おふざけが過ぎますわよね。

俺のイメージとしては、速いボールをしっかりと捉えて、センターから右中間方向に抜ける低いライナーを放つ感じだった。


多分本人も似た感覚でバッターボックスに入っているようだ。


2球目。ベルトの高さにフォーシーム。ややインコース寄り。それを平柳君は鋭く引っ叩いた。



「いい当たり、ライト線!!………ファール!! ファウルです、ファウルボールです。サヨナラまで後2メートル、3メートルというところでした」


「決まったかと思いましたね!!ちょっとだけ早かったんですね。芯では捉えましたけど」



96マイルをそんな打ち方されるんではと、バッテリーは変化球を選択。キャッチャーは外に構えたが、真ん中低めにきた。




カキッ!!



「今度はレフト!面白いところ!!ショートが追う!………ファウル!!これも僅かに切れました!!スタンドがまたざわつきます!」



ファウル2つで追い込まれた形にはなったが、4球目のフォーシーム、次のスライダーも足元に外れた。



「これでフルカウントになりました。平柳の狙いというのは……」



「バッテリーからすると、非常に不気味なファウルの打ち方なんですよね。ストレートを引っ張って、変化球を流してですから。


逆なら自然に、来た球に反応しているんだなと考えられるんですが、どこを狙っているのかイマイチ掴めないんで………満塁にはしたくありませんから、もうスプリットは投げにくいですけど」





こういう形のフルカウントになったら、開き直ってのフォーシームストレート!


そう狙っていく中で、左バッターの膝元に食い込む右ピッチャーの最高のコースを、見切っていけるのが平柳がメジャー1年目で3割を打てた大きな要因である。



もう、最高よ。フルカウントからのボールとしたら、めったにヒットにはならない最高のボール。



それをボールと見極めた平柳君が、その場でフットガードなどを外した。



「舞台は整えましたよ」



そんな言葉だけを残して、颯爽と1塁へと走っていったのだ。



舞台をではなく、舞台はと強調することで、この場がどれだけ特別なものなのかを示しているという感じでしょうか。



最終回で同点の2アウト満塁ですか。



困りますわねえ。



「さあ、新井です。藤野さん!」


「スティーブンスと新井の勝負。1球目、2球目で決まらなければかなりのつばぜり合いになるような予感がしますね」





初球、初球ですわ!



初球が真ん中寄りも外に来ちゃったりしたら、必殺技が炸裂するような予感がしている。



イメージはやはり速いボールなんだけど、やっぱりどこかでスプリットを警戒する頭になっていたのだろうか。



初球はまさにアウトコース、高さは真ん中のフォーシームだった。右耳の側に置いたグリップ。ヘッドを利かせながら出したバットが見事に空を切った。



「初球空振り!!スティーブンスが自己最速タイの98マイル!新井も積極的にスイングしていきましたが……」



「新井の想定以上のボールだったということですね。スティーブンスも相当気持ちが入っていますよ」



あれ?さっきまでのボールとだいぶ違うんですけどと、抗議したい気持ちになった。



ライト前いただいた。後はライトゴロにならないように、1塁にヘッドスライディングをかますところまで思い描いていたのに。


急に98マイルをぶん投げてくるという所業。



2球目のチェンジアップが外れて、3球目のフォーシームもインハイに。顔の方へ切れ込んでくるようなやべえ球筋。


気付くとマウンド上のピッチャーは、集中が極限まで達したような表情になっていた。



え!?ちょっと待って!



何で1人で勝手にゾーン的なのに入って自己最速のボールとか投げてますの?



そういうのっさ、ピッチャーとバッター、互いの研ぎ澄ませた力をぶつけ合った感覚の向こう側に達した時に出るやつでしょ。



何勝手に1人でイッてんだよ!!



俺の怒りのスイングが落ちきらなかったスプリットを捉えた。



カキッ!



と、いつになくいい音が響くと同時に、バットを握る手には何の感覚も残らない不思議な瞬間。



夜空に光る星々に向かうような打球。



俺はバッターボックスに立ったまま、右へイケー!右へイケー!と、腕を振ったが、打球はレフトのポールのすぐ左を通過してスタンドの最前列に飛び込んでいったのだった。



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