第1章【5】

「残りの容疑者は宮廷魔法使いディーサ。僕の義理の妹だ」

「魔王陛下の養女であらせられますね」

 ディーサがどういう経緯で魔王の養女になったのかロザナンドは知らないが、特段、身分の高い家の出身というわけではない。生家は限りなく平民に近く、王室は特に女児を求めていたわけでもない。魔王になんの目的があるのか、ロザナンドにはまったく見当がつかなかった。

「もしディーサ様が反乱を企てていたとしても、殿下にはすぐわかってしまうのではありませんか?」

「それすらも利用しようとしていたんだよ。昨日までの僕はね」

 不敵に微笑んで見せるロザナンドに、ユトリロは少し困ったような表情になる。昨日までのロザナンドと今日のロザナンド。その違いはユトリロにはわからないだろう。

 宮廷魔法使いの詰め所に行くと、入り口付近にいた女性にディーサの呼び出しを依頼する。突然の王太子の訪問に驚いた様子だったが、宮廷内である以上、いつどこに王太子が現れてもおかしくはない。

 ややあって、ディーサが駆け足で詰め所から出て来た。緑がかった金髪をお下げにした可愛らしい雰囲気の少女だ。

義兄にいさま! どうしたの?」

「勇者パーティのことはラーシュから聞いたか?」

「ええ。魔術師と魔法使いが多いから、宮廷魔法使いを中心に隊を組んでいるところよ。必要であれば国王直属魔法隊も出動させられるわ」

「魔法使い、黒魔術師、白魔術師、従魔術師……それぞれに対応する必要がある」

「大丈夫。宮廷魔法使い隊のことは私がよく把握している。いくらでも対策はできるわ」

 ディーサは自信を湛えて微笑む。ディーサは宮廷魔法使いの管理に携わっている。宮廷魔法隊の能力を把握し、宮廷騎士隊と協力して精度の高い作戦を練ることだろう。

「きみは人魔抗争の際に父に拾われたんだったね」

 ロザナンドがそう問いかけると、ディーサはきょとんと目を丸くする。

「ええ、そうよ。両親を殺されて孤児になろうとしていたところを救われたのよ」

(救われた……。本当にそうだろうか)

 魔王の考えることは、実の息子であるロザナンドにもよくわからない。たったひとりの魔族が孤児になろうとしていただけで、哀れに思うようなことはないというのは断言できる。何かしらの目的があったはずだ。

「だから、今回の戦いで魔王陛下に恩を返したいの。対勇者戦でも必ず勝利を収めてみせるわ」

「本当にそう思っているの?」

 ディーサがまた目を丸くする。ロザナンドの言葉の真意を掴みあぐねているようだ。

「意図的に魔王に拾われるようにしたんじゃないのかな」

 ロザナンドの言葉をようやく理解したディーサは、嫌悪感を隠そうともせず顔をしかめた。

「まさか、大好きな両親を犠牲にしたって言うの? 義兄にいさまには本当にそうなのかわかるはずでしょ」

「わかってるよ。思い付きを言っただけさ」

「悪趣味だわ。まあ、何かあって私たち側近を疑っているのでしょう? でも、私には義兄にいさまのほうが怪しく感じられるわ」

 挑戦的な視線を向けるディーサに、ロザナンドは表情を崩さず先を促すように首を傾げる。

「千里眼を利用して、宮廷を掻き乱そうとしているんじゃないの? 魔王陛下に背く可能性が最も高いのは義兄にいさまのほうなんじゃない?」

「正直なお嬢さんだ」ロザナンドは笑う。「僕を疑うのは構わない。僕を倒すつもりで魔法隊を強化してくれ」

「…………」

「僕に敵わないんじゃ、話にならないからね」

義兄にいさまは勇者討伐に協力する気はないの?」

「どうかな。きみたちの能力が足りないと思えば協力するかもね」

 ロザナンドは不敵に微笑んでディーサに背を向ける。ディーサは悔しそうにしながらも、返す言葉がないようだった。ふん、と鼻を鳴らして詰め所に戻って行った。

 詰め所から充分に距離を空けると、ロザナンドは眼帯を外した。静かに瞼を下ろし、ディーサに意識を集中させる。

「ディーサが両親を犠牲にしたわけではないのは事実だろうけど、僕の千里眼で感知された以上、疑いは晴れないね」

「最終的に魔王陛下の懐に入り込もうとしている、とも考えられますしね」

「彼女は魔法使いだ。ニクラスとは違って、透視耐性すら隠すことができるかもしれない。その可能性を否定できないから容疑者に挙がったんだろうね。疑わしい立場だ」

 ロザナンドの左目には、戦火の中を逃げ惑う幼きディーサの姿が映し出される。その焦燥感に満ち溢れた表情は、それが狙って行ったことではないと証明している。それでも、ディーサは宮廷魔法使いとして高度な教育を受けている。透視耐性に加え、それを隠蔽する術を身につけていたとしてもおかしくはないのだ。

