線を空中に泳がせながら、カニ歩きで二人に近づいて行った。
変な格好でこっちに歩いてくる太一に、優樹と陸は顔を見合わせた。太一が、カニ歩きのまま、二人の間に割って入ってくると、自然と優樹と陸の手が離れた。
「何なのよ?たいち!いきなり割り込んできて!」
「何の事だよ?俺はただ、りくの隣に来ただけだろ?りくは俺の友達なんだからな!」
「な、何なの?そんなのわかってるよ!何、ムキになってんの?」
「だって……俺の事、仲間外れにするからだろ!」
「そんな事してないじゃん!たいちは怖くないんでしょ?1人でも大丈夫なんでしょ?だから、りくは私と一緒に行こうとしただけだよ!ねっ、りく?」
隣で陸がうなずいた。太一は、口をとがらせながら、「俺だって……少しは怖いし。っていうか、けっこう行くのためらってるって感じだし」
と言って、そっぽを向いた。
「そんな風に見えないけどね……」
優樹が呟く。
「えっ?たいち……本当は怖いの?」
陸が心底驚いたように聞いた。
「べっ、別に、お前たちほど怖がってないよ!全然、1人でも行けるけどさ!……」
「一体、どっち?じゃあ、三人で一緒に行く?」
優樹が笑いながら言うと、太一はパッと優樹の方を向き、「何、笑ってんの!?別に俺は、1人でも行けるけど……お前たちは、俺が一緒のが方が安心でしょ?」と、言った。
「ぷっ……そうだね!二人より、三人一緒のが心強いしね!」
優樹は必死に笑いをこらえた。
「だから、何で笑ってるわけ?!だって、本当の事だろ?」と、太一はムキになって言った。
「うん、たいちも一緒のがいいに決まってるじゃん!ねっ、りく?」
「うん」
「だよな!じゃあ、決まり!俺が先頭で、真ん中がゆうじゅ、後ろがりくでいいよな?」
と、太一は勝手に順番を決めると、満足気に笑顔で穴の入り口に座った。優樹は一瞬、ためらいながらも、太一の後ろに座った。陸は、しばらく優樹の後ろで立ちすくんでいたが、「りく、大丈夫だよ。みんな一緒なんだから」と、優樹に声をかけられて、やっと座った。陸は優樹に、優樹は太一の体につかまった。三人はお互いが離れないようにくっついて座った。
「ゆうじゅ、りく!準備はオッケー?」
「うん、オッケーだよ…」
「ぼ、ぼくも……」
「よし!それじゃあ、レッツゴー!」
太一は手で木の壁を押しながら、ズリズリと前に進んだ。その動きには、少しもためらいを感じない。
「たいち、やっぱり怖がってないじゃん!」
優樹が言うと、「当たり前だろ!行っくぞー!しっかりつかまれよ!」と、太一は元気よく叫んで滑り出した。次第にスピードが上がっていく。
「ひえぇぇー!」
陸が後ろで変な声で叫んでいる。
優樹はぎゅっと目をつぶって、太一に必死にしがみついた。
「ゆ、ゆうじゅ、ぐ、ぐるしいよ…」
「ごめんねぇ〜!でも、怖いんだもーん!」
「はひぃぃ~~!」
陸は相変わらず、変な声で叫んでいる。
三人はくっついたまま、螺旋状にぐるぐると滑っていった。
「な、なんか気持ち悪くなってきた…うっぷ」
「お、おい、ゆうじゅ!吐くなよ!」
「大丈夫…我慢できるから…」
「……しっかし、なんか長くない!?この滑り台!」
太一が言った。
「私たち……一体どこに行くの?」
「俺たちは、現実に戻るんだろ?大丈夫か?ゆうじゅ!」
「うん…」
優樹はだんだんと頭がボーッとしてきた。
「何か、頭がぐるぐるしてきたよ……」
と、陸がぐったりとした口調で言う。
「 二人ともしっかりしろよ!」
「大丈夫……だよ」と、優樹が弱々しく返事をする。
「………」
陸はもはや、返事をする余裕はないようだ。
「 そういえばー!俺たちー!お互いの名前ちゃんと知らなくない?!」
「うっぷ……それ今、言うところ?タイミング間違ってない?」
「だって、もうこれでお別れかもしれないじゃん!現実に戻って、二度とこの夢見れなくなったら、俺、名前を頼りにゆうじゅを探すよ!」
「うっぷ……わ、わかったよ。私の名前は、なか……おぇぇー……やま……ゆうじゅだよ……」
「オッケー!なかおえやまゆうじゅね!」
(ち、違うって…本当は中山優樹だけど…)
と、教えたかったが、あまりの気持ち悪さに、言い直す事が出来なかった。
