第4章【2】

 騎士、魔法使い、銃器部隊がそれぞれふたりずつ残ったが、このまま進むのは危険だとクリストバルは判断した。ベアトリスは自分がいれば誰ひとりとして負傷すらしないと思ったが、完全に危険がないわけではない。王太子に異議を申し立てて討伐隊を連れ、ひとりでも負傷させれば罪だろう。悪役令嬢として責務を全うするまで、無駄死にするわけにはいかない。

「ニール、素材回収に行きましょうか」

 少し休憩をしたあとベアトリスが腰を上げると、その声を聞きつけてクリストバルとレイラが歩み寄って来た。ベアトリスがそう言い出すとわかっていたかのように、ふたりとも準備万端だ。

「ベアトリス様! 今日は何を見つけたらよろしいですか?」

 レイラがやる気満々で拳を握り締めると、待った、とヴィンセントが軽く手を挙げた。

「今回は俺が行くよ。レイラちゃんが負傷しでもしたら、この街を救う手立てがなくなってしまう」

「殿下の代わりに俺も行くよ」と、ラルフ。「殿下にも最後まで討伐隊を導いていただかないといけないだろう?」

 ベアトリスは頭の中で思考を巡らせた。レイラとクリストバルを素材回収に連れて行かなくても、ふたりの仲は進展するだろう。攻略に素材回収は関係ない。それでも、ベアトリスの考えは変わらない。

「いいえ、レイラさんとクリストバル殿下に同行してもらうわ。レイラさんには、光の魔法の熟練度を上げてもらわなくてはならないもの」

「それでは、レイラ様のサポートは私がします」ファルハーレンが言う。「主を危険な場所にお出しするわけには参りません」

「いいえ、殿下にご同行いただくわ。あなたはここに残って、万が一に備えていてちょうだい」

 この場において、行動の決定権はベアトリスにある。ファルハーレンも頷くしかない様子だった。

「大丈夫よ。レイラさんと殿下は私が守るわ」

 ベアトリスは自信を湛えて胸を張る。ベアトリスならレイラとクリストバルにかすり傷すら負わせないことは、これまでの戦闘を見て来た彼らならわかっているだろう。

 不満げな三人を肩にかかる髪を払って流し、ベアトリスはレイラを振り向いた。

「今回はやはりショットガンの弾を確保したいわ。そろそろ弾が単体で落ちていることもあるかもしれないわね。いままでの弾薬と同じように箱に入っているから、とにかく箱を探しましょう」

「わかりました!」

「あまり大きな声を出さないでくれる? 耳がキンキンするわ」

「あ、申し訳ございません……」

 レイラがしょんぼりと肩を落とす。背を向けたベアトリスが満足げな表情を浮かべているので、ニーラントはまた苦笑いを浮かべた。

 建物を出て歩き出しながら、そういえば、とベアトリスは考える。

(あの三人はたびたび会話に加わって来るけど、レイラさんが興味を示している様子はないわ。攻略対象として、という点で。まあ、レイラさんが王子のルートに入っているなら、そういった感情は懐かなくなるのかもしれないわね)

 やはりこの世界には、ゲームの抑制力が存在している。もしレイラがファルハーレンを選んでいたとしたら、おそらく出番がなくなるのはクリストバルのほうだっただろう。王子率いる討伐隊であるはずだが、その中心人物が騎士のファルハーレンになるなど、ゲームの抑制力としか思えない流れだ。

 ゲームの抑制力、それが存在しているということは、ベアトリスが悪役令嬢として――でなくとも――破滅する運命にあるということだ。民と約束などするのではなかった、とベアトリスは小さく息をついた。

「どうされたんですか、ベアトリス様」

 彼女の溜め息に気付いたレイラが首を傾げる。

「なんでもないわ。人の心配なんて、随分と余裕綽々なのね」

「あ、いえ……お疲れなのかと……」

「まあ、あなたよりは戦う機会が多いから疲れているかもしれないわね」

「ベアトリス、そんな言い方をしなくてもいいだろう」

 クリストバルが諌めるのを、ベアトリスは肩をすくめて流した。本来なら不敬だと言われる態度だろうが、悪役令嬢としてこれくらいの振る舞いはしておきたい。

「私、ベアトリス様のお役に立てるように頑張ります」

 拳を握り締めるレイラに、また溜め息が漏れそうになるのをベアトリスは堪えた。

 ――その笑顔はクリストバルに向けるべきじゃなくて?

 ――いつの間にか私のために頑張ることになってるし。

 ひたいに手を当てるベアトリスに、ニーラントが耳打ちする。

「本当に殿下がレイラ嬢にプロポーズするんですか?」

「……私が訊きたい」

 この街を救うために、クリストバルには頑張ってもらわないと困る、とベアトリスは目頭をつまむ。先のイベントを見る限り、レイラは確実にクリストバルの好感度を上げているようではあるが、当のレイラがこれである。

(まあ、ゲームの抑制力が働いているなら、嫌でもふたりは結ばれるわよね……)

 そう考えたところで、ベアトリスは嫌気が差した。

 自分たちはこの世界に生きるひとりの人間。自分の意思で動き、考え、決断する。レイラがベアトリスの役に立ちたいと思うのは、彼女の意思だ。

「ゲームの抑制力で結ばれるなんて、残酷なものね」

「…………」

「もし……もしもだけれど、レイラさんが殿下のプロポーズをお受けしなかったとしても、私たちはそれを受け入れましょう。彼女の魔法以外の方法を探すの。だって、それが彼女の意思だもの」