「なぜわざわざけしかけるようなことを仰ったのですか?」

「ディーサは素直な子だから、口を滑らせるか、魔法隊を強化するか……そのどちらかだと思うんだ。透視耐性を隠している可能性は消せないけど、魔法隊には期待できるかもしれないね」

 ディーサの為人ひととなりを完全に理解しているとは言えないが、単純な思考の少女だということは確かだ。短絡的と言うほどではないが、ロザナンドの“期待”には応えてくれるだろう。

「僕がいつか裏切ると思わせて強化すれば、より高みを目指せるだろうしね」

「殿下だから可能なことですね」

「そう?」

「確かにいつか裏切りそうと思えますからね」

 真面目腐った顔で言うユトリロに、ロザナンドは小さく笑う。

「魔法隊を強化するに越したことはないからね」

 ロザナンドが魔王を裏切った場合、魔族はロザナンドを追うことになる。そのときにロザナンドの能力に負けるようでは困るのだ。裏切り者は排除してもらわなければならない。そのためには、魔法隊の強化は欠かせない。ロザナンドは莫大な魔力を有している。騎士ではまず歯が立たないだろう。

「さて、これで容疑者の全員に会ったわけだけど」ロザナンドは言う。「きみはどう思った?」

「殿下が怪しく思われているなら、全員が怪しく見えてきますね」

「先入観なしで情報だけで考えてみて」

 ロザナンドの言葉に、ユトリロは首を捻る。

「ニクラスの可能性は消えたと考えても問題ないかと思われます。妹を人質にしているわけですから。アニタも可能性としては低いのではないでしょうか。せっかく両親が健全に暮らしているのに壊すとは考えられません。シェルとラーシュについては、可能性は払拭できませんね」

「僕の容疑はどうかな」

 ロザナンドは不敵に笑って見せる。ユトリロは目を細めた。

「確かにディーサ様の仰っていた通り、千里眼で掻き乱していると考えることもできます。ですが、私はこれでも騎士長を務めていました。殿下がただの愉快犯だとは思えません。目的が魔王陛下の討伐の阻止ではなかったとしても、何かしらの理由があって行動しているはずです。その理由は教えてくださらないのでしょう」

 ユトリロの見立ては正しい。ロザナンドの行動原理は魔王討伐の阻止ではない。その理由を話すことは簡単だが、いまのロザナンドにすべてを語るつもりはない。ここで話す必要はない。話す日が来るかは、いまは判然としない。

「私には魔王陛下に恩があります。それを殿下にご協力することでお返しできるなら充分です」

「どこまでも真面目な男だ」

 呆れていて、それでいて感心してロザナンドが言うと、ユトリロは薄く笑う。自分が真面目であることはもちろん自覚しており、それをロザナンドの役に立てようとしている。どこまでも実直な男である。

「今日の調査はこれくらいかな。あとは五人がどう動くかだ」

「コニーの調査結果を待ちましょう」

「そうだね」

 ユトリロに頷いて見せたとき、ロザナンドの脳内でザッと砂嵐が走った。何か見落としている情報がある。それも、かなり重要な。それは何か思考を巡らせる。そうしているうちに、頭の中にある情報が浮かんできた。

(魔王軍にも隠し攻略対象がいたはず……。誰だ……?)

 肝心なことが思い出せない。最も重要な情報であるはずなのに。それを知っているはずなのに、千里眼には何も映し出されない。まるで頭の中にもやがかかっているようだった。

(ユトリロの可能性はあるだろうか……。ユトリロはどんな設定だった?)

 プレイヤーはヒロイン視点だったため、ロザナンドが魔王城でどんな行動を取っていたかは知る由がない。それでも、ヒロインに攻略される人物のことを忘れるはずがない。隠しルートまで知っているのだから。

(……思い出せない。ユトリロは千里眼に対して偽りを見せたのだろうか)

 ヒロインに攻略されるということは、魔王に仇を為す存在になるということ。もしユトリロが隠し攻略対象であるとしたら、いずれロザナンドとも敵対することになる。だが、いまのユトリロにそんな未来は見えない。未来は変わると言ったのは自分だが、いまのユトリロを見る限り、そんな素振りは確認できない。

(どうして思い出せない……? いや、見えない。ユトリロは隠し攻略対象ではないのだろうか)

 魔王を裏切る隠し攻略対象は現在のロザナンドにとって最も重要なことである。もし自分を裏切るのなら、排除しなければならない。何かが意図的にロザナンドの記憶を阻害しているようにも感じられた。

「殿下、どうなさいましたか?」

 ユトリロが案ずるように問いかける。考えに耽りすぎていたようだ。

「なんでもないよ」

 いまは考えていても仕方ないのかもしれない。いずれ思い出す可能性もある。いまは、いまできることをするしかないのだ。





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