裏切りの魔女シエレナは、それでも戦地から逃げ出したい

@panda_san

第1話 戦火と魔法の世界


 銀髪に、深淵の紫色の瞳を持つ少女は鏡の前で考えていた。


(いやいやまさかと思う。英語の授業ならば、オーマイガー? パードゥン? とか? きっと海外の人ならファ○ク!! とか思うのだろうか)


 彼女の名はシエレナだが、その中身は生粋の女子中学生。現在は中学卒業間近であった。


(えっ、ワタシ死んだ? いやいや待て待て。そんな記憶はないぞ。にしてもこれは、あれだ。ワタシの記憶が正しければ、鏡に映る小学生ぐらいの少女の名前はシレーナ。

 ワタシがどハマりし、中学最後の冬休みに追い込みすぎて、3週ぐらいしたイチャイチャ系ゲームの某有名キャラだ)


 『オリオン戦記ファンタジー


 ——通称オリファンと呼ばれるそのゲームは累計DL数1000万を超えた乙女ゲームである。


(乙女ゲーとして、主人公の女の子を動かしながら、同じ孤児院で育った男子たちとイチャイチャするのがメインのゲーム。

 けれども、戦争を背景としたそのシナリオの完成度や音楽、マルチエンドがあって、歴史好きゲーム厨のワタシからしたら、ハマる要素しかなかった)


 攻略対象となるイケメンも追放王子、幼なじみ、戦争兵器、敵国のスパイなど、恋模様もさまざまかつ、有名なイラストレーターが手がけるビジュアルは男女ともに完璧だった。


 しかし、マルチエンディングの中でも確実に通るルートがある。それが、裏切りの魔女シエレナ。


(主人公と幼馴染みの少女、裏切りの魔女シエレナ。孤児院の特別教育プログラムで育てられてきた彼女は実力を隠しながら、影で暗躍し、最後には復讐心から主人公諸共、孤児院の生徒を殺戮しようと企む魔女)


 どのエンドでも、物語の終盤ではレベリングではなく、「愛の力」とかいう抽象的な概念の力によって、シエレナを倒し、彼女は消滅する。


 (全部、あなた達のせいだったのに)


 この言葉と共に流れる、くるみ割り人形のピアノ旋律がシエレナの亡骸を模していると言われており、なんとも言えない喪失感が一部のファンを虜にした。


(そもそもレベル関係なく倒せる時点で、終わってるよね)


 要はゲーム初心者に用意されたイベントであり、負けや困難は無い。あるとしたら、戦争イベントでちらほらって感じだ。


(シエレナ本人からしたら、笑えない。散々練ってきた緻密な悪策、覚醒までしたのに、愛の力で消滅させられてしまう。何も出来ていないのに主人公とそのフィアンセに消されてしまうのだから)


 そう、中学生の彼女はシエレナのファンである。ほぼ全てのルートでも登場するシエレナだが、その素っ気ない態度とダークな雰囲気が大好きだった。


(専用DLコンテンツも追加されるとか、されないとかだったからなぁ。本人に転生しちゃったら、意味ないんだけど)


 兎にも角にも、鏡に映る少女は動揺していた。このままでは、自分は消滅させられてしまう。


(こうしちゃいられない。全てのイベントを乗り切ってワタシだけの愛を手に入れてやるんだからっ!)


 こうしてシエレナの果てしない人生が幕を開けるのである。

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