地の真珠を探して

まじかの

第1話 地の真珠を探して(前)

「撃鉄、起こせ」




カーサ陸尉の声が場にこだまする。


その声に応え、俺は気を張りつめ、集中力を増した。

そして、構えた長身のスナイパーライフルに地の魔素が込もるのをその身で感じた。

ライフルの銃身がコオ、という震える音と共に、黄金色に輝き始める。



「敵まで3500だ。

届くか?」



陸尉の声が俺の耳に入った。


俺の目は、スナイパーライフルの上部に俺が作った風のスコープを覗いていた。

微動だにせず、俺は口だけを動かして、陸尉に返事をする。



「余裕です。敵機は5。

いつでも撃てます」


「よし。

お前のタイミングでいい。撃て」



俺はスコープ越しに自分がこれから放つ魔弾の軌道を頭の中に描いた。

そして、そのイメージをそっくりそのまま、魔弾に思いとして込め、

右手の人差し指を力ませる。



「双球砂塵弾。

ファイアインホール。ツー」



静かな塔の場に、俺の小さな声が響く。


俺の指がトリガーを引くと、ライフルからは光速に近いスピードで飛び出した2発の鋼鉄弾がまるでヘビのように畝ってはるかかなたに向け、飛んだ。

その2発の弾丸の行方は、この場にいた俺以外には、分からなかっただろう。


放たれた2発の弾丸は、3400m先にいた魔導空機の10m手前にして、無数に分裂し、その全てが、まるで散弾のように敵機に突撃していた。


トリガーを引いてから、5秒後には、

はるか空の彼方に5つの赤いダリアが咲いていた。


その花を見た塔の隊員からは「おお」という感嘆の声が漏れた。



「1発で全て沈めるか。

さすが、魔弾のイシュウだな。」



カーサ陸尉が緊迫した空気から解き放たれたように、笑みを浮かべ、直下の俺を見た。

スコープから目を離した俺に、他の3人ほどの隊員もははと笑い、俺の肩をぽんぽんと叩くと、塔の階段へ向かってゆっくりと歩いて行った。

同じ時、俺の背後から明るい空気を含んではいるが、妬み、という感情も含んだ声が俺に向けられた。



「おい、伝説のスナイパーさんよ。


このまま戦争が終わっちまったら、俺はいつまでも出世できねえぞ。

お前だけで戦いが終わるってのも、考えもんだなぁ?」



それは隊員の一人、ガクツの声だった。

皮肉めいたガクツの発言を聞いたカーサ陸尉は、先ほどまでの笑みを消し、ガクツへ向き直って、口を開いた。



「ガクツ3等陸曹。

お前は出世したいそうだが……果たしてどこまでいけるだろうな?