「……はい。お嬢様なら、魔法がなくても街を救えそうですしね」

「あら、それは買い被りすぎよ」

 ゲームのクリアのためには攻略対象からのプロポーズは重要なイベントだが、これは現実だ。もしレイラが「聖なる祈り」を発動できなくても、それを責めることはできない。ベアトリスとニーラントがそうであるように、レイラたちもゲームの抑制力に逆らうことがあるだろう。現に、レイラがベアトリスに懐いているのは、もうそれだけでシナリオ通りではない。彼女がこの世界に生きるひとりの人間だという証明だ。

 素材回収に出ると、出現するゾンビをクリストバルがライフルで、レイラが光魔法で倒す。レイラは随分と慣れてきた様子で、発動までに時間はかかるもの、発動させることのできる回数は増えてきた。クリストバルのライフルも、徐々にヘッドショットに近付いている。ベアトリスとニーラントが手出しをしなくてもふたりだけで倒せる日は近いだろう。

「ベアトリス様、弾薬がありました!」

「んー、これはライフルの弾薬ね。まあライフルも銃器部隊が使うし、及第点ってところかしら。ショットガンの弾薬は、確か青い箱に入っているはずよ」

「青い箱ですね! わかりました!」

「箱の色で見分けるのかい?」

「ええ。ハンドガンの弾薬は緑、ライフルは赤、ショットガンは青ですわ」

「それを目安に探せばいいんだ。わかりやすいね」

 そうしなければプレイヤーが混乱しますから、とベアトリスは心の中で答えた。

 光魔法には探査能力がある。それは魔法の中の一種として存在しているものもあるが、レイラはそれに付随するスキルを持っていた。それはアイテムの位置が遠目からでもわかるというものだ。そのおかげで――と言うのはベアトリスには癪だが――素材回収はかなり捗った。

「ベアトリス様! これは青です!」

 嬉しそうに持って来るレイラに、ベアトリスは前世で飼っていた柴犬を思い出していた。

「ありがとう、レイラさん。けっこう貯まってきたわね」

 マジックパックの中身をステータスウィンドウで確認すると、次のセーフハウスに行く道のりには充分な量の弾薬が貯まっている。ほとんどレイラが発見した物だ。光魔法に付随する探査スキルが良い具合に働いている。

「そろそろセーフハウスに戻りましょう」

「はい! みなさん、お疲れ様でした!」

 レイラの微笑みは太陽の象徴のひまわりを思い起こさせた。その笑顔は人を惹きつける力がある。それが、レイラがヒロインたる所以ゆえんなのだろう。ベアトリスは悪役令嬢スマイルしか浮かべられない。レイラは生まれながらにしてヒロイン、ベアトリスは悪役令嬢となる運命、ということだろう。だが、ヒロインになりたいとは到底、思わない。自分が可愛げのない人間だと知っているし、レイラのように明るく振る舞うのが似合わないのもわかっている。それは元からの性格なのだから、レイラと比べるだけ無駄だろう。



   *  *  *



 この日の寝床。ベアトリスはレイラと、ニーラントはクリストバルと同室となった。セーフハウスがゾンビの襲来に遭うことはないが、万が一に備えている。クリストバルとレイラ、どちらが欠けてもこの街を救えなくなるのだ。

「……ベアトリス様。起きてらっしゃいますか?」

 レイラが小さな声で呼びかけて来る。

「何かしら」

「私、この国の辺境の村の出身なんです」

 天真爛漫でいつも大きな声ではきはき話すレイラが、静かに語り出した。

「この街がゾンビに冒されたと知ったとき、光の魔法が発現したんです。どうして平民の私が覚醒したのかは、わからないんですけど……」

 魔法とは本来、貴族だけが使えるものだ。高潔な血筋だからだと貴族連中は言う――ベアトリスにはその言い方は好ましくない――が、あながち間違いでもない。かつて神から力を与えられた一族が、現在の貴族の始祖だ。そのため、レイラのように魔法を使える平民は異例であるが、ヒロインだからそういう設定、としか言いようがない。

「それを知った王宮の人が、私を王宮に呼んだんです。正直に言うと、怖かったんです。ベアトリス様もご存知の通り、私はまともに光魔法を使えていませんでしたから」

「よくあれで王宮も召し上げたものだと思うわ」

「そうですよね。それで、殿下とゾンビを討伐に行くよう命じられて、本当に怖かったです。ベアトリス様と合流するまで、私は役立たずでしたから。他に光魔法を使える人がいなかったので、誰も私に魔法を教えてくれませんでした」

 それは当然のことと言える。光魔法を使える者は稀有で、現代では王族すら使うことができない。加えて、光魔法は特殊だ。心が必要な魔法は他にはない。他の魔法が使える者には、光魔法の使い方を知る者はいないのだ。

「だから、ベアトリス様と出会えて本当によかったです。ベアトリス様のおかげで、私は殿下のお力になることができました」

「……買い被りすぎだわ。私がいなくても、あなたは光魔法を使いこなせていたはずよ」

「そうでしょうか……。でも、ベアトリス様のおかげで誰ひとりとして犠牲が出なかったのは確かですよね。ベアトリス様と出会えたのは、神に与えられた幸運だと思うんです」

「……私はいずれ、あなたの前からいなくなる人間よ。思い入れなんて持たないでちょうだい」

「……そうですよね。私はいずれ村に帰りますから」

「もう寝ましょう」

「はい。おやすみなさい、ベアトリス様」

 ベアトリスは悪役令嬢で、レイラはヒロイン。ベアトリスはいずれゾンビ化して、レイラの光魔法で討伐される。思い入れを持てば、辛くなるのはレイラなのだ。





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