石の王─社畜、ファンタジー世界に転生して男爵家嫡男となる─

星灯

一章

一節 奇跡は起こすもの

1




 深夜、ブラック企業に務める男は自宅に帰ってきた。

 クタクタな男のスーツはヨレヨレだ。

 一人暮らしの男を迎える者は誰もいない。

 寂寥感せきりょうかんを感じつつ、男は靴を脱いで廊下を歩きだした。

 そのとき、男は心臓に激痛を感じた。

 うずくまった男はあまりの激痛にのたうち回る。

 やがて、男の意識はかすれていった。

 走馬灯もぎり、いよいよ命の灯火が消えそうだ。


(来世は金持ちに、)


 男はそう願いつつ、意識を失った。

 貧乏な家庭に育ち、大学にも行けず、ブラック企業に入り、給料が少なく余裕のない人生を送ってきた男にとっては切実な願いだった。

 しかし、その願いは叶わない。







(貧乏だな、)


 男──山田浩司は転生した。

 吹けば飛ぶような零細貴族であるヴァルト男爵家の嫡男アーロンに。

 戦場で名乗りを上げたり、公式的に呼ばれるとすればヴァルト男爵子息アーロン・フォン・シュタインだが、アーロンがそう呼ばれることはないだろう、なにせ、


(金がない)


 公式的に呼ばれることがあるとすれば、代替わりの手続きを王都でするときくらいだろう。

 戦場で名乗りを上げることも現在3歳のアーロンには縁遠いことだ。

 両親はアーロンが成人する頃には代替わりの手続きをするつもりらしいが、領民は僅かな人数なので、地代じだいも僅か。

 地代でできることは領地の為の僅かな貯金。あとは、両親とアーロンの3人がやっと暮らせる生活費になる。

 何故、こんなに貧乏なのか、理由は挙げればキリがない。

 まず、男爵家の土地は北方地帯の更に北、極北にあることだ。

 寒さが厳しく土地も痩せていて、作物は冷害に強い豆類の中でもテッド豆(エンドウ豆に似ている)やルッツ豆(そら豆に似ている)くらいしか育たない。

 因みに、このテッド豆とルッツ豆は北方地方のとある兄弟がこの豆を発見し、食用として広めた為だと言われている。アーロンが両親から聞いた話なので、信憑性があるとは言いきれないが、火のない所に煙は立たないので、実際にそうだったかもしれない。事実は分からないが。

 テッド豆やルッツ豆だけでは生きていけない。なので、ヴァルト領には家畜が存在していた。過去形だが。

 寒さに強い牛がいたが、その牛も世代交代のときの仔牛が寒さに耐えきれずに亡くなってしまい、今は存在しない。

 新しい家畜を飼う金銭的な余裕もない。


(肉、食べたい)


 この状態で村人も領主一家も飢えていないのは傍から見れば奇跡としか言いようがない。

 その奇跡はアーロンの母ソフィアのお陰と言っても過言ではない。

 ソフィアは大商人でありハーフェン男爵のジョージ・フォン・テイラーの娘だ。要は成り上がり男爵の令嬢。

 成り上がり男爵の娘を嫁に迎えようとする貴族家は一定数いる。お金に困っている家だ。

 その中でもヴァルト男爵家が選ばれたのは、長い歴史と領主であるアーロンの父ロベルトの人柄の良さにあった。

 ヴァルト男爵家は三百年程前のエレツ王国建国時に貢献した英雄エルドに与えられた爵位だ。

 旧王家の庶子という出自が問題で、爵位は男爵、土地は広大だが、極寒の地を与えられることとなった。

 謂うならば追放のようなものだ。

 それでも、エルドを慕って民は集まり、彼らは土地を開墾して村を作った。

 細々と命を繋いできたヴァルト男爵家は今では建国当初からある古い歴史を持った貴族だ。あまりに社交をしない為、忘れ去られていたりもするが。

 ヴァルト男爵家の歴史はジョージにとってはプラスの材料だった。

 新興貴族にとっては、歴史ある貴族と繋がるのは死活問題。

 ロベルトの性格は真面目で優しく、騙されやすそうでちょっと頼りないが、ソフィアが手綱を握れば丁度いい。

 ということで、ジョージはソフィアをロベルトに嫁がせた。

 そして、定期的にヴァルト男爵家に支援をしている。

 また、ソフィアは毎日のようにハンカチに刺繍をさし、ジョージを通して売っていた。

 それがヴァルト男爵家の現金収入となっている。

 昼間は家事や農業があるので、ソフィアが刺繍をさすのは、夜中だ。

 ジョージが支援してくれるのも現金収入があるのもソフィアのお陰。

 ロベルトはソフィアに頭が上がらなかった。

 そんなロベルトにも得意なことがあるのだが、それはまたの機会に。


「アーロン。今日は出かけましょう」


 ソフィアに声を掛けられたアーロンは、窓から見える痩せた土地を見下ろすのを止めて、ソフィアを見上げた。


「母上、どこに出かけるの?」


 アーロンはまだ3歳児。滑舌はたどたどしい。


「隣の領地にある教会よ」

「そこでお祈りするの?」

「そうね……アーロンの為に司祭様に祈って貰うのよ。祝福の祈りと言ってね、生涯に一度しか受けられないの。大体、子供のときに受けるものよ」

「何か貰えるの?」


 ソフィアは察しの良い我が子の言葉に一瞬、目を見張ったが、すぐに微笑んだ。


「ええ、貰えるわ」

「何を?」

「それは、そうねえ、とっても大事なものよ」


 あとは祝福の祈りを受ければ分かるわ、というソフィアの言葉にアーロンはちょっと不満気だったが、それ以上、問うことは無かった。

 ロベルトとソフィアとアーロンは村人が御者を務める馬車に乗って、隣の領地、エーベネ子爵領へと向かった。




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