お前の魔素の成績は小隊では最下位クラスだ。

イシュウ軍曹がいなかったら、お前は囮として、真っ先に戦場の前線行きだぞ。


初日で、2階級特進できるが、それでも1等陸曹止まりだな?」



カーサ陸尉の声を聞いた隊の皆は、どっと笑った。

それを聞いたガクツ陸尉だけがバツが悪そうに、うるせえ、と怒鳴り散らし望遠塔を我先にと降りていこうとした。


皆が、場を去る中、俺はというと、先ほど終わった戦闘で唯一使われた武器であるスナイパーライフルを分解していた。

その様子を見ていたカーサ陸尉は俺に声をかけつつ、階段を降りようとしていた。



「今日もお前のおかげでこの国は助かった。

誇りに思っていい。

後はゆっくり休め」



俺はその声に、はい、と答えると、軽く笑みを浮かべた。

しかし、誇りに思えという陸尉の声は、俺の心の奥へは届かなった。

俺の目算では、先ほど放った俺の魔弾での戦死者は、30人は下らなかっただろう。


30、という命が、俺のせいで、散った。

その現実だけが、俺の心の中に、残った。


俺の中でのその忌まわしい数字の累積は、今日までで、大体だが、1700ほどに達していた。

約1700もの命が、俺の銃により、散った。




俺がいるこの、マルニーチク国。

この国は今、敵国に四方を囲まれていた。



すでに王都を中心とした半径2キロ以外は、敵国に占領されていた。

この最後の砦を簡単に突破されないよう、国は城壁を築き、そして、残った安住の地の中心には高い『塔』を築いた。



そこに陣取るのが、俺がいる小隊だ。

サイクロピア隊。

それが俺がいる隊で、世界中でこの隊の名前は恐れられている。



その理由は、俺がいるからだ。

『魔弾のイシュウ』

遥か彼方よりとんでもない威力の魔法の弾を撃つ魔法使いを人はそう呼び、それが俺の異名だった。



この国だけでなく、周囲の国では、大昔、ちょっとした国同士のいざこざから戦争が起きたらしいが、今となっては、戦争の原因は『俺』に移行した。

俺1人がいるだけで、国同士の戦況は傾く。

俺の魔法使いとして、もとい戦争の道具としての素質はそこまで大きいものだった。


俺と通常の兵士では、様々なものが違った。


通常の兵士でも、スナイパーは射程がせいぜい500mがいいとこだ。

それも500m先に魔法の弾を届けようとしても、到達したころには魔素は拡散し、大した威力にもならない。

だが、俺の魔弾は5000m先にも届き、そこで障壁を張っている魔車さえ一撃で破壊する。

そして魔弾の種類も多彩だ。

普通の魔法使いは、得意な魔法はせいぜい一種類だが、俺は土を得意として、それ以外も大体全ての魔弾を作ることができる。


俺に魔法使いとしての才能があることは、どうやら祖父に関係するらしい。


祖父はなんでも、ここではない世界からきた異世界者なのだそうだ。

異世界者は、魔法使いとしての才能があり、俺にもそれは受け継がれているという話だ。

もちろん、これは祖父から聞いただけの話で、確証などはない。


ともかく、戦争の原因は元々些細なものだったようだが、今となっては、俺という戦争の道具の取り合いになっているのだ。今、敵がこちらに攻めてきているのは、俺という脅威を抑え、あわよくば捕虜とするためだ。

俺を手に入れるだけで、国としての防御力は各段に上がり、また敵国に攻め入る際の切り札にもなる。



ただ、その事実は、俺には重く響く。


俺がいなければ、この戦争はなかったかもしれないと思うと、何とも言えない暗い気分になる。

しかし、そんなことは分からない。

俺がいなくても、戦争は続くかもしれないし、とにかく考えてもしようがないことだ。



そんなことを俺が考えていたのは、塔を出て、自宅宿舎へ向かっていた時のことだった。

どうにも、戦闘が終わると、気が滅入ってしまう。これは今に始まったことではないのだが。

時刻としては、赤い風が吹くまだ真昼間だったが、俺の今日の仕事はもうなかった。


ふと、帰り道の途中にある公園に目をやる。


いつもなら、考え事をしているところだが、公園からいつも聞かない声が聞こえ、その声に俺はなぜか、惹きつけられた。



公園の砂場を見ると、そこには、小さい6歳くらいの子供に混ざって、10歳くらいの軍服を着た小さい兵士が立っていた。

公園にはその兵士のかん高い声が響き渡っていた。



「ルイ!砂場はみんなのものよ!

独り占めするんじゃないの」



声からして、その小さい兵士は、女の子だと思えた。

俺は当初、軍隊の真似事をしている女の子がいるのかと思ったが、その女の子が着ているだぼだぼの軍服には、階級章がついていたので、それを見て俺ははっとした。


目の前の女の子は、真似事ではなく、本物の軍の兵士なのだ。



栗色の赤いくるくるした癖毛の上から似合わないヘルメットをかぶったその女の子のそばかすだらけの顔には、笑みはなく、子供達に対し、厳しい目を向けていた。


そして、背中にはリュックを背負っていたが、身体の割に重そうなリュックに、少女はよたよたとバランスを失いそうになっている時もあった。

なんとも滑稽な兵士だと、俺は少し笑みを浮かべてしまった。


なおも公園でルール違反をする子供を取り締まるべく、大きな声を出すその女の子は、笑いをこらえている俺に気付くと、



「こら。そこのおじちゃん!

何笑ってんのよ。あたしは軍にいるんだから。


軍隊をバカにすると、懲罰房に入れるわよ!」



と俺に向け、女の子は怒鳴った。

その女の子が怒っている様子は、冗談のカケラもなく、どうやら本気のようだった。

俺はこのままでは独房に入れられてしまうので、返事をした。



「いや、すまんすまん。

ずいぶんと、かわいらしい兵士だなと思ってな。


君は、なんで軍に入っているんだ?」



それを聞いた目の前の女の子は、かわいいという言葉にちょっとまたカッと怒ったした様子で顔を膨らませたが、怒りっぱなしで疲れたのだろう。

もういい、というように溜息をつくと、俺の方を見た。


俺はボサボサの黒髪で、顔にはナイフ跡もある、いかつい男だ。

そんな俺をよく幼くして、正面から見れるな、と俺は感服した。


だが、そんな強気な彼女が少し態度を変える気になったのは、俺の顔を見たからではなく、

俺の軍服についている階級章を見たからであった。



「あんた!よく見たら、あんたも軍隊じゃないの。

というか、あたしより、上なのね……まあ、この公園じゃ、あたしの方が上よ!

それだけは覚えておきなさい。


歳はあたしより、15くらい?は上みたいだけど……

人は年齢じゃないのよ!」



女の子はそう言うと、満足したのか、満面の笑みを浮かべた。


俺は「ところで、お嬢ちゃんはなんで軍隊に入ったんだい?」と先ほどと同じ質問をもう一度、した。

俺の話は完全に無視されていた、というか、聞いてもらってさえいなかったようだった。

それを聞いた彼女は、ああそうだというように思い直ると、俺に向かって、言った。



「あなたねぇ!女性にいきなり何もなしに質問するなんて、無礼よ!

