C級冒険者は平凡に生きたい

残り火

第一章 ギルバート・ニコラスの平凡な一日

第1話1803日目 朝9時にやってくる冒険者

 とある惑星のとある大陸、モンスターがダンジョンに蔓延はびこる、文明レベルが地球の19世紀程度のその世界には、周辺の国から王国と呼ばれるその国の首都、トルメキアの冒険者ギルドに平日の毎朝9時に彼、ギルバート・ニコラスはやってくる。


 この大陸にも当然モンスターがダンジョンに蔓延はびこり、特にダンジョンの数が多く、そのモンスターの核からエネルギーを抽出し、電気と同じように日々の生活にインフラとして使えるように技術を発展させてきた、この王国のモンスターの討伐依頼を受け付ける冒険者ギルドには腕に自信のある冒険者が集まっていた。

 

 そんな冒険者たちは当たり前にこの冒険者ギルドにも自身の装備である剣や杖、防具なども身につけた臨戦態勢でやってくる。これは町の治安上、問題になる事は無く、そうして臨戦態勢を常にとっている事でダンジョンからモンスターがあふれて街にやってきてしまうスタンピードの時にも即座に対応できるようにという、王国の兵力を冒険者に依存しているこの王国のこの時代の体制の問題点ではあった。


 そんな血で血を洗う装備をして冒険者ギルドにやってくるのが当たり前の状況の中で、彼、ギルバートはそんな装備などとは程遠い、極々一般的なこの街を歩く人々と同じような薄手のシャツとズボン姿を身にまとい、多少特徴的なものと言えば、この当時ではあまり見かけない右の目に片眼鏡をかけている点くらいで、この冒険者ギルドではなく、向いにある商業ギルドいた方が誰もが納得する格好と言えた。


 そんな庶民スタイルのギルバートは5年は通ってきているギルドに、いつものように少し慣れていないかようにドアを開けて入ってきて、Ⅽ級冒険者の専用窓口にいる女性に声をかける。


「おはようございます。アメリアさん。今日の僕の受けられる依頼を案内してもらってもいいですか?」

「おはようございます。ギルバート様。本日は7つほどご依頼が来ております。全て確認していただいた上で、お受けになるか、どうするか教えていただけますか?」


 このC級冒険者の専用窓口のアメリアはいかにもよく仕事の出来る秘書のような丁寧な口ぶりと対応で、テキパキと7つの依頼を案内していく。実際それらの依頼はC級と言えど、Ⅽ級ダンジョンの深層まで潜り、そこそこには厄介なモンスター達を倒し、冒険者ギルドにまで討伐したモンスターの牙や鱗などの素材を持って帰還する必要があった。


 その依頼1つでさえ、こなして帰ってくるのに2,3日はかかる事が冒険者なら分かる依頼を、ギルバートもアメリアも何事もないかのように淡々と確認していく。一通りさらっと確認したギルバートはアメリアに言葉をかける。


「分かりました。アメリアさん、今日も7つとも依頼を受けます。」

「ありがとうございます。ギルバート様、いつもの事とはいえ、ギルドの無理なお願いを聞いていただき感謝しかありません。」

「いえいえ、こちらこそこの時間に来てこうやって7つも依頼を用意してもらっている立場ですから、ありがたいのは僕の方ですよ。ではちょっと時間をもらって依頼を達成してきますね。」

「よろしくお願いいたします。」


 ギルバートはしっかりと頭を下げて見送るアメリアにニコリと笑いかけて、お辞儀をしてから振り返ると、一度冒険者ギルドの外に出る。トルメキアの街のほぼ中央にあり、王城以外では最も高い建物であるこのギルドの外階段を上り、見晴らしのいい展望スペース(人が来る事は災害時以外は滅多にない)まで来ると、ある方角を見つめて、慣れた手つきで右手を前に伸ばして呟く。


