【短編】ちょっとした残酷無慈悲物語

バゑサミコ酢

英雄が無慈悲に裏切られる話

『…………な、なんだよ……コレ……』



 突然 僕の胸に衝撃が走った。



 始めは 何が起きたのか 理解が 中々 脳に追いつかない。


 気付けば 僕の胸に鮮血を纏った 刃が生えていたとしか——それしか分からなかった。


 僕の口元にも それと呼応して 血液が伝う。

 

 刃の染まり具合を観察すれば それは とても人の生命を紡ぐには失ってはいけない量の 夥しさを僕に伝えてくる。所々 血の付着していない鋼が 篝火の光を反射し鈍く輝く様は 僕の双眸には 今までの人生で感じ得た事のない程 チカチカと眩しく映り込み それが鬱陶しかった。


 ただ この状況でも 自ずと理解してしまう。刃に付着した血が僕のモノであると言う事実を——


 現に 僕に伝った衝撃は大いに警鐘を打ち鳴らすに至り 先程から壊れたバイオリンの不協和音に似た耳鳴りが煩く 身体全身は まるで自分自身が心臓にでもなったかの様に脈打った。そして 直前まで熱っていた筈の体温はみるみると冷却の一途を辿る。


 

 コレら 僕に与えた情報の数々は やがて 1つの真実へと帰結する。



 


 僕は 不意に背後から 一突に刺されたのだという事実へと——





 僕の背後に居たのは一人しか居ない——身体を支配する衝撃を 僕の脳が処理に苦戦する中で 犯人の目星を 必死に思考し 導き出された答え……


 僕は 深く傷負った身体に鞭打って 背後を望むと……


 そこには やはり……想像と寸分狂わぬ人物が居た。



『どうして……君が……』



 ただ僕には その事実が受け入れられなかった。


 だって……そこに居た人物は 僕の『幼馴染』だ——


 一緒の村に生まれ 一緒に育ち成長した。唯一無二の大親友……一緒に喜びを分かち合い どんな苦難も乗り越える。共に旅をして戦ってきた“戦友”でもあった。


 

 僕の大切な人の一人だった。

 


 そして僕たちは たった今 世界を混沌の渦中に陥れた 魔神王を倒し 共に勝鬨を上げるであろう……瞬間を——



 僕の身体は 喜びとは別の衝撃によって……染まってしまった。



『……なッ……なんとか言えよぉ——ッオイ!!』



 そして 僕は腹の底から戦友に対して叫びを上げた。胸の致命傷を考えれば 声を張り上げるなんて 最早 死期を早める愚かな行為だ。だが……僕の思考は そんな事を考えるよりも先に反射的に口走っていた。

 自身のダメージからすれば この時の僕にそんな力は残されていない筈だが——これが 世間で言う『火事場の力』というヤツか……は分からない。

 だが 僕は何としても“彼”から真実を語って貰いたいと 渇望していたのだろう。



 何で 君が僕を——?



 親友では 無かったのか——?



 何故 今 僕を刺した——?



 どうして……僕たちの友情は 偽りだったのか——?



 僕の思考を占拠した疑問の数々は どれも 親友として 幼馴染としての彼に対して宛てたモノである。



 何故か……?



 僕が必死に捉えた 今の彼の表情は——


 狂気にも——憤怒にも——憐憫にも触れる事のない。







 優しさ







 それだけを内包した いつもの幼馴染としての彼が 血に染まる僕を見つめ続けていたのだ。

 コレが 僕には堪らなく不思議でしかなく……僕の心は 気付けば恐怖が侵食を開始していた。



『う〜ん? 何故……か? 何でだろうね? 私にも、よく分からないよ』


『……ッ?! な……何を……言って……』



 漸く 彼は沈黙を破ったかに思えたが……支離滅裂を極め 僕の脳は彼の考えを理解ができない。


 ただ……そんな僕を他所に 彼は尚も語りを続けた。



『でも……恐らくコレは、“優しさ”なんだよ! きっと!!』


『……や、優しさ?』


『——ッそうさ!! 魔神王を倒す為に、君は数え切れない時間を割いて、ひたむきに努力と研鑽を積んできた。己自身が傷つき、疲弊し切ろうとも、それを厭わずにね。これは、素晴らしいことさ! 苦難に耐えながらも剣の技術を磨き、死闘に身を委ねる君の姿は——まさに“英雄”だ!!』



 身振り手振りを大袈裟に 自身が大きな歌劇場に立つ1人の演者かの様に彼は嬉しそうに言葉を綴った。


 この場には 僕と彼……2人しか居ないというのに——彼にはまるで 大勢の観客が見えているようだ。


 だがそれでも 彼の表情は至って普通の 普段の彼そのもので……それが僕には異常で奇妙でしかなかった。



『私もそれなりに研鑽は積んできた方だが……君には遠く及ばない。所詮ただの凡人に過ぎない。でもね——君の負担を、引き受けてあげる事はできるんじゃないかと思ったんだ』


『……ッはぁ?』



 彼の発言は何1つ 僕に明確な答えを与えてはくれない。「負担を引き受ける」と言い放つ本人は 僕の胸に剣を突き立てた張本人だ。だというのに 彼は尚も喜色満面さを隠すでもなく 事の矛盾性には一切触れる素振りを見せず語りを続ける。