せめて、何か手土産を準備してくるものでしょ?

軍の人間はこれだから、作法がなってないわ……」



女の子は自分も軍にいることを棚に上げ、とんでもないことを言うが、俺はそういう子なんだなと思うことにし、手土産のことを考えることにした。

俺は戦果を上げて階級も高いが、物欲がないので、金は溜まりっぱなしだ。

近いとこで何か売ってないかなと公園を探すと、公園の端には焼きたてパンを売っているバンが止まっていた。

それを見た俺は、女の子に「手土産を持ってくるから、待ってろ」と小さく言うと、バンへ向かった。



3分後、俺は大量のパンが入った袋を持って、戻ってきた。

そして、そのパンの袋をそのまま、女の子へほら、と渡した。

女の子は、その大きなパンの袋を受け取ると、「えー!」と驚く声を出した。



「あんた。手土産って、小さくていいのよ。

これじゃ、普通にお土産じゃないの!

何か、気が悪くなってきちゃったわ……」


「もらっておけよ。

君が軍に入るってことは、親が働いてないんじゃないか?

兄弟なんかはいるのか?ちゃんと食わなきゃだめだぞ」



そう言った俺に、少女は初めてちょっとだけ気を落としたように話し始めた。



「パパは、この戦争で死んだわ。

ママは、元々身体が弱いから、あたしが働かないといけないの。

あと弟も2人いるし。

でも軍に入ったらすごく給料もいいし、ちゃんと食べているわよ。


まあでも、パンはあって困ることはないわね」



そう言った少女は、返事ですでに俺の最初の質問にもう答えていることに気付いたのか、次に何をしゃべったらいいのかなんとも困ったような顔を見せたので、俺はそれにふっと笑うと、


「パンの袋、重いだろ。

家まで持ってやるよ。

家は、どっちだ?」



と言い、俺は女の子が頑張って持っていたパンの袋を女の子の腕の下から、奪った。

女の子は戸惑うような表情を浮かべると俺に対して言った。



「あんた、そもそもだけど、なんであたしなんかに構うの?

少女趣味のおじさんなの?もしかして、ヤバイやつ?」


そう言いつつも、彼女は、ちょこちょこと、家への帰路につき始めたので、俺はその後をゆっくりついていくことにした。

俺はパンを右手で抱きつつ、左手で、胸ポケットに入れていたウイスキーの小瓶を出し、口でフタを開け、ぐいっと飲んだ。

そして、笑みを浮かべつつ、答えた。



「ああ、そうそう。

俺は少女趣味のおじさんてわけだ。

その少女趣味のおじさんは、暇なんだよ。今日の軍の仕事ももう終わりだしな。

でも今日会った少女は、ちょっと気が強すぎて、タイプじゃないなぁ。


お嬢ちゃん、ああ、そういや、お嬢ちゃん、名前は何て言うんだ?」


「はぁ!?

なんで、ヤバイおじちゃんに名前を教えなきゃいけないのよ!

あんた、彼女とか、家族とかいないの?あんたこそ早く帰りなさいよ」


「俺は彼女もいないし、親は早死にしちまった。

育ての親の爺さんは俺が軍に入ったあたりで死んだよ。

俺の唯一の友達は、このウイスキーの小瓶ってわけだ」



それを聞いた少女は、う、と顔をしかめ「軍に入ると人はこうなっちゃうの?ヤバイわね……」と呻くように言った。

それを聞いた俺は、はははと笑うと、



「俺みたいにならないように、気を付けるんだな。

ちなみに俺は世界の標的だ。

色々なやつがこんなヤバイおじちゃんを欲しがっているらしいぞ。


お嬢ちゃんも欲しいなら、早めに予約しておくんだな」



そう言うと、少女は、「冗談じゃないわ」と言ったが、その顔は会った時のような堅苦しいものではなくなっていた。

歩く様子も、まるで踊るようにスキップになっていて、まるでクラスの友達と話すくらいのテンションになっているようだと俺は、思った。

ヤバイおじちゃんに格下げされたようだが、心の底では実は、友達くらいの間柄に昇格しているのかもしれないな、と思った。



5分もすると、右手に木造りの小さな家が見え、少女はそれを指さし「あれ、あたしんち」と言ったので、

俺は「おう、じゃあな」と言い、少女にまたどでかいパンの袋をゆっくりと、渡した。


そして去ろうときびすを返した俺の背中に、少女の声がぶつかってきた。



「カシスよ」



俺はふと立ち止まり、振り返った。

そして、


「何?」

と聞き返した。



すでに少女は後ろ向きになっていて、

家のドアを開けようとしているところだった。


そして少女は後ろ姿のまま、俺に答えた。



「あたしの名前よ」



その声は少女の背丈くらい小さかったが、俺にはちゃんと聞こえていた。

そして、少女はそのまま、家の中へ姿を消した。



「カシス大尉ね」


それを聞いた俺は笑みを浮かべて

友達のウイスキーをぐっと、あおった。

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