第16話2日目 F級天職「罠士」2

 ギルバートは司祭の言葉に戸惑いを隠せないままに聞き返す。


「「罠士」の修行が教会で出来るんですか?」

「正確には出来る事があるじゃがな」

「言ってる意味がよく分からないのですが…」

「まぁ、百聞ひゃくぶん一見いっけんかずじゃ。中に入って試してみればよかろう」

「はぁ…」

「ほれほれ、入った、入った」


 昨日の借りもあり、素直な人間であるギルバートは司祭の招きを断る事なく、教会の中へと入っていく。教会内は丁度礼拝の前の時間で少し人が集まっている程度であった。そこで足元の悪い老年の女性を席へと誘導していた、ギルバートと年の近そうな女の子に司祭が声をかける。彼女は老人の誘導をちゃんと終えてからこちらに来る。


「司祭様、何用でしょうか?」

「レイヤ、彼が昨日話していた少年だ。ギルバート君、この子はレイヤ・マケイン、わしの孫娘じゃ」

「おはようございます。僕はギルバート・ニコラスです」

「レイヤです」

「この子はついこの間、天職適性の儀を済ませて、A級天職「聖女」が神託で下されてな」

「はぁ」

「今、回復魔法の修行中なんじゃ」

「それと僕と何の関係があるんですか?」


 少しドライな対応かと思うが、純粋な質問としてギルバートはついつい司祭に尋ねてしまう。司祭は苦笑しながら答える。


「せっつくな、せっつくな。若いんだからと勢いだけでは上手くいかないぞ。まだこのレイヤも修行を始めたばかりと言ったじゃろう。それが故に治療の見立てが甘いのじゃ。そこでギルバート君、君の出番じゃ」

「僕の出番ですか?」

「そうじゃ、F級天職の「罠士」は歴代固有スキルとして鑑定が使える、これが君の修行という意味じゃ」

「…スキルと魔法は違うんですか?」

「あぁ、まだ冒険者ギルドも行っておらんしな。基本を知らなんだな。まぁ、座学は向こうでしっかりと教わるとして、ものは試じゃ、自分に「鑑定」と言ってみるがいい。ちゃんとスキルが発動する筈じゃ」

「分かりました」


 何だかんだ司祭の言う通りに振る舞うギルバートは訳も分からないまま自分を強く意識して「鑑定」と呟く。するとギルバートには分からない事だが右目が淡く青く輝く。その変化にはレイヤも司祭も気が付くが、少し様子をみる。一方でギルバート自身の中の変化としては自分の視界の右上に幾つかの項目表示され、ついつい「うわっ」と軽く叫んでしまい、司祭は笑う。


「ハッハッハッ、無事に「鑑定」ができたみたいじゃな。こんな風に出るんですね。びっくりしました」


 ギルバートは自分の視界の右上に、ギルバート・ニコラスLv1 罠士Lv1と1段目に表示され、2段目にHP/MP、体力、筋力、素早さ、器用さ、知力、精神力、3段目に鑑定Lv1、トラップ作成Lv1、トラップ解除Lv1、4段目に制約魔法と書かれていた。右目に表示された項目をギルバートがそのまま司祭に話すと、笑顔で何度か頷く。


「やはり魔法を使った時を同じようじゃな。そなたのMPは減っているか?」

「えっと…いえ、全く変わらないみたいですね」

「じゃろうな。やはりそれだけでも破格の天職じゃな。商業ギルドにでもお主の存在がバレたら、一生こき使われるじゃろう」

「これがそんなに凄いんですか?」

「あぁ、我らが使用している似たような効果がある魔道具でさえも魔石を消費させなくてはお主の分かる事の十分の一も知る事が出来んし、鑑定の魔法に至っては、S級天職「賢者」が使える事を公表している程度じゃ。しかもお主の場合はスキルのLv1でそれだけの事が分かるのじゃ、誰もがうらやむじゃろうな」

「そんなもんですかねえ」

「まぁ、まだ実感が無いのじゃろうが、この事一つとってもお主の天職の中身が公表されるのが危険だと分かるじゃろう?」

「確かに」


 どうやら自分の手にしてしまった力の一部だけでも、普通の天職とは全く違う事に気付かされたギルバートは自身の望む平穏な生活から初日でどんどんかけ離れていく音が自分の中で聞こえるようでついついため息をついてしまう。そんなギルバートの態度に黙っていたレイヤは少し硬めの声で話しかける。


