恋愛相談部活動日誌 ~負けヒロインが恋愛相談ってマジ?~

緑里ダイ

prologue 【6月4日(火)曇り】 残念な美少女たち

「ほかの子に取られてからじゃ遅いの! 恋は時間との勝負なの!」


 我らが部長、伊月いつき寧々ねねがホワイトボードをバンっと叩き、高らかに宣言した。


 ふふーんと、その豊満な胸を精一杯張って。

 ベストを着ているとはいえ、夏服だから余計に強調されてそれはもう……すごいことになっていた。


 ちなみに美少女。


 とまぁ……そんな見慣れた光景。


 しかし、今回はなるほどなぁと関心した。


 たしかに恋は時間との勝負だ。

 

 告白しようかなぁ。どうしようかなぁ。

 なんて考えていたら、ほかの子に取られてしまうこともあるだろう。


 本当に好きな子相手だったら、どんどんアピールして告白まで短期決戦を決めたほうがいい気がする。


 グズグズしてたせいで結局想いを伝えられずに失恋……なんて、よくある話だ。


「あ、あのー……?」


 長テーブルに、俺たちと向かい合うように椅子に腰かける女子生徒が、訳わからなそうに声をあげた。


「あーうん。ごめんねー? この子、毎回コレをやらないと気が済まないの」


 部長の隣に腰かけている三年生、柏木かしわぎあんが苦笑いしながら言った。

 伊月部長と同じ三年生ではあるが、ナイスバディな部長とは違い、なんていうか……まぁ、端的に言ってしまえばロリだ。うん、ロリ。ロリ美少女。


火村ひむら君? ひょっとして、超失礼なこと考えてないかしら?」


 ニッコリと笑う柏木先輩に、俺は勢いよく首を左右に振った。

 

 目に影差してません? アニメとかではよく見るけど、現実でそれやれる人いたんだ。すげぇ。


「そんなことよりほら! 相談ですよ相談! この子、困ってるでしょう?」

 

 恐ろしい目に遭う前に俺は話題を変える。


「あ、そうそう。そうだったよね。いやー、自分の名言の素晴らしさに感動してたよ」

「毎回っぽいだけで、名言でもなんでもないわよソレ」

「ちょっと杏!? それ酷くない!?」

「だーもうほら! 脱線してますって! 相談相談!」


 先輩二人の会話を断ち切り、俺は再度話を誘導する。


 このままだと折角のが帰ってしまうではないか。

 

 ほら、相談者もなんかあたふたして先輩たちのこと見てるし。


 部長はそんな相談者を見て咳払いし、ようやく本題に移った。


「それでえっと……佐野さのめぐみさん、だったよね? 一年生の」

「あ、はい! そうです!」

「うん。それで、改めて……相談内容を聞かせてくれる?」


 一年生を表す赤いネクタイをした佐野は、部長に促されて話を始めた。


「実は私、好きな人がいて……。その人を追いかけてこの学校に入学したんです」

「へぇ、素敵だね! それで?」


 素敵ほのぼのエピソードに先輩たちの頬が緩む。


 好きな人を追いかけて……か。

 なかなか可愛らしいじゃないか。


「その先輩、三年生で……」

「あら、私たちと同学年ってことね。知ってる人かしら」

「でもその先輩――」


 佐野は表情を曇らせる。


 おっと、さっきまでほのぼのエピソードだったのに……。


 なんだか雲行きが怪しくなってきた。


「既に彼女がいるんです」


 あ、あー……なるほど。

 

 そのパターンね。


 ……そのパターンかぁ。


「私、それでも先輩のことが好きで! どうしたらいいですか!?」


 たしかにこれは悩んでも仕方ないのかもしれない。


 好きな人を追いかけて入学してきたものの、すでにその人には彼女がいて。

 

 間接的な失恋……になるのかもしれないが、それでも簡単に諦められるものじゃないだろう。


 これは……なかなか難しい相談きたなオイ。


 だけど安心してもらおう。

 ここにはがいるのだから。


「ほら先輩がた。ここはビシッとお願いしますよ!」


 俺は話を聞いていた先輩たちに話を振る。


「うーん、そうだねぇ。あたしの意見でいいなら――」

「そうね。私の意見を言うのであれば――」


 いったれ! 美少女先輩コンビ!