『魔神王を倒したのは君だ。つまり君は紛うこと無く、文字通りの“英雄”になったんだ。だけど……もういいんじゃないかと私は思うんだ』


『いいって……な、にが……?』


『君はもう十分頑張ったさ。“世界を救った大英雄”——そんな、重っ苦しい肩書きを背負って生きるのは……億劫じゃないかい……?』


『…………』


『だから、この僕が君の役割を肩代わりしてあげようと思ってね。君は、もう休んだ方がいい……』


『……だから……さっきから、何を言っている? 僕はそんな事頼んだ覚えは……!』


『皆まで言わなくとも、わ〜か〜る〜さぁ〜〜! 何と言っても、この私は君とは大親友! 小さな頃から、一緒にいたんだから……』





 肩代わり——? 



 英雄——? 



 大親友——? 



 僕には 何1つ……理解できない。もう既に 身体の感覚は殆ど失いつつある。血も多く失った。思考はほぼ朧気で……コレが 僕の飲み込みの鈍さへと直結した現象であるのか——? はたまた これは悪い夢なんじゃないか——? 現実を逃避した考えが僕に残る微かな希望だった。



 だが しかし……



 目の前の男は そんな僕を余程不幸の底へと引きずりこみたいらしい……



『でも、大丈夫……君の大切な“彼女”は 僕が代わりに守ってみせるから……』


『……ッ!?』



 彷徨いつつある僕の思考は 現状の危機的状況でも彼の不意に放った“彼女”との言葉を聞き逃さなかった。



『……に……を、どうしよって……!?』


『い〜や、どうもしない。ただ……君の訃報を彼女に伝えるだけさ』


『——ッ!?』


『そういえば君たち……この戦いが終わったら結婚するとか言っていたか? だけど、とても残念だ。それも享受できなくなってしまって……でも、これだけは暁光だったか……? 聖女様には先に脱出してもらっていた事で、君のこんな姿を見ることがないんだ。必要以上に彼女を悲しませずに済む——そこは嬉しい限りだよ。それに、君は彼女の今後を心配する必要はないよ。僕に任せてさえくれれば……』


『……君は……彼女に……何をぉお……!?』


『いや、なに……ただ、聖女様には「彼からは君の事をヨロシクと託された」とでも伝えるだけだけど?』


『——ッッッ……お……オマぇええーーーッッッ!!!!』


『お? 何だよ。そんなに喜ぶなって——』



 僕は 彼の言葉に我慢できなくなり 精一杯飛び掛かった。だが……既に僕にはそんな力など残されてはなく 闇雲に血溜まりを跳ねたに過ぎない。

 彼は その時に跳ねたであろう血飛沫を避けるや否や……僕の背に周り込み 突き立ったままの剣の柄へと手を掛け……



 そして……





 僕の背に片足を乗せて 剣を引き抜いた。





 そして僕の身体は 再び血溜まりを跳ねる。





 僕の命がここまで延命していたのも 剣が僕の胸に収まった状態だった事が大きく関与していたのだと——この時 漸く気づいた。

 何故なら剣が抜かれた瞬間 僕の中から大量の鮮血が周囲に飛び散ると同時に 微かに残されていた力も——血流と一緒に流れ出てしまった感覚が僕を襲った。

 


『……君は何も心配しなくて大丈夫だよ。君の「地位」や「名誉」、「女」に至るまで……この私が一身に引き受ける』


『……ッ……グフ……』


『だから……君は安心して去くといい! ッあ……お礼は別に要らないよ!

だって……』



 視界が黒く塗り潰される中 彼は僕の顔を覗き込み——





『……僕たち……“親友”……だろ?』





 不敵な笑みを貼り付けて そう呟いた。


 この時——優しさに満ち溢れていた彼は……遂に本性を露わにしたのだ。





『……ギ……ザ、ま……ぁぁああ……!!』


『……ぷッ……ククク……キャッハッハッハーーーーァア!!』



 僕は 人生で感じた事のないほどの怒りを抱え 大切だった友に対して声を張り上げた……


 つもりだ——


 だけど 僕の声など 彼の気色悪い下卑た嘲笑の前では最も容易く掻き消え 僕の鼓膜には そんな奇声だけが……




 

 いつまでも……いつまでも……





 煩く鳴り響く——




 そう いつまでも…………




 


 僕の意識が完全に途絶える寸前……微かに金属を打ち付けた音がしたように思われる。おそらく 彼が僕の胸より引き抜いた一本の剣……あれを地面にでも投げ捨てたのか——周囲の地形に乱反射し 響き渡ったモノだろう。


 あの剣は 僕が彼にプレゼントしたモノだ。細工師に習って 柄のデザインを僕の手で掘り込んだ。この世に2つとない……気持ちの籠った代物……





——だった——





 しかし……厚く千切れる事のないと感じていた友情は 最も容易く投げ捨てられた。





——裏切られた——





 その現実が最後に突き付けられるのを合図に……



 僕の意識は……



 静かに……



 残酷に……



 闇に堕ちていった。





 to be continued……?









 




 










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