「ギルバートさんはそのお力を人の為にお使いになりたくないのですか?私でしたら誰かの為に使いたいと強く望みます」

「それはレイヤさん自身の素晴らしい考えだね。僕は何の希望も期待も無く、昨日の今日で知っただけだから、まだそんな事を考える余裕は無いんだよ」

「そんな事…。すいません、少し言い過ぎました」


 レイヤはギルバートの指摘に彼との温度差の原因に気付くと、司祭の陰にそっと身を隠す。頭を搔いて苦笑いしているギルバートに司祭は「青春じゃな」と一言笑いながら言い話を続ける。


「分かったと思うが、ギルバート君。君のその力は誰もが欲するものじゃ、それを活かすも殺すも君次第じゃが、儂はまず健全な活かし方を教えよう。まぁ、それでも君が必要ないと考えたなら使わなければ良いだけじゃしな。どうかね?」

「分かりました。僕も修行させて下さい」


 素直に頭を下げたギルバートを見て、司祭もそして後ろに隠れていたレイヤも微笑む。その後、礼拝が始まるために司祭と別れた二人はレイヤが「治療室」とプレートの書かれた部屋にギルバートを案内した。中に入ると、一人の壮年の顎髭あごひげを生やした男性が白衣を着て、何かの準備をしていた。レイヤは彼に近づき、声をかける。


「アーシャ先生、遅れてすいません」

「ううん、レイヤ君。遅れてなんかいないよって、おっと一連れか。もしかして彼氏かい?」

「違います。彼が司祭も言っていた例の…」


 少しだけ訝し気にギルバートを見ていたアーシャと呼ばれた男は軽く手を叩いて手を前に出して握手を促す。


「あぁ、君が「鑑定」使いか。よろしく、B級天職「治療者」のアーシャ・ランドリックだ」

「よろしくお願いします。ギルバート・ニコラスです。」

「君の事は今朝司祭様から聞いたばかりなんだが、よろしく頼むよ。君の力が本当なら我々には必要なんだ」

「まだどれだけお役に立てるか分かりませんが、よろしくお願いします」

「うん、それで君にお願いしたいのはレイヤ君のサポートなんだが、最初に来た患者さんに「鑑定」をかけて、一段目の名前とその横に出てくる状態って教えてあげて欲しいんだ。分かるかい?」

「はい、大丈夫だと思います」

「では、さっそく始めよう」


 アーシャがそう言うと、レイヤも白衣を着て、患者達の呼び込みを始める。二人が同時にやってきた患者達の対応をするのが分かったギルバートは鑑定をかけ、状態の分かった患者の情報をレイヤとアーシャの両方にメモを渡していく。アーシャは最初は驚くも、ギルバートが全く疲弊せずに次々と鑑定している姿を見て

、苦笑いするしかなかった。午前中の患者対応を終えた3人はお昼をとる為に、教会の食堂へと向かいながら話をしていた。


「それにしてもギルバート君は凄いな。初日でもう「鑑定」の使い方が分かっているみたいだね」

「そうですかね?」

「あぁ、スキルを自分のものにするのに時間がかかる人もいるけど君の場合は天職が補正しているんだろうね。今日は非常に助かったよ。午後はここに入院している患者さんの対応だからお昼を食べたら、もう補助は終わりでいいよ」

「ありがとうございます。レイヤさんの力にはなれたかな?」

「はい、とっても!!あの、ギルバートさん」

「何ですか?」


 少し顔を赤らめ恥ずかしそうにレイヤが告げる。


「私の事をレイヤって呼び捨てにしてもらっても良いですよ?」

「女の子をいきなり呼び捨てですか…、それはちょっと強い感じがするから、代わりに僕の事をギルって呼んでよ。親しい人はみんなそう呼ぶから」

「分かったわ。ギル!!」

「なんだかお邪魔みたいだけど、一緒にご飯食べてもいいかな?」

「もう!!アーシャ先生!!」


 3人が楽し気に食堂に向かう姿を礼拝の終わった司祭ハリソン・マケインは影でこっそりと見ていた。これでレイヤの父親であり自身の息子である現「法王」ミカエル・マケインも無茶な行動に出る事が出来なくなったと確認した彼は、都合がつけばギルバートに日曜日の午前中に教会に顔を出すように告げる為に3人の前に姿を現すのだった。



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