 俺と佐野は、ワクワクした気持ちで先輩たちの言葉を待つ。


 さぁ、今日はどんな素晴らしい助言を与えてくれるのだろう。


 きっとタメになるような――


「「奪っちゃえば?」」


 ………。


 ……………。


「え?」

「は?」


 思わず、俺たちは声を上げた。


 一方の先輩たちは、別に普通のことを言ったかのようにあっけらかんとしている。


「あの、先輩? さすが奪えっていうのは酷というか……現実味がないというか……」

「えー、なに火村くん? じゃああたしたちを超えるような意見があるってわけ?」

「いや、それはないですけど……」


 なにも代案が出せない俺に、部長が「ふふん! でしょー!」とドヤ顔をする。


 どうしよう。ムカついてきた。


「だいたいさ! 自分を慕う女の子が入学してきてくれたっていうのに、彼女作るなんて酷いよ! 良くないよそういうの!」

「えぇ、本当にそう思うわ。一種の裏切り行為ね」


 裏切り行為ってなんだよ。


 怖い。

 怖いよこの人たち。


 別にその先輩、悪いことはしてないじゃん。


 高校生になったら付き合おう! みたいな約束とかしてたら話は別だけど。


 最初から佐野の一方的な片思いかもしれないじゃん!


 ……なんて言っても、この人たちは聞いてくれないんだろうなぁ。


「――ねぇ、佐野さん」

「ひゃ、ひゃい!」


 柏木先輩がテーブルの下で足を組み、机の上に肘を乗せる。


 そして……先ほど俺に向けたような素敵な『笑顔』を佐野に向けた。


「なんなら、私たちが『お話』……してあげましょうか? 私、そういうの得意なの」

「お、お話……?」

「えぇ、お話。腕や足を縛ったりとか、猿ぐつわを噛ませたりとか、あとそうね――」

「ストーップ! 出てる! 出てるから! あんたの悪いところ出てるからー!」


 なに初対面の後輩にとんでもないこと言ってんのこの人!?


 一見、落ち着いた性格の大人っぽい先輩なのに……。まぁロリだけど。

 この人、があるんだよなぁ……。


「なによ火村君。ここからが一番大事なことなのに」

「嫌な予感しかしないのでダメです!」


 先輩は不満そうに口を尖らせる。


 あー危なかった……。

 いやもうほぼほぼ口に出てたけど……。


 あ、ほら。佐野のことを見てみろよ。


 なんか顔青くして震えてない?


 私ヤバいところ来ちゃった!? ってなってるよ。


「ほら部長! ここは責任持ってバシッと改めてお願いしますよ! 柏木先輩はもう黙っててください」

「仕方ないなぁ。不甲斐無い部員たちなんだから☆」


 ウザ。


「こほん。えー、佐野恵さん。私たちからあなたに対する『回答』はこれです」


 部長は穏やかな顔を浮かべる。


 お? なんだかちょっといけそうな雰囲気?


 そうだよな。さっきのは場を和ませるためのちょっとしたジョークだよな。


 いやぁ、さすが部長。


 頼りにな――


「まず二人でデートをしてるところ、隙を見て男のほうを攫います」


 ん?


「そしてそのまま物陰に連れ込んで、自分と付き合ってくれるって言うまでボコボコに――」

「ストーーーーーーップ!!!」

「ちょっと火村君? 邪魔しないでよ~」

「いやするわ! いや全力で邪魔するわ! ……って佐野!? どうしたんだ佐野、おいちょっと待ってくれ! 急に帰るな――」

「……あらら、帰っちゃったわね。相談者」

「あんたのせいでもあるからね!?」


 佐野は全力ダッシュで部室から出て行ってしまった。


 先輩二人はそれでもケロッとしている。

 

 この人ら、自分の言っていることのヤバさに全然気が付いていない。


 俺は……深くため息をつく。

 それはもう、世界一深いバイカル湖すら驚くレベルの深いため息だ。


 そうだよな。


 やっぱこの人らに『恋愛相談』なんて……無理だよな。


 俺は改めて思った。


 とんでもない部活に入部されられてしまったたのだと――


 × × ×


 私立真曜しんよう学園。


 なんてことのない都内の、なんてことのない私立高校。


 ここでは、なんてことのない生徒たちが日々穏やかに過ごしている。


 そんな真曜学園に設立された一つの部活動。


 『恋愛相談部』。


 そこでは、個性豊かなたちが、恋に悩む相談者が訪れるのを日々待っていた。

 

 部員たちの共通点はただ一つ。


 それは。


 


 これは、そんな彼らの活動記録である。

 

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