「えっと、まずは…うん、他人の少ない高層階から始めよう」


 ギルバートがその後、何か呟く度に、彼の足元にモンスターの核になる魔石や鱗や牙、しっぽなどの何かの素材が積み上がって行く。その他に人気のない所で見られる奇妙な光景も15分足らずで終わり、彼が前に伸ばして上げていた右手を下すと、その足元にあった筈の魔石やモンスターの素材もいつの間にか消えていった。彼は満足そうに一つ長めに息を吐くと、外階段を下りていき、再びギルドの窓口のアメリアに声をかける。


「アメリアさん、7つの依頼、全て終わったと思います。確認してもらってもいいですか?」

アメリアは驚く事も無く、おっとりとした笑顔で出迎える。

「いつも素早い依頼達成ありがとうございます。そうしましたら、依頼された品々の提出をお願いいたします」

「はい、ではいつものように素材確認ボックスに出しますね」


 ギルバートは当たり前のようにアメリアの横にある底の見えない箱に、先ほどまで展望スペースに積み上げていた魔石や素材などを、何処からともなく取り出してはその箱に入れていく。アメリアはニコニコしたままその異常な現象を見ていたが、彼が全ての素材を出し終えるのを確認すると、その箱の横にあるモニターを見つめ、一つ頷くとギルバートに話しかける。


「はい、7件とも依頼させていただいた品々の確認は取れました。ギルバート様本日も冒険者ギルドへの貢献、誠にありがとうございます」

「無事に終わってよかったですよ。そうしたら、僕は隣の食堂でお茶でも飲んで少しゆっくりしていますんで、何か用があったら、声をかけてくださいね」


 ギルバートは7件ものC級ダンジョンの依頼をわずか30分の間に完了させて、軽い足取りでギルドの横に併設されている店へと向かう。昼は食堂、夜は居酒屋になる「何でもござれ」という何処か和風な名前の店へと足を延ばしていた。朝9時半という事もあり、実際の所ギルバート以外には客がこの店にいる事は無く、基本的には彼の貸し切りのような状況で、平日はほぼ毎日この時間にやってきては静かな時間を楽しむ為に使っていた。


「おはようございます。マスター、今日もいつものをお願いできますか?」

「はい、ギルバート様。それではいつものモーニングセットですね?今、ご用意します」


 カウンターで食器類を磨いていた給仕服姿の40~50歳程度の少し白髪交じりの、嫌みの無い口髭を蓄えた男性に声をかけると、ギルバートはいつもこの時間帯に来ては座るテラス席へと向かった。テラス席に座り、目の前の朝の大通りのせわしない人々の行き来を眺める間もなく、おしぼりが出され、それから2、3分もすれば毎日食べていても一向に食べ飽きないモーニングが音もなくテーブルに置かれた。出されたおしぼりで手をぬぐうと、横で気配を消して少しの間待っているマスターに声をかける。


「いつもありがとうございます。僕のためだけにこうして用意してもらっちゃって」

「いえいえ、ギルバート様。最近はギルバート様のように朝のこの時間帯も利用される方も徐々に増えてきておりますから」

「そうは言ってもマスターの負担になってなければ良いんですけど」

「何、こうしてギルバート様が毎日確実に依頼をこなして、朝のひと時を過ごしていただくだけで、ギルド提携店である当店としては十分にお釣りが来ますから、お気になさらないで下さい」

「そうですか?そう言っていただけると、僕の気持ちも少しは楽になります」

「はい、これからも依頼をどんどんこなして下さいね」

「マスターの美味しいモーニングを食べ続ける為にも頑張らないと」


 そうしてギルバートはマスターとの会話を終えると、一人店内でかかるクラシカルなジャズのような音楽に癒されながら、午前中のひと時を楽しんでいた。そうして一時間もいて、いざ帰ろうとマスターに声をかける為に振り返ると、アメリアが態々声をかける為に店の入り口前でギルバートを待っていた。

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