「俺は、前田太一!りくは……多分後ろでくたばってるだろうから、俺が代わりに教えるよ!後藤陸って言うんだ!」
陸は、うなずく元気もなくなって、優樹の背中にもたれ掛かっていた。
「また、絶対会おうな!夢でだけど」
太一が元気よく言った。
「……う、うん、きっとまた会おうね……おぇ」
そして、三人は次第に意識が薄れていき、やがて目の前が真っ白になった。
優樹が真っ白い空間をしばらくふわふわと漂っていると、前方にポツンと黒い丸い穴が見えてきた。すると、優樹の身体は引き寄せられるように、だんだんとその穴に近づいていった。そして、あっという間に頭から穴に吸い込まれていった。
◇◇◇
目を開けると、そこはもう、自分のベッドの中だった。うつ伏せで寝ていたのだろう。頭を起こすと、寝る前に読んでいた「妖精大図鑑」が目に飛び込んできた。
「あっ!……」
優樹が小さく叫ぶ。なぜなら、ページの右下部分がよだれで汚れていたからだ。優樹はしまったというような顔をしながら起き上がった。しばらくの間、ベッドに座りながら、よだれがついたページを見つめていたが、諦めたようにため息をつくと、本を閉じてベッドの端に置いた。何かとても長い夢を見たような気がしたが、頭にもやがかかったようで、はっきりとは思い出せなかった。誰か知らない男の子と話をしている夢だったような気がしたが、それ以上は思い出せない。なぜか、ずいぶんと時間が経っているように感じた。
「ゆうじゅー?起きてるのー?」
階段下から自分を呼ぶ母親の声が、寝ぼけた脳ミソの中を一気に突き抜けた。
「……あっ、はーい!今起きたとこー!」
優樹はのろのろとベッドから立ち上がり、足を一歩踏み出した。その瞬間、ゴンっと左足の小指を思いっきりベッドの脚にぶつけた。
「いった〜い!!」
優樹が足の小指を手で押さえながら、ピョンピョンとその場で飛び跳ねていると、
「どうしたの?!大丈夫?!何があったのー?!」
パタパタッというスリッパのせわしない音と母親の尋常ではないくらいの大声が耳に飛び込んできた。
「だ、大丈夫だよ!ちょっと足をぶつけただけー!!」
優樹はそう返事をして、一階のリビングまで降りていった。
リビングでは、美空はテレビを見ていて、母親は朝ごはんをテーブルに並べていた。
「足は大丈夫?」
優樹に気づいた母親が聞いた。
「うん、大丈夫」
「あんたって、本当におっちょこちょいなんだから!」
「……ねえ、パパは?」
「休みだもの、まだ寝てるわよ」
「今日って、何曜日?」
「何言ってるの?日曜日でしょ。まだ寝ぼけてるの?眠そうな顔して……昨夜寝るの遅かったんでしょ?」
「あっ……うん、寝る前に本読んでたら、寝るの遅くなっちゃって」
母親は笑いながら、「そうなの?何の本読んでたの?」と、聞いた。
「妖精大図鑑……」
「あー、それ、みくの!勝手に読んじゃダメー!」
「ごめんね!もう返すから!」
優樹がそう言っても、美空は口をとがらせて怒っている。優樹は美空の機嫌を直そうとして、
「そういえば、妖精図鑑にね、面白い事がのってたよ!妖精学校っていうのがあって、妖精さんもそこでお勉強するんだって!」
と、図鑑に書かれていたことを教えた。
「わあー、みくも妖精さんの学校に行きたいなー」
美空が声を弾ませて言った。
母親がトーストをテーブルに置きながら、
「妖精の学校?どんなお勉強するんだろうね!でも、みくはね、四月から
と言うと、急に、美空の顔が不安気に曇った。
「あれ?みく、どうしたの?もしかして、小学校の事が心配?」
母親が、心配そうに美空の顔を見つめる。
「……小学校って楽しいの?」
美空は上目遣いで母親を見ながら聞いた。
「そうねえ……ママはね、正直に言うと、お勉強はあんまり得意じゃなかったの。だから算数の授業はね、好きじゃなかったけど、図工と体育が好きでね、楽しかったよ。それに仲良しの友だちも出来たし……お友だちと遊んだりするのがすごく楽しかったよ。だから、みくも小学校に行ったらね、お友だちもできるし、きっと楽しいわよ」
「……でも、ゆうじゅは学校嫌いだよ。何で?」
「それはね、今、通っている学校が、ゆうじゅには合わないだけなの……だから、他にゆうじゅが通える学校を探しているところなのよ」
「ふーん……そうなの?ゆうじゅ!」
美空が優樹の方を見て言った。
「……うん、でも、あんまりいいとこがなかったんだよね?ママ」
優樹はそう言って、母親の方を見た。
「そうなのよねえ……場所が遠かったり、お金高かったりね……でも、もうちょっと、探してみるわよ!」
母親はにっこり笑って言った。
「ねえ、ママ!みくにも学校探して!」
美空が母親の肩を揺らしながら駄々をこねた。
「わかったから!でもとりあえず、みくは近所の小学校に行こうね!行ってみなきゃ、楽しいかどうかも分からないんだしね?」
と言った。美空は、「はあ〜い…」と返事をしたが、明らかにその表情は不満げだった。
「ほら、ほら、そんな顔しないの!誰でも初めての事ってドキドキするけど、こればっかりはしょうがないのよ。他の子だってきっとドキドキしてると思うよ。だからみんな一緒!」
母親は美空の背中にそっと手を当てて言った。
「みく、学校嫌いな私が言うのもなんだけどさ。私が学校に通って良かったと思う事はね、友達ができたことかな。それだけは本当に良かったって思うよ」
優樹がにっこりと笑って言った。
「それに......かわいい水色のランドセル、買ってもらったでしょ?みくが学校に行かなかったら、ランドセルさんが泣いちゃうよ?」
言いながら、優樹は美空のランドセルを撫で撫でした。
「ランドセルは泣かないもん!」
美空は頬を思いっきり膨らます。
「そんなことないよ?ホントに泣くんだよ」
優樹はこっそり、テーブルに置いてある水が入ったコップに人差し指を突っ込み、指に付いた水滴をはなのランドセルに付けると、「ほら!みく、見て!ランドセルさんが泣いてる!」と、言った。
「そんなのうそだもん!」
膨れっ面の美空は、視線だけをランドセルの方に向けた。
「えっ?……」
一瞬、美空の表情が固まった後、目が大きく見開かれた。
「えー!?ランドセルさんが泣いてるー!」
「でしょ?きっとさ、ランドセルさんははなに背負って欲しいんだね……」
優樹にそう言われ、美空はじっとランドセルを見つめると、
「ごめんね、ランドセルさん!みく……入学式には行くね!だから、泣かないで!」
と言って、ぎゅっとランドセルを抱きしめた。
そんな美空の様子を見て、優樹と母親は顔を見合わせて微笑んだ。
◇◇◇
太一は天井を凝視した。すると、いつもの見慣れた星の模様が目に飛び込んできて、ここが自分の部屋だとわかった。
(あれは夢?現実?夢にしては、すごくリアルで現実感をもった夢だった……そうだ!りく!あいつの所に行って確かめよう!)
太一はベッドから飛び起きた。机の上にある、デジタル時計を見ると、6時40分。日付は4月1日(日)と表示されている。
「あれ?一晩しか経ってないんだ……何かマジで変な感覚だなぁ。そういえば、日曜って……バーベキュー!りくとする約束してたんだった!」
太一は急いで服に着替えた。
階段をかけ降りると、焼きたてのパンの匂いが漂ってきた。太一は思わず顔をしかめた。
「あら、おはよう!ちょうどパンが焼けたとこよ!」
母親が太一に気づいて、パンを容器から取り出しながら言った。
「……今日もパン焼いたの?」
太一の母親は、最近パン作りにはまっているらしい。
「あら、いいじゃない?美味しいんだから!たいちも好きでしょ?」
「うん、まあね...」
太一は内心、もうそろそろパンは飽きたなと思っていたが、言葉にはしなかった。この分だと当分朝食はパンが続きそうだ。
「ねえ、今日はバーベキューする予定だよね?」
「そうよー、りくちゃん呼ぶんでしょー?朝食食べたら買い出しに行くって、お父さん言ってたわよ。太一も一緒に行くでしょ?」
「うん。でも、その前にちょっと、りくん家に行ってきてもいい?」
「いいわよ~」
母親は返事をしながら、パンの中に得体のしれない具をせっせと詰めていた。太一は一瞬、目をぎょっとさせたが、そのまま庭に出た。
庭は野球が余裕でできる広さがある。全面が芝生で一部をパターゴルフが出来るように改造してある。たいちの父親は、毎朝6時に起床した後、一時間程庭でゴルフをするのが日課だ。
「お父さん!」
太一は、ゴルフをしている父親の背中に声をかけた。
「んー?何だ?」
父親はクラブを振りながら返事をする。
「買い出し行く前に、りくに会いに行ってきていい?」
「んー?何でだ?どうせ、バーベキューで会うだろ?」
「あー、そうなんだけど……」
たいちが何て言おうか迷っていると、
「あっ!わかったぞ!一緒に買い出しに行きたいんだろう?」
「……あっ、うん!そうなんだ!」
太一が助かったとばかりに元気よく返事をした。
ゴルフの練習が終わり、太一と父親は一緒に家に入った。すると、様々な形の大量のパンがダイニングテーブルの上に並べられていた。太一と父親は顔を見合せた。
「りくに……少し持ってくか?」
「う、うん」
朝食後、太一は余ったパンを袋に詰めると、陸の家に向かった。
◇◇◇
「すみません、おばさん、朝早くから……」
太一は、陸の母親にそう言ってから、
「母がたくさんパンを焼いたから、りくの家に持っていってって。良かったら食べてください」
と言って、パンを差し出した。
「あら、こんなに沢山…美味しそうね!ありがとう!さっそく、朝食に頂こうかしら?たいちゃんも一緒に食べていかない?」
「僕はもう食べたんで大丈夫です。あの、りくはいますか?」
「あら、ごめんね!気づかなくて。今、呼んでくるわね!」
「すみません」
しばらくして、陸が目を擦りながら玄関まで来た。
「どうしたの、たいち?まだバーベキューの時間まで早くない?」
「違うんだよ!そうじゃなくってさ!俺、お前に聞きたいことがあって……」
「……聞きたいこと?」
「うん!夢の事なんだけどさ」
「えっ?僕も聞こうと思ってたんだよ、不思議な夢を見てね」
陸はそう言ったきり、黙ってしまった。
「俺もなんだよ!不思議な夢見てさ!……」
太一はそう言うと、顔をしかめた。
「あれ?どんな夢だったっけ?」
「あれ?思い出せない……」
二人は、ほぼ同時にそう言うと、顔を見合せた。
「僕……さっきまで、憶えていたはずなのに……」
陸がそう言って首を傾げると、太一も、
「俺だって、さっきまで憶えてたんだ」と、言って首を傾げた。
二人は何か狐につままれたような気分だった。
あのような不思議な体験をした事は、現実に戻ると、三人ともきれいさっぱり忘れていた。
でも、心にはあのドキドキ、ワクワクした冒険の記憶はしっかりと刻まれているのだ。ただ思い出せないだけで…
「わん!わん!」
不意に犬の鳴き声がして、太一と陸ははっとした。見ると、ゴールデンレトリバーの散歩をしている近所のおじさんだった。前方からやってくるチワワがゴールデンレトリバーに向かって吠えている。
「ホワイトエンジェル…」
陸がボソッと呟いた。
「えっ?何?りく、今なんて言った?」
「…うん?えっ?」
陸は何の事か分からず、きょとんとしている。
「あの犬見てさ、ホワイト…なんとかって言ってたよ」
「えっ?本当に?……何だか、あのゴールデン……どこかで見たような気がする……」
「……まあ、近所の犬だしな!」
太一はそう言って、陸の肩をたたいた。
陸は何か腑に落ちない気がして、しばらく考え込んでいた。
「あっ!そうだ!陸、一緒にバーベキューの買い出しに行こうぜ!……おい、陸?」
「…うん?何?」
陸ははっとして顔を上げた。
「何だよ、ボーっとして!まだ眠いんだろ?」
太一がケラケラ笑った。陸もつられて笑った。
「バーベキューの買い出しに行くからさ、朝ご飯食べたら家に来いよ!」
「あっ、うん、わかった」
太一は陸の返事を聞くと、自分の家へと帰って行った。
この日の晩、太一と陸は、それぞれ自分の部屋で、昼間のバーベキューで夜まではしゃいだせいか、あっという間に眠りについた。
◇◇◇
一方、優樹はというと、新学期の不安で眠れずにいた。妹の美空の不安が痛い程分かる……小学校の入学式で、自分も不安で泣いてしまった事を思い出していた。
(新学期なんて、永遠と来なければいいのに……)
優樹はそう思いながら、夜の11時を回る頃、やっと眠りについた。
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